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第14話 意地っ張りの『馬鹿』へと紡ぐ思い
リオールは鼾をかいて眠る馬鹿を起こさないように、そーっと慎重にベッドから抜け出した。馬鹿は仕事が忙しい時期で疲れている。少しでも寝かせてやりたい。静かにトイレに行き、狭い台所で朝食と馬鹿の弁当を作る。今日の弁当には、馬鹿が好きな鶏肉のトマト煮込みを入れてやろう。忙しい仕事の合間の、ちょっとした楽しみになればいい。
リオールはできるだけ静かに包丁を使った。
馬鹿と結婚をして、気づけば10年が経っていた。馬鹿は相変わらず馬鹿で、リオールの側にいてくれる。去年の秋頃に、長く住んだ狭くて古い集合住宅から、今住んでいる少し広くて新しい集合住宅に引っ越した。リオールは特に引っ越したいと思ったことはないのだが、建物の老朽化が進み、建物を取り壊すことになったので、仕方なく馬鹿との思い出が詰まった住処から新しい集合住宅へと移った。新しい少し広めの家でも、狭い1人用のベッドに2人でくっついて寝ている。2人でくっついて寝ることに完全に身体が慣れきっていて、ピッタリくっついていないと眠れないからだ。
馬鹿と結婚をしても、それまでの生活と大して変わらない生活を送っている。とはいえ、1つ違うことがある。たまにだが、リオールの両親や馬鹿の両親と会うようになった。
結婚をする折、馬鹿に引き摺られる形で、家出した時以来初めて実家に帰った。その時に初めて、馬鹿が父親の1人ピーターと連絡を取り合っていたことを知った。リオールはとりあえず馬鹿の頬を思いっきり抓んだ。
実家に入るなり、両親に抱きしめられた。親の片方であるピーターには、昔のことを謝られた。もう1人の方の父親ガンドは黙っていたが、馬鹿と結婚することを伝えると、馬鹿とまとめて、また強く抱きしめてきた。帰り際に、ピーターがこっそり耳打ちしてきた。『素直に口に出せないだけで、ずっとお前を心配してたし、ナー君との結婚をめちゃくちゃ喜んでるぞ』と。『ずっと後悔していた』とも。
リオールは自分達の家に着くまで、顔に力を入れてずっと顰めっ面を保ち、家の中に入った瞬間、馬鹿に抱きついて少しだけ泣いた。10年以上会わなかった両親は、当然ながら少し老けていた。『次に会う時はリーの作った料理を食べさせてくれ』と言われた。色んな思いが胸の中をぐるぐる回って、ある程度落ち着くまで、ずっと馬鹿に抱きついていた。
結婚式は2人だけでした。大きな聖地神殿ではなく、街の外れにある小さな神殿で、神官に見守られて神に愛を誓いあうだけの質素なものだった。それでもリオールはガチガチに緊張したが、馬鹿はいつもと変わらず、のほほんとして、ふにゃふにゃ笑っていた。
馬鹿を起こして一緒に朝食を食べた後、仕事に行く馬鹿を玄関先で見送り、リオールは壁に貼っているカレンダーを睨みつけた。リオールは今日と明日は仕事が休みだ。
今年こそは何が何でも決行する。
リオールは決意を胸に必要なもののを買い出しに出掛けた。
明日は馬鹿の誕生日なのである。
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リオールは荒くて熱い息を吐き、時折我慢できずに喘ぎながら、がむしゃらに腰を振っていた。アナルには馬鹿に挿れられたバイブが絶賛稼働中で、リオールのペニスはずっぽり馬鹿の蕩けるような熱いアナルに包まれている。バイブにアナルの中を掻き回されながら、リオールの下で気持ちよさそうに喘いでいる馬鹿が好きな動きをするよう頑張る。過ぎた快感に涙が勝手に溢れてくる。リオールは滲んだ視界の中、腰を振りながら馬鹿の身体に覆いかぶさって、馬鹿のぷっくりとした大きな乳首に吸いついた。
馬鹿が喘ぎながら、リオールの頭を優しく撫でてくる。
「リーちゃん、リーちゃん、きもちいいよ」
「は、あぁっ、んちゅ、ん!はっ!あぁっ」
「かわいい、リーちゃん。きもちいいね、おちんちん、僕の中で、ビクビクしてるよ」
「あぁっ!んっくぅ……しめんなぁ……」
「あはっ、リーちゃん、イッて、僕の中に出して」
馬鹿がリオールの首に腕を絡め、両脚を腰に絡めてきた。馬鹿がリオールのアナルに入っているバイブの遠隔スイッチを弄ったのだろう。更にアナルの中が激しくバイブで掻き回される。馬鹿が最近お気に入りのバイブを突っ込まれている。イボイボがついた、見た目がかなりグロテスクな代物である。馬鹿のアナルがペニスをきゅうきゅう締めつけ、絡みついてくる。馬鹿を先にイカせたいのに、堪らない快感に腰が勝手にカクカク動いてしまう。身体が熱の解放を求めている。リオールは馬鹿の柔らかい身体を縋るように強く抱きしめて、馬鹿の奥深くに思いっきり精液を吐き出した。射精している身体をバイブが容赦なく責めてくる。リオールは悲鳴じみた声を上げながら、助けを求めるように馬鹿を呼んだ。
