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第10話

翌日。 神崎は数年ぶりに頭痛で目が覚めた。 2日酔いなど、社会人になって以来初めてではないだろうか・・・ そんなことを考えつつ、ベッドから起き上がると、まず始めに悠へラインをする。 今日は、会ってどうしても言わなくてはいけないことが有る。 すぐに既読になるところを見ると、悠は眠れぬ夜を過ぎしていたのかもしれない。 昨日、中途半端なところで『おあずけ状態』だから無理もない。 しかし、昨夜透に会わなければ・・・ この先へは進めない、神崎なりのケジメだった。 まだ痛む頭を抱え、神崎は手身近に支度を追え、学校へと向かった。 「先生!」 神崎が到着してまもなく、悠はいつものように化学準備室へ飛び込んできた。 「頼む・・・今日は大きな声を出さないでくれ・・・頭に響く・・・」 「え、どうしたんですか?頭痛?」 「ああ・・・昨夜は、年甲斐もなく透と明け方まで飲んでいたからな・・・」 「やっばり、、阿部先生と会っていたんですね・・・。大丈夫ですか?」 透の心配なのか・・・神崎の頭痛の事なのか。 心配そうに眉を顰める悠の身体を抱き寄せる。 「せ、先生?」 「悠・・・」 「え・・・」 ”悠”と呼ばれ、胸の鼓動が一気に早まり出した。 神崎の腕に収まっているだけでも大変なことなのに、そんな風に名前を呼ばれたら・・・ それだけで、心臓がドキドキと高鳴っている。 その高鳴りが落ち着く前に、神崎が身体を離し、どんどんと顔を近づけ・・・すぐ目の前まで来て止まった。 「せ・・・」 恥ずかしさに離れようとするが・・・。 神崎はそのまま悠の瞳を見つめたままだ。 「君にどうしても話したいことがある」 「え、あ・・・はい。何ですか?ちょっと近いですけど・・・」 離れそうにもないが一応言ってみる。 「近くないと、キス出来ないだろ?」 「え、、えー!・・・っ」 言葉の主が神崎であることが信じられなくて・・・。 理解する前に、神崎の唇が悠の唇を塞いだ。 両頬を包む神崎の手が優しい・・・。 この間のキスは、初めてだったので動揺してしまったが、今日は前回より落ち着くことが出来た。 ・・・キスとは。。 こんなにも心地良いものなのか。と悠は生まれて初めて気が付いた。 そして、ゆっくりと神崎の唇が離れる。それでも、相変わらず視線はそらされることなく悠を見つめている。 「・・・知っていると思うが・・・俺は、君より10歳以上も年上だし・・・自分が人より変わっているのも自覚している。そして、何より教師だ。それでも、付き合ってくれるかい?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 いま、目の前で起きていることが信じられなくて。 悠は思わず自分の頬をつねってみた。 ”痛い!” 確かに痛い。ということは・・・ 「夢ではないぞ」 回答を出す前に、少し笑っている神崎が答えてくれた。 「時代は変わっても、その確認方法は変わらないんだな・・・」 悠の一連の行動を面白そうに見ていた神崎が呟く。 夢か現実なのか・・・。古典的な確認方法は今も変わらないらしい。 「だって、先生。僕が先に・・・勝手に先生を好きになったのに・・・」 「そうだったな。でも・・・」 「?」 少し間を置いて・・・ 「こんなにも夢中になったのは、どちらが先か分からないだろう?」 「!」 は、恥ずかしすぎる! 恥ずかしすぎて、視線をそらしたいのに、神崎はそれを許さずさらに瞳を覗き込んできた。 「心配はいらない。君の面倒は一生みる。働かなくとも、君1人ぐらい養える」 今度は悠が噴き出した。 真剣に言っているセリフだろうが、我慢できずに吹いてしまった。 「ちょっ・・・先生。一生って・・・先生は僕と付き合いたいの?それともプロポーズなの?」 「笑うな!君のことだから、将来のこととか、かけらも考えていそうにないから言ったんだ」 少し拗ねる神崎に、今度は悠から唇を近づけた。 そして、ほんの少し、触れるだけのキスをする。 「先生、僕だってちゃんと考えていますよ」 「そうか?君が大学受験に備えている様子は全く感じないぞ」 確かに。 高校3年の夏にもかかわらず、悠が勉強をしている姿は見たことがないし、心配している素振りもない。 