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第18話初めての剣術教室

ケリーは日課を終えると、中庭で汗で濡れたシャツを脱ぎ、ポケットに無理矢理詰め込んでいたタオルで上半身の汗をざっと拭った。今日の午後から子供達に剣を教える。ケリーが父親からやらされたスパルタ方式では多分ダメだろう。ここ数日、少しずつ無理なく子供達に剣を教えるメニューを考えていた。だいたいは決まっている。あとは実際にやってみて臨機応変に変えていくだけだ。 汗に濡れたシャツを片手に自室に戻り、新しいシャツを着てから1階のテーブルに行くと、カーラが朝食を並べていた。 「おはよう。おっちゃん」 「おー。おはよう」 「昼飯食ったらマイキー来るんでしょ?」 「おう。慣れるまではマートルが送ってくるってよ。まぁ、長くても2時間くらいだな。最初のうちは」 「ふーん。剣って結構重いじゃん。マイキー大丈夫なの?」 「ちょっとずつしかやらねぇよ。今日は基本の姿勢と剣の持ち方、あとは少し走って少し筋トレするだけだ」 「そんだけ?剣振らないの?」 「剣を振るには筋力がいる。まずは少しずつ筋力と体力をつけた方がいい。勿論それだけじゃつまらんだろうから、少しは剣を振るようにするけどな」 「なるほど」 「マイキーはどうか知らんが、カーラもケビンも別に軍人目指すわけじゃないだろ?とりあえず運動目的なわけだから、そんなにキツいことはやらねぇよ」 「はぁーい」 ケリーはカーラの髪をわしゃわしゃ撫で回し、半目のパーシーも椅子に座ると朝食を食べ始めた。今日はオムレツにネギが入っている。多分味噌汁に入れる予定だったやつだ。オムレツにはベーコンとホウレン草が入っているので、ネギが入っていてもそんなに悪くない。味噌汁は具が豆腐と鶏肉だけだが、普通に旨い。いっそ朝食は自分が作ろうかなぁ、と考えながら、ケリーはおかずと一緒に山盛りの炊いた米を食べきった。 ーーーーーー カーラと一緒に、昼食をマートルが露天を出している広場の近くにある飲食店でとった。今日の昼食は拉麺である。去年の夏に初めて食べてからカーラがハマっているのだ。あんまり頻繁だと身体に悪そうだから、拉麺は月に1度にしている。カーラは本屋にあったカサンドラの飲食店特集をしている雑誌を買い、たまに眺めて行ってみたい店を探している。 満腹になって広場に行くと、マートルの露天をすぐに見つけた。マイキーも店番をしているマートルのすぐ隣にいて、マートルと一緒におにぎりを食べていた。ケリーはカーラと手を繋いで、マートルの露天に近づいた。 「よぉ。マートル。マイキー」 「おや。ケリーとカーラ。もうちょっとしたら行こうかと思ってたんだ」 「こんにちは。おじちゃん。カーラ」 「こんにちは」 「昼飯食いに近くに来てたんだよ。ついでにマイキー迎えに来た。昼飯食い終わったら行こう」 「助かるよ。あ、そうだ。カーラ。なんか1つ選んでくれよ。金はいらねぇって言われてるけどよ。なんか悪いからさ」 「えー。じゃあ、おっちゃん選んで」 「俺かよ。えー?どんなのがいい?」 「楽なやつ」 「ざっくりだなぁ」 ケリーはマイキーが食べ終わるまで、じーっと露天の売り物を眺めていた。結局ケリーは小さめの飾りのついた髪紐を選んだ。やや落ち着いた色合いオレンジの髪紐に、小さな白い鈴が2つついている。カーラの髪がもっと長く伸びたら、高く1つに結い上げたらいいと思ったのだ。カーラに見せると、ぐっと親指を立てたので、カーラも気に入ったようだ。 おにぎりを食べ終わったマイキーとも手を繋いで、自宅へと戻る。家に帰りつくと、ちょうどケビンも来たところだった。 皆で中庭に移動して、軽く準備体操をする。カーラとケビンの練習用の刃を潰した剣は先週のうちに買っている。マイキーも自分の練習用の剣を持ってきている。 「よーし。じゃあ、始めるぞー。まずは剣の構え方な」 剣を持つときの姿勢や具体的な持ち方を説明して、子供達に実際に剣を構えさせてみる。 