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第2話パーシーの提案
カーラにも手伝ってもらい、両手に飼い葉の束を抱えてカーラの家に戻ると、玄関先にひょろりと細長い男が困惑した顔で立っていた。背が高い方であるケリーよりも背が高く、かなり痩せている。手足が長めで、なんだかアンバランスな印象を受けるくらいだ。カーラと同じ髪色の短い癖っ毛がピョコピョコはねている。男はケリーとカーラに気がつくと近寄ってきた。
「カーラ。なんかうちに馬がいるんだけど」
「おかえり。父さん」
「あ、ただいま。えーと、この人誰?」
「ハゲのおっちゃん」
「ケリー・オズボーンだ。ハゲじゃない。これは剃ってるんだ」
「はぁ……パーシー・ブリードです。えーと、どういうこと?カーラ」
「とりあえず飼い葉置いていい?地味に腕疲れてきた」
「あ、うん。えーと、どうしようかな。とりあえず家に入ろうか。あーと、ケリーさん?あの馬は貴方の馬ですか?」
「あぁ」
「事情は中で聞きます。とりあえず家に入ってください」
「悪いな。お邪魔する」
人のよさそうな顔を困惑した色に染めて、パーシーが家の玄関を開けてケリー達を家の中に入れた。かつては宿屋をしていたというだけあって、広いスペースに大きめのテーブルが1つあり、椅子が何脚も壁際に積まれている。カウンターもあり、その奥には厨房らしきものも見える。
カーラが大きなテーブルの上に飼い葉の束を置いたので、ケリーも置かせてもらう。パーシーは埃の積もった椅子をポケットから出したハンカチでざっと拭いて、ケリーに勧めてきた。
「で?どういうこと?カーラ」
「このおっちゃん、中央の街から来たんだって。元軍人さん。父さんとこの資料館目当てでカサンドラに来たんだって」
「あ、そうなんですか?」
「あぁ。街の入り口辺りでカーラに会ってな。馬小屋がある評判のいい宿がないか聞いたら、馬はここに置かせてくれるって言ってくれてな。あぁ、勿論お前さんの許可が出ればの話だが。ここから1番近い宿屋も案内してもらった」
「はぁ……左様で。ん?ちょっ、カーラ。もしかして1人で街外れに行ったのか?」
「夏休みの宿題の絵を描きに行っただけだし」
「カーラ……1人で遠くに行くなといつも言ってるだろう?街外れなんて、誰が通るか分からないんだぞ?第一、学童預かり所の人達にはちゃんと言ったのか?」
「絵を描くから今日は行かないって昨日のうちに言ってあるし」
「カーラ。そういうことは父さんにも言いなさい。危ないだろう。1人で街外れに行くなんて」
「別に小さい子供じゃないし。平気だもん」
「カーラ。お前はまだ小さい子供の範疇なんだぞ。何かあったらどうするんだ」
「大丈夫だって。それより、おっちゃんの馬をうちに置いていい?アニーって名前なんだ。目が優しくて可愛い」
「えぇ……いやまあ、別にいいけど。あーと、ケリーさん?」
「ん?」
「その、カサンドラへは観光ですか?」
「いや。ここで隠居生活を送ろうと思ってな。暫くは宿に泊まって、馬小屋もあるような家を探すつもりだ。パーシーだったな。お前さん、そういう物件に心当たりはないか?できたら街中に近い方がいいんだが。料理は焼き飯くらいしか作れないからな。飯を食いに多分毎日店に行くだろうし。店が集中している街中から離れてると歳とった時がキツい」
「あー……そういう所はパッとは思いつきませんね。郊外ならあるかもしれませんが、土地を買って新しく建てるしかないかもしれません」
「ふむ。まぁ、想定内だな。なら何処か土地を探すか」
「あの……土地を探して家を建てるまで、もし、よければですけど、うちに下宿しませんか?」
「ん?下宿?」
「えぇ。そんなに高い下宿代はとる気がありませんし、うちは宿屋を昔していましたから、古い建物ですけど部屋数だけはあるんです」
「いいのか?正体も分からん男を家に置いて」
「貴方が嘘をつくような人にも見えませんし。それにカーラが夏休み中は家に1人なんです。普段は学童預かり所に行かせてるんですけど、たまに今日みたいに勝手に1人でフラフラしたり、近所の友達と出歩いたりするので心配で……。その、もしよかったらなんですけど、子供達をみてもらえると正直かなり助かるんです。勿論その分下宿代はお安くしますし、朝晩は僕が食事を用意します。いつもカーラには夏休みには弁当を持たせているので、貴方の分もお作りしますよ」