それどころか、この夏は恋愛に全てを費やしているではないか。 教師である神崎は、ずっとそれが気になっていたのだ。 その心配に、悠は『フフン』と笑って返す。 「僕、実は・・・もう進路は決まっているんです」 「なに?」 神崎にとって初耳である進路。すでに決まっているとは・・・? いったいどういうことなのか。 「高校を卒業したら、専門学校へ行くんです」 「専門学校?」 「はい」 「待て・・・俺も聞いていないが・・・君もそんな話しをしたことないじゃないか」 「だって、そういう話しをする機会もなかったし」 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 その通りだ。 悠が言うように、進路の話しをする機会なんぞ皆無だった。 「それより・・・まず先生と付き合うことのほうが優先だったから」 にっこり笑う悠。やっぱり小悪魔だ・・・と神崎は思った。 今も、きっと心の中で舌を出しているに違いない。 「君は、何を学びに専門学校へ行くんだ?」 「僕は・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 再びニヤリ。いや~な予感が神崎を襲う。 「僕は、看護師になりたいんです」 「なに、看護師だと?」 「はい。ずっと夢でした。やっと男性の看護師が増えて来たので・・・」 「な・・・」 神崎にしては珍しくぽかんとしている。 「え、先生?そんなにびっくりしました?」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 悠が顔を覗き込んでくるが・・・しばし、神崎は動けずにいた。 まさか・・・。 よりによって看護師になりたいなどと言うとは。考えもしない職業だ。 「だ、ダメだ!却下だ!」 「え、ダメ?」 「そうだ、今すぐに進路を考え直せ。まだ間に合う」 「何でですか!せっかく頑張って推薦の内定とったのに」 「何でもだ!すぐに決められないなら、浪人しても構わない」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 『浪人しろ』などと、教師が言うセリフなのか・・・。 2人はしばし見つめ合った。 しかし、先ほどまでとは違う、少し厳しい表情だ。 「どうしてですか?」 悠が怒るのも無理はない。 子供のころから、ずっとなりたかった職業だ。 昔から圧倒的に女性が多かったが、いまは男性看護師もずいぶん増えた。 やっと夢の第一歩を踏み出している悠だから、簡単に進路変更など出来ない。 たとえ神崎の希望だとしても、だ。 「・・・看護師などになったら・・・」 「え?」 言い辛そうに神崎が口を開く。 「・・・君が看護師などになったら、医者に手籠めにされるに決まっている」 「てごめ・・・?」 時代の差か・・・今どき中々『手籠め』などという言葉は耳にしないだろう。 すると、悠はサッとポケットからスマホを出すと、慣れた手つきで何やら操作を始めた。 「え・・・手籠めって。。先生!!」 「何だ」 「テレビの見過ぎですよ!!」 『手籠め』の意味を理解したのか、悠が頬を赤くして怒る。 「そんなことはない。俺が医者だったら間違いなくそうする」 「え・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 言葉にしてから気付いたのか、一瞬神崎が黙る。 我ながら教師らしからぬ発言だ。 「君は。。。俺に一生その心配をさせる気か?」 「大丈夫ですよ!僕も一応男ですから」 「いいや。君は自分の魅力に気付いていない」 「え・・・」 再び『しまった』という表情をした神崎に、悠はまたしても吹き出してしまった。 「先生、僕のこと、かなり大好きでしょ?」 「うるさいっ」 言って、悠を自分の胸に押し付ける。 これ以上、口を開かないように・・・。 「・・・どんなにイケメンな医者に会っても・・・携帯番号を教えるのは禁止だぞ」 「はい・・・」 「もちろんラインのIDもだ」 「はい。分かってます・・・」 腕に収まる小悪魔が、ギュッと抱き着いてきた。 神崎もそれに応えるように、抱き締める腕に力を込めた。 きっと、これから先ずっと、この小悪魔に振り回されることになる予感しかしない。 