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第1話カサンドラの街
土の宗主国サンガレア領。
土の神から遣わされる異世界からやって来る土の神子を戴く聖地神殿や土の神子の後宮が近くにある中央の街から、南へと続いている街から街へと繋がる大きな街道を、1人のつるりとした頭髪のない頭の厳つい男がのんびり馬に揺られて進んでいた。髭を伸ばして整えている顔立ちも厳つく、小さな子供には顔を見た途端に泣かれることも多い。男の名前はケリー・オズボーン。冬の終わりまでサンガレア領軍副団長を勤めていた。今は領軍を辞めて、愛馬のアニーに乗って、気ままな1人旅をしている。
春先にサンガレアで1番大きな街である中央の街を出て、のんびりと途中で立ち寄った街を観光したりしながら旅をして数ヶ月。漸く目的地であるカサンドラの街が見えてきた。季節はもう夏である。ジリジリと強い日射しがケリーのハゲ頭を照らしている。
ケリーはカサンドラの街の入り口の少し前で、どうやら絵を描いているらしい10歳くらいの子供を見つけた。アニーから降りて手綱を握り、歩いて子供に近づく。
「よう、坊主。お前さん街の子供か?」
ケリーの声に振り向いた子供は、肩より少し短めの長さの癖のある髪をした、そこそこ可愛らしい顔をした男の子であった。子供が持っているスケッチブックには外から見た街の様子が描かれている。中々に上手い。
「そうだけど。ハゲのおっちゃん、街に用でもあんの?」
「ハゲでもねぇし、おっちゃんなんて呼ばれる歳でもねぇよ。これは剃ってんだ」
「ふーん」
どうでもよさそうな返事をした子供が立ち上がった。半袖のシャツや半ズボンから露出している手足は子供らしく柔らかそうで細く、顔も含めて健康的に日焼けしていた。
「この街にある馬小屋付きの評判がいい宿は知らないか?できたら長期滞在できて、飯が旨い所がいいんだが」
「注文が多いよ、おっちゃん。飯が旨いって評判の宿は知ってるけど、どこも馬小屋なんてないよ。皆、街の入り口んとこにある馬小屋に馬は預けてる」
「あー……マジか。アニーは少し気難しくてな。知らない人間に世話をされるのが嫌いなんだよ」
「アニーって、おっちゃんの馬の名前?」
「あぁ」
「キレイだね。目が優しい」
「だろう?体力もあるし、脚も丈夫で速いんだよ」
「宿じゃないけど、街中に馬小屋があるとこなら知ってる」
「ん?」
「僕の家。死んだじいちゃんが宿屋やってたんだ。古いけど、まだ馬小屋あるし多分使えるよ」
「へぇ」
「父さんがいいって言えば、うちにアニー置いてもいいよ。4軒先に評判がいい宿屋もあるし。1階の食堂がさ、めちゃくちゃ料理が旨くて、僕も父さんとたまに食べに行くんだ。そんぐらいの距離ならアニーの世話しに来れるでしょ」
「おぉ!そうだな。悪いが頼んでいいか?」
「言っとくけど、父さんがいいって言ったらだからね」
「あぁ。親父さんは?」
「今日は仕事。でも今日は昼過ぎには帰ってくるから、まぁ、多分あと3時間くらいで家に帰ってくるんじゃない?」
「ふむ。案内してもらってもいいか?俺の名前はケリー・オズボーンだ。冬の終わりまでサンガレア領軍で働いていた」
「カーラ・ブリード。父さんはパーシー。僕は9歳。父さんは資料館で働いてる」
「資料館って、もしかして『土の神子マーサ資料館』か?」
「そうだけど」
「俺そこが目当てでこの街に来たんだよっ!お前さんの親父さん、そこで働いてんのかっ!」
「へぇ。珍しいね、おっちゃん。あんな滅多に客も来ない寂れた資料館目当てなんて」
「ん?客が少ないのか?」
