26 / 70
第9話①
由良さんとの待ち合わせ時間は午後7時。場所はショピングモールの中の映画館の前。
プレイのために待ち合わせたことはあってもデートなんて初めてで、どうしても浮足立ってしまう。
だってあんな理想を具現化したような人と恋人だなんて、考えただけで寿命がのびる。…いや、心臓が早く脈打ちすぎてやっぱり早死にするかもしれない。
講義が3限までだったので、一度帰って服を着替え直した。
スーツでも私服でも由良さんは格好良く、横を歩いていて恥ずかしくないような格好を選ぶのに30分はかけたと思う。
それでもこれが果たして正解だったかはわからず、例えばセーターではなくジャケットにしてくればよかったかな、などとどうにもできないことを考えてしまうのだ。
つまり、今この時間が、待っている間でさえも楽しくてたまらない。
風が冷たい外に反して、中はむしろ少し暑い。コートを脱いでレザートートに入れて、俺は映画館前のソファに腰掛けた。
会う瞬間が待ち遠しくて、気を紛らわせようとTwitterを開く。学部の情報を集めるためだけに開いたアカウントなんて、普段ならばテスト期間くらいしか覗かないのに。
そして、一番上に来ていたツイートが東弥のものであることに驚いた。俺、Twitter上では東弥と知り合ってたんだ…..。
ああもう落ち着かない。あと15分もあるし、近くの店で服でも覗こうか…、いやでもそのうちに由良さんがきてしまったらどうしよう…
座っていられず映画館の付近をぐるぐると徘徊していると、ポン、と肩に手が置かれ、上から小さな笑い声が聞こえてきた。
「お待たせ。」
振り向くと立っていたスーツ姿の由良さんは、なぜか口元を押さえている。
「あの、俺何か変でしたか…?」
慌てて自分を一瞥したが、何が変なのかはわからない。
「いや、…すごく…っ、くくっ…、格好良くてっ、似合っってる、と思う。でも映画館の前でずっとそわそわしてるから、その…っ、可愛くてっ… 」
「!? 」
やばいめちゃくちゃ笑われている。やはりどんなに落ちつかなくてもソファでじっとしているべきだったか。
そう思うと同時に、俺はとても嬉しかった。
こんな風に笑う彼を、初めて見た気がする。
いつも穏やかに微笑んでいる彼は、けれどその瞳の奥にそこはかとない寂しさを秘めているように見えたから。
「どれ見る?」
流れるように俺を受け付け近くまでエスコートして、由良さんが上映される映画を書いたパネルを指差す。
末期ガンを患った主人公の切ない恋物語、笑いあり涙ありのハッピーエンドのミュージカル、そして人形が人間を追い詰める系のホラー映画が現在案内中のものだ。
「由良さんはどれがいいですか?」
自分が決めるのはなんとなく気が引けて、由良さんに意見を求める。
「幹斗君の好きなのでいいよ。…ああでも、できたらこの二つのどちらかがいいかな。」
真っ先に由良さんが除外したのは恋愛映画。俺も同感だ。
どうせ見るならハッピーエンドがいい。それが叶わないなら自分の現実と全く切り離されたファンタジーの世界がいい。ハッピーエンドなんて滅多に起こらないのが現実だ。だったら物語にはスリルや幸せを求めたい。
「じゃあ、こっちで。」
「了解。そこに座って待ってて。…ああ、払うのはなしね。こんな時くらい格好つけさせて。」
格好つけなくてもそのままで十分格好いい。仕立てのいいシャドーストライプのスーツをオシャレに着こなして、背が高くてスタイルが良くて、まるで芸能人だ。
けれど、”ね?”、と微笑んで言われたら自動的に首を縦に振ってしまう。
…ずるい。
結局俺が選んだのはミュージカルの方で、内容もなかなか面白かったのではないかと思う。
ちなみに、一度谷津とこの映画を見たことがあるのは黙っておくことにした。
むしろ由良さんの横顔が格好良すぎて映画に集中できなかったから、この選択は正しかったと言える。
ともだちにシェアしよう!