透が言うように、前途多難な出来事がたくさん待ち構えていることも覚悟している。 それでも・・・ この小悪魔を決して離しはしない。 悠が聞いたら踊りだしそうなセリフは、まだ当分言ってやらない。 「きっと・・・人生でたった一度のプロポーズも、君にすることになるんだろうな・・・」 神崎の言葉に、悠が顔を上げた。 「またさらに罪が重なった?」 「ああ、今度はかなりの重罪だぞ」 「えー、今度は何だろう。この間は実刑だったから・・・まさか・・・」 最凶なワードが浮かび、思わず神崎を見つめる。 さすがにこれ以上の罪は免除されたい。 しかし、相変わらず整った神崎の顔に、今更ながら恥ずかしくなって顔をそらした。 まさか、実刑以上の刑はないだろう。 しかし相手は変わり者のこの男。神崎なら分からない。 「そう心配するな」 悠の心の声が聞こえたのか、整いすぎのイケメンが笑った。 「君は終身刑だ。一生、俺のそばにいないといけない」 「せ・・・先生~」 この先の抗議は受け付けず・・・神崎はもう一度悠を抱き締めた。 めぐり逢い、ともに歩み始めた2つの瞳は、これから先に待ち受ける数々の困難にもきっと立ち向かって行ける。 生徒の一目惚れから始まった2人の物語は、まだまだ始まったばかり・・・。 おまけ 「ちょっと!聞いてよ須藤君!!」 「聞いてるよ💦」 高校最後の夏休みが終わった9月1日。 光哉は、朝っぱらから美咲に捕獲されてしまった。 相変わらず可愛い美咲だが、今朝は不満でいっぱいの表情を隠せない状況だ。 「神崎先生ってば!!」 「・・・・・・・・・」 “私には全く興味がないって言ったのよー!!” かなりの大音響で美咲が叫ぶ。 事情を分かっている光哉だから、この展開は当然分かってはいた。 しかし・・・。 神崎穂高よ、もう少し良い言い方があっただろうに・・・。 そう思わずにいられない光哉は、落ち込んでいる美咲の肩を抱き寄せ、大胆にも耳元でささやいてみた。 「俺なら、美咲ちゃんを一生大事にするのに・・・」 「え・・・」 一瞬、美咲の顔が真剣になる。光哉が生まれて初めて“イケメン風”な表情を作り、ささやいたのだから、かなり効果があったのかも?? 「須藤くん、ありがとう。。慰めてくれるのね」 「え?」 美咲は光哉の両手を掴み、お得意の“キラキラ目線”でまつ毛をパサパサさせた。そのまつ毛は、今日も天にも届きそうなほどくるりんと上向きだ。 「神崎先生は諦める!私にはもっとふさわしい人がいるはず!」 「・・・う、、うん。そうだね・・・」 「須藤君の慰めの言葉で元気が出ちゃった」 「いや、本気なんだけどね・・・」 と小さく呟いてみたものの、、、、。 早くも切り替えている美咲にはもちろん届かない。 “やはり女子は怖い” 女の子への“淡い夢”が消え去りつつある光哉は、がっくりと肩を落とした・・・。 そして・・・ここにも、もう1人の失恋者・阿部 透。 3年近くにもなる恋にピリオドを打った透は、美咲よりももっともっと落ち込んでいる。長い間好きだった相手を親友に奪われる。。 という漫画みたいな展開だから仕方ない。 しかし、こんな透にも近づいてくる影が1人。 「先生、元気を出してください」 「尊・・・慰めてくれるのか?」 「ええ、意外にも僕は先生が嫌いではありませんから」 「え・・・」 尊の嘘か本気かただの慰めか分からない発言に、透が顔を上げた。 「それは・・・どういう意味の嫌いじゃないなんだ?」 「先生はどう思います?」 「・・・・・・・・・」 一歩近づく尊は、コツンと透の肩に額を付ける。 「僕の嫌いじゃないはこういう意味です」 「おいおい、お前は彼女がいなかったっけ?」 「香織は、ついこの間片思いだった子と無事に両想いになりましたよ」 「は?別の男が好きだったのか?」 「いえ、男じゃなくて女の子です」 「はあ?」 ニヤリと笑う尊。 意外にも可愛いその笑顔にドキッとしてみたり。 だが待て。 この尊とて、教え子であることに変わりはない。 が、そんなことはもちろん建前。 そんな建前は、悠を好きになったその日に放り投げたのだ。 恋への道はまだまだ長そうな光哉とは反対に、この2人にはもう新しい恋が始まろうとしていた。

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