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第10話②
「たっだいまーっ!!」
(会話を聞いていたのではないかと思うくらい)タイミングよく、やけに明るい声を出しながら谷津が帰ってきた。何を言っても仕方がないので何も言わない。
「おかえり。調子は大丈夫?」
相変わらず東弥の対応は優しいが、何故谷津が酔うはずがないという事実になぜ誰もツッコミを入れないのだろうか。
「ああもう、めっちゃスッキリー!!
ねえねえ、せっかく居酒屋なんだからさ、ちょっとお互いのプレイ事情について聞いて見たくね?」
一番気まずい場面で何処かに行った挙句帰ってくるなり爆弾発言をかますだなんて、正気か。心の中で激しく突っ込む。
「…いや、東弥だってそういう話は…ね?」
「いや、せっかくだし聞いて見たいな。特に幹斗の話とか。」
助け舟はどうやら届かなかったらしい。さらに、”普段こういう話できないから嬉しい”などと爽やかスマイルで言われてしまうと今更嫌だとは言えない。
「じゃあ、じゃあ、誰から話す?」
谷津が目をキラキラさえながら聞いてくるが、谷津をトップバッターにすると彼女さんと谷津のハードプレイ談が一生続く気がしてならない。居酒屋とは言え他人目が気になる。
「東弥から聞きたい。せっかくだから。」
「おっ!幹斗もやっぱそう思う?東弥よろしくな!!」
谷津も同調してくれて助かった。どうやら対応は間違っていなかったらしい。
「…いいけど俺のなんてつまらないよ。」
少し冷めた口調で東弥が言う。
俺と谷津はただ頷いて、彼の次の言葉を待った。
「えっとね、パートナーはいないけど、三日に一回くらいプレイしようって友達から連絡が来てさ、それでテキトーにプレイして、お礼にセックスして終わり。」
「えっ、相手って女子?大学の友だ…っもごもご…」
「ちょっと谷津、配慮なさすぎ!」
谷津があまりにもストレートに聞くので、思わず口を塞ぐ。
「あはは、別にいいって。…うん。相手は女の子。大学のサークルが一緒の子もいるし、バイト先で出会った子もいるよ。
俺さ、女の子に興奮するわけじゃないけど、しようと思って頑張ればそれなりにできるからさ、…パートナーにはできないけど。…みんなには忘れられない好きな子がいるんだって言ってる。」
東弥は谷津の発言を特に気にした様子もなく、そう続けて。
俺たちはなんとなく黙ってしまった。だって、あたかもそれが当たり前のように淡々と東弥が話すから。
「ごめん雰囲気壊しちゃって。返答に困るよね。幹斗の話も聞きたいな。」
…来た。次は俺か。谷津じゃなかっただけよかったか。
「うん。…あ、でも帰りながらでいいかな?...あんまり聞かれたくなくて。」
たとえ店内の知らない人でも。
「じゃあ先に俺が!!」
谷津が食い気味に言うのを、東弥が苦笑いしてやんわりと断った。もしかしてすでに谷津はサークル内でハードプレイについて語っていたのかもしれない。
そのまま会計をして、一度外に出る。
「さっむ。幹斗そんな薄着で大丈夫?」
東弥が心配して聞いてくれる。
「意外と着込んでるから大丈夫。ありがと。」
「お前らめっちゃ仲良くなってんじゃん!!俺のおかげ?ねえ俺のおかげ????」
後ろから谷津がハイテンションで声かけてきた。髪が赤い以外はむしろ谷津の方が寒そうだ。まあ、風邪は引かないだろう。理由は言わないけど。
「…かも?」
「幹斗、かもってなんだかもって!!絶対そうだね!!めっちゃ感謝してくれる!?」
「ははっ、谷津ありがとう。」
「さすが東弥、わかってる!!」
ふんふんと鼻を鳴らしながら得意げに言う谷津に、俺はため息をつく。
「それで、幹斗の話聞きたいな。」
「うん。えっと、あんまり話すの上手じゃないんだけど… 」
谷津には同じ話を二回することになってしまうな、と思いながら、俺は由良さんとの出会いを簡単に話した。
今までずっとglareの効く相手がいなかったこと、由良さんに出会った日のことなどをかいつまんで。
「何その運命的な出会い。ちょっと憧れる。」
話を全て聞き終えて、そう言った東弥は遠い目をしていた。
「そういえば幹斗、最初の3回くらいプレイした後セックスなしで過ごしたんだって!!
だからまだ童貞卒業したばっかで…いや、童貞とは言わない…?って、痛い痛い!!何すんだ幹斗!!ほっぺた取れる!!」
「谷津こそ何話してくれてんの!!性事情まで細かく話さなくてもいいだろ!!」
あまりの気まずさにそのまま黙ってしまう。東弥もさすがに何も言わず、ただ苦笑いをしている。
谷津は本当にあとで覚えていてほしい。駅まであと歩いて10分はかかるんだから。
「…あれ、幹斗君?」
数分の沈黙の中で、前から聞き覚えのある声がして、顔を上げた。
「由良さん。」
そこにはスーツ姿の由良さんが立っていた。仕事帰りだろうか。
普通を装えるのか、どんな表情をして会えばいいのか、と悩んでいたけれど、一週間ぶりに彼を見たら、そんなもの一気に吹き飛んだ。嬉しい。
「パートナー?」
横から東弥が聞いてきて、俺は頷く。
「お友達?」
「はい。こっちは文化祭で一緒にいた谷津で、こっちは東弥。」
由良さんのことは東弥と谷津に紹介してあるので説明は省くことにした。
「ああ、谷津くんは覚えてるよ。あの時は鍵を貸してくれてありがとう。」
「いえいえ…。」
なんだろう、珍しく谷津が緊張した面持ちだ。
その一方、東弥と由良さんはにこやかに挨拶を交わしている。あれ、でも…
気のせいか。
「じゃあ、またね。」
すれ違う瞬間俺の耳元で”会えて嬉しかったよ”と囁いて、由良さんは俺たちに手を振り、逆方向へと歩いて行った。
「幹斗顔真っ赤!!」
谷津が愉快そうにからかってくる。
俺はそれには答えず、先ほど気になったことについて頭で考えていた。
東弥と話した後の由良さんの瞳から、少しだけglareが漏れていた気がしたのだ。
まあ気のせいだろう。二人が話している間は谷津を見ていたからなんともいえないし。
「あ、じゃあまたね。俺こっちだから。」
「うん、また。」
「またなー!!夜更かししすぎんなよー!!」
「谷津こそ。」
駅に着いて、東弥は俺と谷津とは逆方向なのでそこで別れた。
「…なあ幹斗。」
東弥と別れたあと、谷津がやけに真面目なトーンでそう言ってきた。多分この後にくだらない話が続くのだろう。
「何?」
しかし谷津の表情は全然いつものおちゃらけたふうではなくて。
「お前がさ、あんなふうに笑うの、初めて見た。だから、今のパートナーのこと大切にしろよ。」
いつになく真剣な表情で言われた。
「…言われなくても。」
そう答えた俺の表情は、多分少し笑っていたと思う。
谷津は一瞬驚いたように目を見開いて、そしていつもの彼のテンションに戻った。
「そういえば昨日マイハニーにさあ… 」
その後俺がもう一度谷津のほっぺたを千切れんばかりの勢いでひっぱったのは言うまでもない。
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