「めちゃくちゃね。誰も何千年も前の土の神子なんて興味ないんだよ。父さんはすげぇ好きだけどさ。父さんみたいな変わり種か研究者か物好きしか来ないよ」
「土の神子マーサが召喚されたのは約6000年前な。学校で習うだろう?」
「教科書には載ってる。でも僕は興味ないよ」
「土の宗主国中興の祖だぞ?」
「大昔の話じゃん」
「まぁ、そうだが……あ、学校じゃ課外学習があるだろ?それで行ったりもしないのか?」
「父さんが子供の頃は行ってたらしいけど、今は行かないよ。今の校長先生が『行くだけ無駄だ』って言って止めたんだ。それ聞いて父さんめちゃくちゃプリプリしてた」
「その校長はとんだ馬鹿野郎だな。サンガレアの歴史の素晴らしい偉人を子供達が学ぶ機会を潰すなんて」
「父さんも似たようなこと言ってた。おっちゃんもマーサが好きな物好きな人?」
「まぁ、そうなるな」
「ふーん。じゃあ父さんと話が合うかもね」
「だといいな。是非とも色々話を聞きたいところだな。それで、そろそろ家に案内してくれるか?」
「いいよ」
「あぁ。それともうすぐ昼飯時だし、宿をとるついでに昼飯も食いたい。悪いが、その近くの宿屋にも案内してくれないか?昼飯の用意がなかったら案内の駄賃で昼飯奢るし」
「いいよ。昼時は食堂が混むから急ごう。うちはここからちょっと歩くよ」
「あぁ。助かるよ」
ケリーはアニーの手綱を引いて、カーラと並んで歩き出した。カーラは9歳の子供にして背が高い気がする。手足がひょろりと長い。
「おっちゃん、何処から来たの?」
「中央の街だ。生まれも育ちも中央の街でな。殆んどあそこから出たことがない。ここまで来るのは生まれて初めてだ」
「ふーん。中央の街ってデカいんだろ?」
「あぁ。人も店もかなり多いな」
「何で軍人辞めたの?軍人って給料めちゃくちゃ高いんでしょ」
「んー……まぁ、身体を壊して仕事に嫌気がさしてな。思いきって辞めた」
「どっか悪いの?」
「もうほぼ完治してるが、胃に穴が開いたんだ。3つもな。仕事中に血を吐いて倒れたんだよ」
「うへぇ。胃に穴が開くってさ、そこから食べたもんが出たりしないの?」
「さぁな。ずっと暫く胃が痛くて、ろくに飯なんざ食ってなかったからな」
「ふーん。おっちゃん、大変だったんだな」
「まぁな。カサンドラに来たのは優雅な隠居生活する為なんだわ。かなり長いこと領軍で働いてたからな。退職金もたんまりで、金には困ってないし」
「どんぐらい働いてたの?」
「ざっくり200年くらいか?」
「わぉ。すげぇ」
土の神の恩恵が色濃い土の宗主国の王族は500年の時を生き、土の神子は更に長い1000年の寿命がある。その為、王族や神子に仕える者達も長生き手続きと呼ばれるものを受けることができる。長生き手続きをすると、神殿で神より祝福を受け、その時点から肉体が歳をとることなく生き続けられる。長生き手続きを止めると、その時点から老化が始まる。サンガレア領は土の神子を戴く特別領であるので、サンガレアの公的機関に勤める者も長生き手続きを受けることができた。ケリーもサンガレア領軍に入隊して、身体と魔力が1番いい状態だと言われる25歳の時に長生き手続きを受けた。以来、200年くらい領軍で軍人として働いていた。長生き手続きをしても、実際は100年以上生きて働き続ける者は少数である。長生き手続きは働いている本人しか受けることができない。だいたいの者は結婚と同時に長生き手続きをやめるのだ。ケリーは残念ながら、今まで結婚の機会がなかった。恋人がいたこともあるが、皆プロポーズをする前にケリーをフッて、ケリーの前から去っていった。ケリーの親も兄弟も皆とっくの昔に死んでいる。特にこの100年ちょい、ケリーはずっと1人だった。
