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※第14話

ごーっ、という音とともに、人の悲鳴が聞こえてくる。 クリスマスの余韻を残したままの遊園地は、すべての乗り物に少し並べば乗れるくらいの絶妙な空き具合。 由良さんからもらった時計に目をやると、現在約束の時間の10分前。今日は早めに仕事が終わるからと、由良さんがデートに誘ってくれたのだ。 …遊園地なんて、学校行事以来だな…。 映画の時みたいに笑われないように、券売機前のベンチに座って園内の様子を茫然と見つめる。 まだ、あの違和感の正体はわかっていない。 でもクリスマスから今日まで、由良さんとのやりとりは普通だった。だからあんな不安なんて杞憂だ。 「幹斗君、遅くなってごめんね。」 息を切らして由良さんが来たのは、待ち合わせ時間の10分後。 流石にスーツで遊園地はまずいと思ったのか、私服に着替えている。 「いえ、大丈夫です。」 「じゃあ、行こうか。何乗りたい?」 「ジェットコースター…かな?」 「いいセンスだね。」 当然のようにチケットを2人分買って、待たせたお礼、なんて言って温かいココアまで買ってくれた。 いつもどおり、格好良過ぎて困る。 …けれど、やっぱり何か、違和感が拭えない。 ジェットコースター、バイキング、迷路、お化け屋敷、観覧車。由良さんと一緒に乗っているというだけでどれも今までよりずっと楽しくて、由良さんも楽しそうにしていたのに、その間ずっと、妙なざわつきを覚えていた。 「そろそろホテルに行こうか。」 由良さんに言われ、うなずく。 …あれ、今日は家じゃないんだ。 そう思ったのはラブホテルの室内に入ってからで。 「幹斗。」 「えっ…?」 突然言われ、驚いた。呼び捨ては、プレイ開始の合図だから。 「したくない?」 「いえ…。」 返事をした途端、軽々と身体を持ち上げられ、ベッドに連れて行かれた。そのまま衣服を脱がされ、手錠と足枷でベッドに固定されてしまう。 由良さんとのプレイがいやなわけでは決してない。でもやっぱりおかしい。今までこんなふうに、前置きもなくプレイをしようと持ち出されたことも、こんな曖昧な返事で、プレイを断行されたこともなかった。 混乱して抵抗しようとするも、すぐにcommand(命令)で止められてしまう。 諦めて今度はただじっと彼に身を預け違和感の正体を探すが、やはり見つからない。 由良さんの声はしない。それどころか、触れてさえ来ないので気配も感じない。 この状態のままどれだけの時間が経っただろう…。 ふと、何かが半端に硬くなった俺のあそこに触れた。おそらく由良さんの手だ。 声は何も聞こえない。その代わりに、じっとしているとあそこの先端に何か硬くて冷たい、金属のような感触が当てられた。その細い何かは、雄棒の先端から中に入ってこようとしているようで。 …やめて。それは怖い。 「ヘリオトロープ!!」 反射的にセーフワードを叫んでいた。 セーフワードは、Subの意向でプレイを止める唯一の方法。目隠しをしていなかったら叫んでいなかったかもしれないが、怖くてたまらない上に由良さんの声も表情も感じ取ることができなかったから、本当に恐ろしくて。 金属らしい何かが、鈴口から侵入してこようとするのを止める。 続いて、雑に目隠しと拘束を取り払われた。 …よかった、やっと由良さんが見える…。 そう思ったのも束の間、俺はセーフワードを叫んだことを後悔した。 「…ねえ幹斗、僕はこの程度で音を上げるSubなんて、要らないんだ。」 ナイフのように鋭く言われた。いつものプレイ中よりずっと冷たくて、吐き捨てるような響きを持った声で。 そして俺はようやく、あのずっと感じていた違和感の正体に気がついた。 …由良さん、写真の話をした時から一度も、俺と目を合わせてない…。 恐怖で固まった俺に対し、由良さんは何も言わずに身支度を整える。 「ごめんね。でも僕のプレイに耐えられないSubなら、他をあたってほしい。」 そのまま由良さんはハサミを取り出し、その刃先を、俺のつけている、由良さんのものである証に近づけた。由良さんの瞳と同じ色の首輪は、ちょきんという音を立てて2つに分かれる。 「ばいばい、幹斗()。」 吐き捨てるような声。けれど、そこで俺はもう一つの違和感に気がつく。何故だか彼が苦しんでいるように映ったのだ。 由良さんの言葉も口調も、酷く冷酷で。 …でも、ならどうして。 どうしてそんなに苦しそうな顔を由良さんがしているの? …捨てられて辛いのは俺の方なのに。捨てたのは由良さんの方なのに。 ばいばい、と俺に言う瞬間、彼は酷く表情を歪め、言った後は血が出るのではないかと思うほどに強く唇を噛み締めていた。 訳の分からないまま、出ていく由良さんの背中を俺は呆然と見つめる。 そして完全に彼の気配が消えたあと、今自分の置かれている状況をやっと理解した。 …要らないって言われた。collarも切られたから、パートナーも解消された。 世界から色がなくなったような、深い絶望が押し寄せてくる。 どんなに叫んでも戻ってこない幸せ。こんなに一瞬でなくなるだなんて、思っても見なかった。 叫んで、暴れて、泣いて、そうしているうちに疲れて、意識が遠のいて。 夢なら覚めてくれ、と願ったのに、反対に幸せな夢を見た。 目を開けて直面した現実は、ただの地獄。ボロボロの自分と真っ二つのcollar。ここに残されたのは、それだけ。

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