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第8話
「幹斗おはよー!!」
一限が始まる30分前、俺以外誰もいない講義室のドアが開き、やけに明るい声が教室内に響いた。
「…ああ谷津、おはよ。早いね。」
谷津が来るのはいつも5分前くらいのはずなのに、今日は早いな。
「テンション低くね?」
「…寝過ぎちゃって…。」
「なになに、めっちゃ激しいプレイでもしたの…って、待って!!幹斗それcollarじゃん!!!」
谷津が絶叫一歩手前の大声で言ったので、俺は思わず教室に人がいないことを再確認した。
…よかった、まだ誰もいない。
昨日は由良さんの家を出たあと身体の怠さから大半をベッドの上で過ごした。
起きるたびに由良さんと繋がったことを“夢ではないか”と不安になったけれど、その度にこのcollarを確認して安堵して。
collarはつけなくては意味がないので今日もつけてきたが、大声で言われてしまうと恥ずかしい。
そしてcollarの存在を意識すると、由良さんに会いたい気持ちが強くなる。あとで一言だけLINEをしてみようかな。
「よかったじゃん。パートナーになれて。
てゆーか紹介しろよ!!そのめちゃくちゃイケメンで紳士で出会った途端に従いたいと思っちゃうようなパートナー!!」
次になんと紡いでいいかわからず黙っている俺に、すこぶる楽しそうな谷津が続けた。
だから大声で言われると恥ずかしいんだけど…。と思いながら、まだ人がいないので黙っておく。
「…文化祭で、従兄弟って言った人。」
「まじか!!それすごく面白い!!と言うか話に聞いてた通りとんでもないイケメンだな!!」
谷津の目がキラキラだ。あまりに興味津々にされたから恥ずかしいし距離が近い。
「うん。」
「じゃあパートナーになったのはあのあと?」
「…うん。」
性事情が絡むのでなんとなく声が小さくなる。
「うそーお赤飯炊かなきゃ!!やだー!!」
「しっ!!!」
ドアが開いたので谷津の口を塞ぐ。そこまで大きな声ではなかったので入ってきた人に聞こえてはいないだろう。しかし入ってきた人物は明らかに俺たちの方にむかって歩いてきた。
「谷津昨日ぶり。ここいい?」
そのまま彼は谷津の隣(3人がけ席なので俺と谷津と彼が並ぶように)に座ってくる。
「東弥じゃん!!早いな!!」
「谷津こそ。」
「ふふっ、俺はいつも早いんだぞ!!」
…嘘つけ、谷津はいつも5分前でしょ。と思いつつ、2人の会話には入らず俺は沈黙した。
いつものことだ。谷津が色々な人から話しかけられても、俺は空気のように振る舞う。
そして大抵の人は俺が頑なに黙っていれば話しかけてこないし、谷津も俺の意図をわかっているから俺に話を振らない。
「ねえ、そっちの子は?」
「あー、こいつは幹斗。ほら、文化祭の喫茶店で看板貼ってた奴。」
「へえ、幹斗君って言うんだ。ああ、あの噂の。」
話しかけられないどころか握手しようとばかりに手を差し出され、戸惑う。
というかなんだ。その“噂の”って。なんとなく不安になるのだけれども。
基本人と話さない上にここまでフレンドリーに話しかけられることはないから、どう返すのが正解か全くわからない。
おずおずと手を差し出すと、しっかりと握られ、にっこりと微笑まれた。
「初めまして、だね。谷津と同じサークルの真鍋東弥です。よろしくね。」
真鍋 東弥 と名乗った彼は、明るい茶髪に片耳ピアス、シルバーのリングネックレスと、見るからに量産型のコミュ力高い系大学生。その上爽やか系のイケメン。人間関係がほぼ谷津と由良さんで構成される俺は、彼と分かり合える気がしない。
「風間幹斗です。…えっと… 」
「東弥でいいよ。」
「よろしく。その…、東弥。」
精一杯の笑顔で返したが、俺はちゃんと笑えているだろうか。…否、谷津が非常に難しい顔をしているのでうまく笑えている確率は限りなくゼロに等しいだろう。
「東弥おっはよー…て、なになに、風間君と話してんの??めっずらしー!!」
ほとんど間をおかず、みるからに東弥君と一緒にいそうな三人組が入ってきた。女子が一人と男子が二人。女子の方は覚えている。確かクラス代表の子だ。
「ねーねー風間君、あの従兄弟さん?超イケメンだったじゃん?結婚とかしてんの??」
「風間ー来年はお前ミスターコン出てみたらどうだ?お前なら絶対優勝できるって。今年のトップもなんだかんだ医学の雰囲気イケメンがとってたし。」
「ねえねえ打ち上げ行かない?今日なんだけど。」
三人が一人ずつ俺に質問を投げかけてくる。俺は一度に全てを軽く返せるようなスペックを持ち合わせてないのだけれど…
「ほらほら幹斗が困ってるだろーもー。ってゆーか幹斗のことそんなに絶賛するなら俺のことも褒めてくんない!?俺もミスターコンいける??」
固まってる俺の横で谷津が助け舟を出してくれた。
「なにそれー!!!」
三人が軽く受け流し、そこで俺を交えた会話は終了する。
「ところでさ東弥今日はそんな前の方座んの?珍しいね。」
ふと、三人のうちの一人が、東弥に向かってそう言った。
確かに、俺と谷津はいつも並んで前から三列目の席に座っているが、だいたいその前にはいかにも研究オタクになりそうな真面目な子達しか座らない。
「んー…、気分転換ってことで。幹斗とも仲良くなりたいし。」
爽やかに言ってのけた東弥の一言が、俺には死亡宣告に聞こえた。
俺は、あまり新しい関係を作るのが得意じゃない。特にDomとは。”glareの効かない欠陥品”という扱いを受けた試ししかないからだ。
そして多分東弥はDomだ。
コミュ力の高い谷津があまり目を合わせないようにしているから、かなりの高確率で。
予鈴が鳴る。あと五分で授業が開始の合図だ。
始まる前に由良さんに一言だけLINEしようかな。
緊張しながらLINEを開くと、すでにメッセージが入っていた。
”幹斗君、おはよう。もし今夜空いていればデートしない?”
「へっ!?」
デート!?思わず変な声が漏れてしまう。そんな甘い響きの言葉を自分が聞くことになるだなんて思わなかった。何かを察したのか谷津が隣でニヤニヤしている。
明日は休日。…っていうことはプレイを期待していいのだろうか。そして、アレも…。
“予定ありません。楽しみにして…”
楽しみにしています、と打ちかけたが、結局、”待ち合わせはどこですか?”にとどめておいた。
あまり舞い上がっていることを知られたら、
…子供っぽくて、恥ずかしいから。
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