「それは俺は助かるが、本当にいいのか?」
「はい。カーラが2歳の時にカーラの母親とは離婚して、それからは父と2人で育ててたんです。その父も3年前に亡くなりましたし、宿屋もその時にやめました。お恥ずかしい話ですが、僕の職場は給料が安いので少しでも収入が増えた方が助かるんです」
「んー……じゃあ世話になるかなぁ。あ、昼飯は別に用意しなくていい。折角新しい街に来たんだから、色んな店を食べ歩きしてみたい。案内してくれたらカーラの分も駄賃として俺が出す。俺は本当に金には困ってないんだよ。長く領軍で働いてたからな。貯金もかなりあるし、退職金もたんまり貰ってる。まぁ、いずれは暇潰しで何処かで働く気ではあるが、暫くはゆっくり悠々自適な生活するつもりだったからな。今夏休みならカーラは割と暇だろ?できたら街の案内を頼みたい」
「僕は別にいいよ」
「その、よろしいんですか?」
「あぁ。朝晩飯を用意してくれるなら、きっちりその分も下宿代に入れてくれよ。その方が気兼ねなく食えるし。どうせ暇だから洗濯と掃除は俺がしよう。ずっと独り身だったからな。料理以外の基本の家事は一応できる。ここに住めたらアニーの世話もしやすいし。アニーは大人しい性格だが、少し気難しくてな。知らない人間に世話をされるのを嫌がるんだ。カーラには言ったが、お前さんもアニーが完全に慣れるまでは俺がいない時は近寄らないようにしてくれ。最悪蹴られるぞ」
「あ、はい。えーと、流石に家事までしてもらうのは申し訳ないんですけど」
「別にいい。街中ぶらつく以外、基本暇だしな。旅をのんびり楽しんでいたが、目的地のカサンドラに着いたしなぁ。『土の神子マーサ資料館』に行く以外、特にやりたいこともないし。ずっと仕事ばっかの毎日でな。なんかやることがあった方が落ち着くんだよなぁ。悲しいことに」
「はぁ……そうなんですか。あの、ちなみにご趣味は?」
「んー……マーサ関連の本を読むことくらいだな。そもそも趣味を楽しむ程の余暇なんて殆んどなかったし。剣の素振りと筋トレは毎朝やるが、趣味というより単なる日課だな。子供の頃からずっとやってる。父親も軍人で厳しい人だったからな。子供の頃は毎朝泣きながら父親から課せられたキツいメニューをこなしてた。学校の友達と遊ぶ暇もないくらい毎日しこたま鍛えさせられたな」
「寂しいなぁ、おっちゃん」
「否定できんのだよなぁ」
「それじゃあ、本当にお願いしてもいいですか?宿屋をやめてからは3階はほぼ立ち入っていないんですけど、2階には僕とカーラの部屋がありますし、他にも物置にしてる部屋が1つと、空き部屋が1つありますから。そこを使ってください。少し古いものですがシーツ等も沢山あります。洗濯をすれば、まだ使える筈です」
「んー……宿代をもう前払いで1週間分払ってるから、ここに住むのはそれからでいいか?それまでは通いってことで」
「はい。カーラに部屋の掃除をしてもらって、それまでには住めるようにしておきます」
「え?マジで?僕がするの?」
「シーツとかの洗濯は父さんがやるよ」
「俺もやろう。どうせ暇だし、自分が住むところだからな。カサンドラに来た以上、別に資料館は逃げやしないからな。ある程度落ち着いた生活ができるようになったら、のんびり通うわ」
「資料館にいらしたら僕を呼んでもらえればご案内しますよ。一応これでも土の神子マーサの研究をしてるんです」
「おぉっ!そうなのかっ!?」
「はい。資料館にマーサ直筆の日記があるんです。亡くなる10年前から書かれたもので、主にそれを史料に、マーサが生きた時代の文化やマーサがもたらした様々なものの研究をしているんですよ」
「そっ、そんなものがあるのかっ!展示はしてるのかっ!?」
「レプリカなら一部だけしてますよ」
「全部じゃないのか?」