「なー!なーっ!」
「リーちゃん、ほんと可愛い」
うっとりとした顔で馬鹿がビクビク震えるリオールの頭を片手で撫で、肉づきが薄い尻も撫でてきた。割と本気泣きになっているリオールの唇にキスをしてから、漸く馬鹿がバイブのスイッチを切ってくれた。
はぁー、はぁー、と荒い息を吐きながら、ずずっと鼻を啜ると、馬鹿がリオールの鼻水を舐めとるように鼻の下や唇を舐めてくる。
リオールはチラッとベッドのヘッドボードの上の目覚まし時計を見た。日付が変わって半刻程経っている。
リオールは馬鹿の唇にキスをして、唇を触れ合わせながら、至近距離にある馬鹿の柔らかい亜麻色の瞳を見つめた。
「ナー」
「ん?」
「誕生日、おめでと」
「ふふー。ありがとー」
「……すきだ」
本当に小さな小さな声で、リオールは呟くように馬鹿への思いを告げた。やっとだ。やっと言えた。まさか自分でも『好き』の一言を言うのに、10年もかかるなんて思っていなかった。リオールは嬉しくて、小さく口角を上げた。
馬鹿が驚いたように目を丸くして固まり、次の瞬間ふにゃっと笑み崩れた。
「僕もリーちゃん大好き!」
「……知ってる」
「あぁもう!リーちゃん可愛いなぁ!」
馬鹿が繋がったままのリオールの身体をむぎゅっと全身で抱きしめてきた。汗で濡れた馬鹿の体温と、少し早い鼓動が伝わり、リオールは嬉しくて馬鹿の頬に自分の頬を擦りつけた。
心底嬉しそうな馬鹿に促されて、リオールが萎えたペニスを馬鹿のアナルから引き抜くと、馬鹿に勢いよく押し倒された。馬鹿がリオールのアナルに入っているバイブを引き抜き、勃起しているペニスを勢いよく突き入れた。
「あぁっ!?」
「はぁ、リーちゃん、リーちゃん、ほんと、可愛い、大好きだよ」
「あぅっ!あっ!あ!あっ!あっ!」
馬鹿がリオールの顔中にキスをしながら、激しく腰を振り始めた。いつもより固くて大きい気がする熱い馬鹿のペニスが、イッて間もないリオールを急速に追い詰めてくる。
リオールは大きく喘ぎながら、馬鹿の首に腕を回して、両脚を馬鹿の腰に絡め、全身で馬鹿に縋りついた。馬鹿の動きが更に激しくなり、まるで呼吸を奪うかのように貪るようなキスをされる。
翌日、2人揃って腰痛で動けなくなるくらい、めちゃくちゃに愛し合った。
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結婚20年記念ということで、リオールと馬鹿はパルームの町に旅行で来ている。2人揃ってもう50が近い歳になった。
馬鹿は全然変わらない。相変わらずチビでデブで、いつものほほんとした、ふにゃふにゃの笑みを浮かべている。リオールは少し太った。馬鹿程ではないが、最近腹が少し出てきた。馬鹿が隙あらば腹の肉を揉んでくるので筋トレを始めたのだが、中々効果が出ない。
馬鹿はずっとリオールと一緒にいてくれている。ちょっとした喧嘩をすることもあったが、馬鹿が『言いたいことを言って。最後まで聞くし、何言っても嫌いになることだけはないから』と言って、自分の気持ちを中々口に出せないリオールの話を根気よく聞いてくれたので、なんだかんだでずっと仲良しで暮らせている。
馬鹿のお陰で、リオールはほんの少しだけ、素直に気持ちを言えるようになった。勿論、馬鹿限定だが。自分から手を繋げるようにもなった。自分ではかなりの進歩な気がしている。
意地っ張りなリオールの『馬鹿』は、リオールの隣で、ふにゃふにゃの笑顔で生きている。
馬鹿は多分、死ぬまで馬鹿だ。面倒くさいリオールの側にいてくれる時点で、馬鹿である。そんな馬鹿をリオールは愛しているし、心が救われている。流石に『愛してる』なんて、こっ恥ずかしいこと言ったことはないし、これからも言える気がしないが。
ずっと昔に来たことがある喫茶店に入り、馬鹿が蜂蜜たっぷりのパンケーキを頬張って幸せそうな顔をするのを眺めながら、リオールもパンケーキを口に運んだ。幸せの味がする。
皺が増えた馬鹿のふにゃふにゃの笑顔を見るだけで、胸の中が温かく満たされる。
リオールは馬鹿に見えないように珈琲カップに口をつけて、小さく口角を上げた。
(おしまい)
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