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柳は緑 花は紅 3
こうやって口実を作らないと会いに行けないなんて、大人ってつまんねぇな。本当だったら会いたいから会いに行く、でいいはずなのに。
雪がそれに気付いているのかいないのか、判らないけどとりあえず今はいい。
オレは後をついてきた雪を振り返って、
「台所借りるぞ」
「あ・・・うん・・・」
台所に移動して、袋から蟹を二杯取り出して、ついでに一緒に作ってきたローストビーフを取り出した。
雪はオレの後についてきていて、袋から出てきた蟹と肉に興奮気味に声をあげる。テンション上がると少しだけ声が高くなる、昔からの癖(くせ)が本当に愛おしい。
「ローストビーフも?!すごいね!!」
「お・・・おお・・・お前好きだろ?」
「うん!!」
雪が大きな瞳を細くして、真っ白な肌を少し紅潮させて、本当に嬉しそうに笑うのが、最高に好きだ。
昔から変わらない、オレの可愛い可愛い雪だ。
オレは雪が見守る中、まな板と包丁を借りて、ローストビーフを薄く切る。雪が何か手伝えないかと後ろをちょろちょろしているので、
「蟹、蒸して欲しいんだけど」
と雪でもできることをお願いした。雪は大きな黒い瞳を細めて、真っ赤な口唇を横に広げて笑う。
「うん、わかった!」
いそいそと蒸し器を用意して、少し水を入れてコンロの火を点ける。
オレはそんな雪を横目に見ながら、ローストビーフを切る。
腰のあたりまである長い漆黒の髪が邪魔になったのか、雪が髪ゴムできゅっと一つに縛る。
その艶(つや)やかな髪に見惚(みほ)れていると、雪が楽しそうに笑って振り返った。
「丸ごと入れちゃっていいの?」
「あ・・・ああ・・・そのまま入れて大丈夫」
雪が嬉しそうに蟹の両爪を持って、ゆっくりと蒸し器に入れる。オレはローストビーフを切りながら、チラチラと雪を盗み見る。
長い漆黒の髪が綺麗にまとめられたせいで、雪の白い首筋と、日本人形のように整った顔立ちが垣間見える。
雪は母親そっくりで、昔はよく双子親子って言われたほどだ。母親ももう還暦近いはずだけど、それを感じさせないくらい若々しいから、きっと雪もそんな風になるんだろう。
きめの細かい肌は真っ白で、細い首から鎖骨へ流れるラインが綺麗で、思わず舌を這わせて舐めたくなる。
何度も何年も、湧き上がる劣情を抑え込んで見ないフリをして、気付かないフリをしてきた。
何十年も繰り返してきた。適当な女と付き合ったりして、誤魔化そうとしたし、自分を騙(だま)して納得させようとした。
でもダメだった。
どうしても雪だけが好きだった。誰と付き合っても雪だったらこうするとか、雪ならわかってくれるのにとか、そんなことばかり考えて。
相手を傷つけていた。最低なことをしていると気がついて、遊びはきっぱりやめて雪の傍にいることに集中した。
そのせいで、もうそろそろ限界なのが、自分で判った。
このままだと人目も気にしないで押し倒しそうなほど、感情が溢れて激情が叫び出しそうなのが、判った。
だから今日は、大晦日だし、来年は三十路に突入するから、ちょうどいい節目の日なので。
雪にちゃんと告白しようと、覚悟を決めてきた。
こんなことでもないと告白できないんだから、本当とんだ臆病者(チキン)だよな・・・珀英くんが強くて羨ましい・・・。
うちのギタリストの緋音と、その恋人の珀英くんを思い出す。
なんせあの緋音を何度も何十回も口説いて、つきまとって、鬱陶(うっとう)しがられてもめげずにアタックし続けて、とうとうあの緋音を落としたんだから。
珀英くんは本気(マジ)ですごいと思う。
オレだったらあんな扱い受けたら速攻で心折れる・・・折れなかったのは珀英くんが強いのか・・・。
まあ・・・強いというよりは、バカなんだと思うけど・・・。でもすごいと思うし、そのバカが羨ましい。
だから、今日は珀英くんに負けないくらいのバカになろうと思う。
ローストビーフを切り終わり、皿に豪勢に盛り付けて、自分で作ってきたソースをかける。ほどなくして蟹も蒸しあがったので、雪が何も考えず嬉しそうにそのまま皿に乗せている。
そしてリビングのテーブルに蟹と肉と、雪の部屋にあった日本酒とワインを並べて、二人っきりの年越しが始まった。
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