63 / 70

第19話②

3分と経たないうちに、由良さんはこちらに出てきてくれた。手には先ほど俺が店に置いてきたコートを抱えて。 あんなに冷たいことを言ったくせに、俺の肩にコートをかけてくれる。 「…風邪を引くでしょう。そして、どうして会いにきたの?あの程度のプレイで音を上げるSubなら、僕は要らない。」 冷たい言葉で言われても、もう嘘だと分かった。 …だって目、一度も俺の方を見ていない。 「もう、嘘をつくのはやめませんか?」 “今言わなきゃ。”、と強く思った。 俺だって、由良さんが実の父親だと分かって、それを本当に全く気にしてないかといえば嘘になる。だってそうしたら俺は由良さんが強姦された証だったりするわけで。それに親子で恋愛って、世間的には明らかにアウトだし。 でも、俺には由良さんしかいなくて、だから東弥が言ってくれたように、由良さんも俺を必要としていてくれるのなら、絶対に一緒にいることを諦めたくない。 しかも、出会った時からずっと、俺には由良さんは父親じゃなくて、ただ、愛しい主人(パートナー)だったわけで。 「なんのこと?」 「俺もう分かってます。俺は由良さんの息子なんですよね。」 誤魔化されないようにはっきりと言うと、由良さんは絶望した表情で、唇をギュッと結んでしまった。 空気すら揺れないような沈黙が走る。 「そっか。…ならもう、幹斗君に冷たくする必要もないね。僕は君の父親だ。君の存在を知りながら、探そうともせずに、全てを隠して生きてきたんだ。 …こんな僕が、君に幸せにしてもらえる権利なんてないでしょう。それに実の父親と恋愛だなんて、君の人生に傷がつく。 わかったら、もう僕のことは忘れて次の恋に進みなさい。君にはまだ未来がある。」 長い沈黙の後、彼が苦しげに紡いだ。 彼の言葉に心底驚く。彼が俺を捨てた理由は、過去のトラウマのせいだとか、実の息子だからだとか、そういう理由だと思っていたから。 でも今の言葉からは、俺と別れたいって思いは微塵も感じない。それどころか手を離したのだって、俺のため、みたいに聞こえる。 …優しい人。もし今の彼の言葉が俺を振った本当の理由ならば、俺は余計に彼といたい。由良さんが俺の手を離すことで俺のためになるだなんて、そんなわけないじゃないか。 「由良さんじゃないとダメです。」 「僕以外のSランクとプレイしたことがないから、そう思うんだ。 ランクのことを踏まえて探せば、きっといい相手に巡り合える。気付いてないだけで君の周りにもきっといるよ。」 「それ、東弥のことですよね?俺東弥のglareは効いたけど、やっぱり由良さんに従いたい。 glareが効いただけじゃない。…きっかけはglareかもしれないけれど、俺はちゃんと由良さんが好きです。由良さん以外考えたくない。」 自分はこんなに饒舌だっただろうか。話しながら驚いた。 こんなにたくさん話したのは初めてかもしれない。 由良さんが再びギュッと唇を結ぶ。 そして次の瞬間、心臓が大きく跳ねた。 彼が俺の手を引き、身体を強く抱きしめたからだ。 久しぶりの、由良さんの温もり。温かくて、幸せで。もう泣いてしまいそう。 「…君に、幸せになってほしいんだ。…君を愛する人として。 僕なんかが足枷にはなりたくない。」 低く掠れた声は、震えている。 …悲しいことに、ここまで言って全然わかってもらえてないみたいだ。 でも、離れるなんて嫌だ。…こんなにも思われているのに。 「由良さんはなんかじゃない。枷でもない。俺に幸せになってほしいなら、由良さんがしてよ。由良さんじゃないとできない。 …ねえ、由良さんはどう思うの?俺に出会ったこと、不幸だった?それは俺が由良さんの息子だから?トラウマだから? それでも俺は、あなたに出会えてよかった!!」 すごく大きな声で、泣きながら喚き散らしてしまった。きっと由良さんが困っている。 口調もめちゃくちゃで、まるで癇癪を起こした子供みたい。分かっている。でも神様、今だけわがままを許して。一生分の運を使ってもいいから。 …俺からこの人を、奪わないで…。 俺たちの関係は、きっと世間的には許されるものじゃない。 でも、性格も容姿も格好いいくせに優しくて幸せに臆病で、圧倒的な支配を見せつけるくせに、本当はプレイ中俺のことばっか気にしてる。 そんな彼だから、俺は尽くしたい。従いたい。 「…手を差し伸べたならっ…、離さないでっ…!!もう俺っ…、由良さんなし、じゃ、いられないっ…!!」 由良さんが何も言わないから、泣きながらぐずぐずと言葉を続ける。 わがまますぎて嫌われるだろうか。 俺の嗚咽だけが、静かな夜にこだました。

ともだちにシェアしよう!