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第16話③

「… 。」 なにも言い返すことができなかった。今朝から、…いや、もしかしたら俺が自傷衝動を抑えきれなくなる前から、東弥はとっくに気づいていたのかもしれない。 「今から俺とプレイするから。わかった?」 普段の彼からは考えられないほどの強引な持って行き方に驚く。 でも俺は、彼の問いかけに、首を横に振った。 心配かけて申し訳ないし、ここまで心配してくれる友達に“由良さんじゃなきゃ嫌だ”、なんて言わない。 でも、俺はglareが効かないから、Domとしてのプライドを傷つけるわけで…。 「どうして断るの?」 さらに彼の声のトーンが下がり、彼の気迫が身体が震わせる。 「…俺、glareがすごく効きにくい体質だから、こんな俺と、プレイさせられない…。」 言った後に、しまった、と思った。もし友人に“欠陥品のSub”だなんて言われたら最新までズタボロになってしまう…。 東弥は大きくため息をつき、そしてじっと俺の瞳を見た。 「なんで自分がここまで辛い状況で俺のこととか考えてるの…。まあ俺()Sランクだから問題ないんだけど。」 そう言った彼の瞳からは、強いglareが放たれていて。 俺はそのglareを本能的に認識した。 「kneel(跪け). 」 響いたcommandに従って、身体が勝手にその態勢を取る。 そういえばまだ靴を履いていた、と気づいたのは、跪いた後のこと。 「いい子。続きは中でしようね。」 優しく微笑まれ、glareが解かれた。 身体の不調が楽になった気がする。 「…あのさ、…俺のランク?のこと、知ってたの…?」 東弥があまりにも当然のように“俺() Sランクだ”と言っていたから、すこし気になった。 「ああ、そのこと? 幹斗の元パートナー、…由良さん?と会ったときに、ちょっとglare出してみたらあっちもglare出してきたんだよ。 俺のglareで怯えないってことは彼もSランクでしょう? 彼に強く惹かれたってことは、幹斗もSランクなのかなって。」 …なるほど。3人で飲み会をした帰りに由良さんと会ったとき、由良さんの瞳からglareが漏れていた気がしたのは、気のせいじゃなかったのか。 「由良さん、牽制してくれたんだ。」 過去の出来事だが、なんだか嬉しくなって思わず口に出してしまう。 幹斗、と拗ねたように言いながら、東弥が面白くなさそうな顔をした。 「…いいんだけど、これから俺とプレイするんだから、こっち見てて。」 …あ、そうか。東弥がSランクなら、glareが効かないこともないし、プレイしても問題ないのか。 「…ごめん。」 「いいよ。Sランク同士は忠誠も支配欲も相当強くなるって聞いたことあるから。むしろなんでその人が幹斗をフったのか理解できないけど。 幹斗は何がNG?どんなプレイが好き?始める前に聞いておくね。」 「好き…はないけど、羞恥は全部NG。」 迷った末、由良さんと出会う前、いつもプレイ相手に言っていた台詞を口に出す。 由良さんに出会う前、羞恥プレイができない理由はglareが効かないせいだったけれど、今できないと言った理由は、由良さん以外としたくないから。 東弥は静かにうなずいた後、考え事でもするかのように、眉間に指を当てて唇を結んだ。 …そういえば今まで羞恥プレイをNGだと言って、嫌な顔をされなかった試しがない。多分東弥も呆れるだろうな。この期に及んでここまでプレイを制限するようなことを言うなんて。 「どこまでダメ?脱ぐの無理とかだったら結構痛みに特化しちゃうけど大丈夫?」 確実に怒られると思ったのに、ただ当たり前のように詳しい質問をされた。 「…脱ぐのも無理、だけど、痛いのは大丈夫。」 「わかった。道具探すから、中入ってベッドにでも座って待ってて。」 爽やかな笑顔で言われ、俺は黙ってそれに従った。 ここまでお人好しだと東弥も生きにくそうだな、と心の中で思ったことは、言わないでおく。 少しして、東弥は細身の黒い棒を手にして戻ってきた。 棒はよく見るとグリップと細い部分に分かれており、先端にはヘラのような形をした革製のチップが付いている。 おそらくSMプレイ用の乗馬鞭だ。 彼はそのまま俺の瞳を覗くと、弱くglareを放つ。そして、 「幹斗、kneel(跪いて). 」 低く圧を持った声で言われた。 俺は、本能的に彼の足元に跪く。 glareが効かない相手とプレイするのとは全く違い、俺は躊躇いなく東弥の言葉に従うことができた。 「手、前に出して。」 跪いたまま、両手のひらを東弥に差し出すように指示される。 ひとまず言われた通りにして、そのあと、これからどうされるのだろう、と疑問に思った。 東弥の唇が片方だけ意地悪く釣り上がって、瞳からは強いglareが放たれる。 それに気を取られていると、突然手のひらに強い痛みが走った。 「あ"ぁ"っ…!!」 思わず声を上げる。 大抵鞭で打たれるのは、背中や臀部を服の上からで、ときには布を挟まず直接打たれることもあったけれど、手のひらを打たれたことは一度もない。 痛みに慣れない部分への刺激は、俺にその鞭に対する恐怖を植え付けた。 彼がその鞭を持った手を少し動かすだけで、身体が恐怖に震える。 「これ自分でしたの?悪い子。心配した俺に謝って。」 冷たく言いながら、鞭で手首の傷を絆創膏の上からなぞられ、さらなる恐怖が押し寄せた。 「ごめんなさい…。」 謝っても返答はない。その代わりにぐいっと顔の近くに鞭が差し出される。 ひゅん、と風を切る音がして、叩かれる、と思い、反射的に目を瞑った。 しかし一向に痛みは訪れない。 「Lick(舐めて). 丁寧にね。」 代わりにcommandが放たれ、目を開けると、口元に鞭の先があった。 もし東弥が鞭を動かしたら今度は舌にあの痛みを受けるかもしれない、という脅威を感じながら、恐る恐るその部分に舌を伸ばす。 唾液が床に垂れたり、鞭が口から出てしまうたび、鞭の先でとんとんと優しく舌を叩かれた。 もちろん軽い力でも少し痛いが、それよりもいつか強く打たれるのではないかという恐怖が勝って、何度も、早く終われ、と願う。 けれどその中でふと、“もしこれをしているのが東弥ではなく由良さんだったら”、と考えた。 そうしたらきっと、気持ちいい。 冷たい目で見下ろされながら、俺は一生懸命舌を伸ばして、もし失敗したらお仕置きされてしまうけれど、それすらも気持ち良くて。なにより終わったらとびきり甘いキスをして、そのあと優しく抱いてくれて…。 ほとり。涙がこぼれた。 俺、最近泣いてばっかりだ…。

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