「じゃ、とりあえずそのまま10分な」 「「「え?」」」 「そのままだぞー」 ケリーはいつもは着けない腕時計を着けて、時計に目を落とした。 「マイキー。腕が下がってるぞ。カーラは腰がひけてる。ケビーン。背中が丸くなってっぞ」 「おっちゃん。地味にキツい」 「重い……」 「腕がプルプルしてきたぁ」 子供達が思ってたよりもキツそうなので、10分経つ前に剣を下ろさせた。 「剣ってよー。結構重いだろ?」 「楽勝と思ってたのに」 「なんかじわじわキツくなってきたんだけど」 「腕がプルプルするー」 「剣を振るうには筋力と体力がどうしてもいるんだよ。今のお前さん達じゃ子供用の剣でも長く構えていることすらできんだろ?というわけで、今日は少しだけゆっくり走って、少し筋トレしたらおしまいな」 「少ししか、しないの?」 「いきなりキツいのやっても続かんし、そもそも身体がついてこないぞ」 「あ、そうか」 「よーし。じゃあ剣は隅っこに置いてこーい。走るぞー」 「「「はーい」」」 1番足が遅いマイキーに合わせて家の近所をゆっくり走り、自宅の中庭でストレッチをして、腕立て伏せなどの軽い筋トレをして、今日の剣術教室はおしまいである。走っている時にマイキーは早速転けて、膝を少し擦りむいた。傷口を洗って薬をつけてやってから、ストレッチなどを行った。全部終わる頃には、ケビンはわりと余裕そうな顔だが、カーラは少し息が上がり、普段体育の授業でしか動かないマイキーは少しぐったりしていた。 「……ちょっとやり過ぎたか?」 「だ、だいじょうぶ」 「おやつ用意してるから、一緒に食おうな。今日のおやつはアーモンド入りのクッキーだぞ。あと冷たい牛乳な」 「「「やったー」」」 おやつ、という言葉に子供達は目を輝かせた。軽めとはいえ身体を動かしたのだから、腹もすぐに減るのだろう。 1階のテーブルの所に全員分の椅子を出して、ケリーは子供達にクッキーと牛乳を注いだカップを差し出した。 「マイキーはなんで剣がやりたくなったんだ?」 「んっとね。カッコいいし。それに俺の家、花街にあるからさ。たまに家の近くで酔っぱらいが喧嘩したりもするんだ。父さんも何度か巻き込まれて殴られてるし。父さん、喧嘩弱いんだ。だから強くなりたいなって。大きくなったら俺は父さんの跡を継ぐし、多分ずっと花街の家に住むから、ちょっとでも自分と家族を守りたいなって思って」 「そうか。ならもう少し身体ができてきたら護身術も教えよう。剣がなくても大丈夫なように。つーか、練習用の刃を潰した剣でも人は殺せる。お前さん達が今習ってるのは人を殺せるもんだ。勿論、どうしても自分や家族の命を守る為に剣を振るわなきゃいけない時もある。だが、剣を振るう時は自分も死ぬかもしれんと常に思っておけ」 「「「はい」」」 「絶対に自分から人を傷つけようとはするなよ。人なんてな、結構簡単に死んでしまうもんだからよ」 「「「はい」」」 「おっちゃんは人を斬ったことある?」 「あるぞ。長く軍人やってたからな。……殺したこともある。相手がどんだけひでぇ犯罪者でもな、殺すのはやっぱり気分が悪いもんだぞ」 「……軍人ってさ。ちょっと嫌な仕事だね」 「まぁな。極論を言えば、土の神子様と王様と領主様と民の為に死ぬのが軍人の仕事みたいなもんだしな」 「……俺さー。自分の子供ができても軍人にはさせたくねぇなぁ」 「僕も」 「俺も」 「ま、どうしても必要な職業ではあるけどな。まー、軍人といってもピンキリだし、戦なんて長くないからな。普段の仕事は特別な部署を除けば平和なもんだぞ」 「ふーん」 話しながらおやつを食べ終わる頃に、マートルがマイキーを迎えに来た。マイキーには自宅で簡単にできる筋トレの仕方を教えてある。それを少しずつやるよう改めて言い聞かせてから、玄関先でマートル親子を見送った。 ケビンも家に帰り、ケリーはカーラと共に洗濯物を取り込んだ。とりあえず初回の剣術教室は無事に終えることができた。

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