「はい。何せ、マーサが自分の人生を綴ったものですから。ざっくり600年分のことを記してますからね。こーんな分厚さの本が、30冊以上あるんです。5000年以上前のものにしては状態はいいんですけど、原本は資料館の史料保管用の専用金庫に保管されています。僕が研究で読むものは、写本の写本の写本ですね。それでも原本を忠実に書き写したものですから、十分研究に使えるんです」
「へぇっ!ちなみに写本って販売されてたりとかは?」
「ないですねぇ。なにせ、土の宗主国中興の祖とはいえ、もう6000年も前に召喚された神子でしょう?大昔ですし、それにその後も何人もの土の神子が召喚されていますからねぇ。そもそも、元々は中央の街にあった資料館が中央の街から大分離れたカサンドラに移されたのも、数代前の土の神子の命令だったそうですし。いつまでも昔の神子の資料館が我が物顔で街にあるなんて不快だって理由で。本当は史料ごと燃やされるところだったそうですよ。しかし、サンガレア領主家にとってはマーサはご先祖様ですからね。中央の街から離れたカサンドラに移転するってことで、なんとか決着をつけたそうです。今も殆んどサンガレア領主家からの寄付でなんとか運営できてるんですよ」
「マーサ以外の土の神子は本当にクソだな」
「いや、流石に不敬ですよ。今も神子様いらっしゃいますし」
「おっちゃん、土の神子様見たことある?」
「あるぞ」
「えっ!?そうなんですかっ!」
「へー。見れるんだ。中央の街すげー」
「街中じゃ見れんぞ。当代土の神子は殆んど自分の後宮から出ないしな。仕事上会う機会があっただけだ」
「あ、そうか。軍人さんでしたね。神殿警備隊にでも所属してらっしゃったんですか?」
「いや?副団長やってた」
「……副団長?」
「あぁ」
「……サンガレア領軍の副団長?」
「おう」
「……えぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
いきなりパーシーが大きな声で叫んだ。
「うーわ、父さん煩い。いきなり叫ぶなよ」
「いやいやだって!副団長って副団長って副団長ですよねぇ!?」
「あー、うん。まぁ、副団長だな」
「偉い人だったの?」
「まぁ、うちの領地の軍では2番目の立場だったな」
「へぇー。すげぇな、おっちゃん」
「ばっ!馬鹿っ!カーラ!副団長様をおっちゃんとか呼ぶなっ!」
「え?なんで?」
「もう辞めてるから俺は単なる一般人だぞ」
「え、や、しかしですね……」
「おっちゃん、仕事に嫌気がさして辞めたんだってさ」
「え?そうなんですか?」
「あぁ。ストレスで胃に穴が開いてな。仕事中に血を吐いて倒れたんだわ。なんかもう無理ーってなってな。辞めた。もう中央の街にも2度と行く気はない」
「はぁ……左様で。なんだか大変だったんですね」
「まぁ、それなりに。まぁ、その話は別にどうでもいい。隠居する為にカサンドラには来たんだ。カーラに色々案内してもらえると本当に助かるからな。とりあえず明日からよろしく頼む。あ、いや、今日からだ。馬小屋掃除してアニーを入れてやらないと」
「あ、そうですね。僕も一緒にやります。馬の世話に必要なものはだいたい倉庫にありますよ。まぁ、どれもそこそこ古いものなんですけど」
「とりあえず使えたらそれでいい。なんなら俺が新しく買うしな。俺のアニーの為のものだから」
「はい。とりあえず見てみましょうか」
「あぁ」
「父さん。そういえば昼飯食べたの?」
「あ、まだ。今日は帰って食べる予定だったし……あっ!カーラの昼飯っ!!」
「もう食べた」
「えっ!?」
「おっちゃんが奢ってくれた」
「ここと宿屋への案内の駄賃だ」
「あー……なんだか、その、すいません」
「ん?単なる駄賃だぞ?案内してもらったし。正当な報酬だろ。まぁ、ぶっちゃけ少し安いけど。まぁ、まだ子供だし、大金渡すのもなぁ」
「あ、はい」
「話終わった?僕そろそろ馬小屋の掃除したいんだけど。早くしないと日が暮れちゃうじゃん」
「お、そうだな。行くか」
「あ、じゃあ僕も……」
「お前さんは先に飯を食えよ。食い終わったら、倉庫のものを見せてくれるか?」
「あ、はい。分かりました」
「おっちゃん、いこー」
「おー」
こうしてケリーはパーシー、カーラ親子と一緒の家で暮らすこととなった。
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