適当な世間話をしながらカーラの案内で街中を歩いていく。あそこ、とカーラが指を指したのは、見た感じ古い3階建ての建物だった。馬小屋らしきものもある。
「使ってないから埃っぽいけどさ。宿をとって昼飯食ったら、父さんが帰ってくるまで掃除するよ」
「悪いな。俺も一緒にやるわ」
「うん。飼い葉?だっけ?それは多分街外れんとこで買えるよ」
「分かった。掃除の前に買っときたい。悪いが先に案内してくれるか?」
「いいよ」
とりあえずアニーを馬小屋の入り口に繋いだ。馬小屋の中は埃が積もっていて、掃除をするまでは中に入れたくない。パッと見た感じ、古いが屋根はしっかりしているし、壁などにも隙間はなく、掃除さえすれば問題なく使えそうである。カーラがかなり大きな木のバケツを両手で抱えて持ってきてくれた。
「これ昔使ってたやつ。洗えば使えるよ。馬小屋の裏に井戸もあるし」
「助かるわ。アニーに水だけ先にやってもいいか?飼い葉は一応少しはあるし」
「うん。井戸はこっち。多分飼い葉入れもあるけど、それも洗わないと使えないと思う。古いもんばっかだけど、家の倉庫探したら馬の世話に必要なものは多分全部あるよ。父さんに聞いたら分かるし。子供の頃はお客さんの馬の世話は父さんの仕事だったんだって」
「そうか。馬の世話に慣れてる者がいると安心だ。あ、アニーは性格は大人しい方だが、少し気難しいんだ。気に入らないと容赦なく蹴ろうとするから、俺がいる時以外は絶対に1人で近づくなよ。最悪蹴られて死ぬ」
「え、マジで?」
「あぁ。俺の軍人時代の同期の奴なんか、馬の世話してる時に目を蹴られてな。右目が眼球破裂して辞めた」
「なにそれ怖い」
「アニーが嫌がることをしなければ別に蹴らないけどな。まぁ、不慮の事故もないわけじゃない。不用意に近づかないでくれよ」
「うん。離れたとこから見るのはいい?」
「あぁ。ん?馬が好きか?」
「基本街から出ないから、あんま近くで見たことなくて珍しい。アニーは目が優しくて可愛いし」
「そうか」
「アニーの絵描いてもいい?」
「いいぞ。絵を描くのが好きなのか?」
「別に普通。夏休みの宿題で絵を描かなきゃいけないんだ。何でもいいから適当に街の絵を描いてたけどさ。あんま楽しくもないし。それだったらアニー描きたい」
「街の絵も中々上手に描けていただろう?勿体なくないか?」
「いいよ別に。絵の具で色塗りまでしなきゃいけないし。描くのが楽しい方がいいもん」
「まぁ、そりゃそうか」
カーラと話ながら馬小屋の裏にあった井戸で水を汲んでバケツを洗い、バケツに水をたっぷり注いでからアニーの元へと戻った。アニーに水を飲ませて、荷物と一緒にアニーにくくりつけていた袋から飼い葉を出して食べさせる。アニーが汗をかいていたので、布を出してざっと拭いてやり、軽くブラシもかけてやる。カーラはケリーがアニーの世話をするのを面白そうに少し離れて眺めていた。
アニーの簡単な世話が終わると、まずは4軒離れた近くの宿屋へとカーラに案内してもらった。幸い部屋は空いていたので、とりあえず1週間連泊することにした。アニーにくくりつけていた荷物は、アニーの世話に必要なもの以外は全て持ってきている。1度滞在する2階の部屋に案内してもらい、部屋に荷物を全て置いてから、財布だけ持って1階の食堂へと降りた。
食堂の食事は中々に旨く、そして値段も手頃だった。カーラお勧めのメニューを頼んで、2人で腹一杯になるまで旨い料理に舌鼓を打った後、街外れの飼い葉が売っている所まで歩いて移動し、持てるだけの量の飼い葉を買って、アニーがいるカーラの家まで戻った。
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