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第13話⑤
ぴぴぴ…
スマホのアラームで目が覚めて、新しい朝を迎える。
横には大切な人の温もりがあって、俺を抱きしめてまだ目を閉じている。
…寝顔、初めて見た。きれいだな…。
そっと手を、彼の唇に触れる。
「…かわいいことしてる。」
「!?」
触れた瞬間にパチリと彼の目が開いて、笑われてしまった。…恥ずかしい…。
慌てて手を引っ込める。
しかし今度は彼の親指に唇をなぞられて。
くちゅ、と音を立て、口付けられた。
「おはよう、幹斗君。
…あれ、体調悪い?ごめん、昨日無理させちゃったかな?」
心配そうに由良さんが俺の顔を覗き込んできた。
…違います。ただ照れているだけなので、本当にもう、あの、顔が近い…。朝から破壊力抜群の爽やか笑顔が目の前にきたら、それはもう、硬直するしかないでしょう…。
脳内で忙しく騒ぎながら、俺はそのままベッドを後にした。
朝食は決めている。昨日の残りのローストビーフをサンドイッチにして、あとは手抜きのコンソメスープ。昨日のうちに野菜とベーコンは細かく刻んでおいたから、キューブを入れて煮るだけ。
あとは由良さんにはドリップコーヒー(今回のために買った)、自分にはインスタントの抹茶ミルクを入れて…。
「あのこれ、簡単なものですが…。」
由良さんのいる部屋に運ぶと、彼はテーブルには座っておらず、部屋にある本棚を茫然と見詰めていた。
「何か気になるもの、ありましたか?」
テーブルに食事を置いて、由良さんに話しかける。
「いや、…少し写真が気になって。」
由良さんの視線の先には、本棚の一番上に置いてある古い写真があった。
写っているのは、桜の木をバックに微笑んで立っている若い女性。
「…ああ、母です。」
「え…?」
由良さんがこちらを振り返り、驚いたような声を上げる。…驚くのも無理ない、か。
「物心ついた頃にはもう亡くなっていて、父親もいなかったから俺は祖父母に育てられたんですけど、この写真はないと落ち着かなくて。…幼い頃から、ずっと見てきたから。」
「そっか。お母さん、綺麗な人だね。名前は?」
由良さんは言いながら、首を傾げ柔らかに笑む。
「風間愛美です。」
「素敵な名前だね。
…と、朝ごはん、作らせちゃってごめんね。ありがとう。」
…あれ?
由良さんの表情と声は普段と全く変わらず穏やかで、会話だって、別に他人の家に行って写真に目を向けるのなんて普通だろう。
そう思うのに、何かがおかしいと感じた。
幾重にも噛み合わされた歯車のうちの、一つだけが急に掛け違えたような、そんな感覚。
「幹斗君、どうした?浮かない顔してる。
あとこれ、とても美味しいよ。」
由良さんが心配そうな声で言う。
…うん、やっぱりいつもの由良さんだ。
「いえ、…あの、プレゼントありがとうございました。俺、テスト期間以外時計つける習慣なかったけど、これからは毎日つけます。」
慌てて誤魔化して、食事に手をつける。
「喜んでもらえて嬉しいよ。こちらこそ、素敵な名刺入れをありがとう。」
なにもおかしい所はない。自分に言い聞かせた。
幸せ過ぎて怖いと思うのは、俺の悪いところ。直さなきゃ。
由良さんは今日も午後から仕事で、朝食の片付け(断ったが決行された)をした後、出て行ってしまった。
漠然とした不安を抱えながら、まだ由良さんの香りが残るベッドに横になり目を瞑る。
ざあざあと、砂嵐のような音で目が覚めた。
…雨、降ってきたんだ。
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