1 / 155
1.ポップサーカス 【1】
俺には今、猛烈に抱きてえ奴がいる。
肝心要の冒頭から、何を突然恥ずかしいことを言い出すのかと非難ゴウゴウ浴びそうだけれど、素直な今の気持ちなのだから仕方がない。
そんな言葉が躊躇いもなく出てきてしまう程に、思考もろとも狂わせた諸悪の根源はと言えば。
批土岐 愁と書いて、ヒトキ シュウと読む。
聞こえからして知的な香りが漂ってきそうなその人物は、同じ高校に通う現在三年生のクラスメイトである。
成績優秀で眉目秀麗、加えて品行方正であり才色兼備、などというそんな四文字熟語が果てしなく似合ってしまう。
そして流れるように艶やかな黒髪は、麗しい姿をこれでもかという程に飾ってやまない。
そしてとどめと言えば、全生徒の代表である会長を務めていて、教師たちからの信頼は厚く校内での人気も高い。
まあなんつうか、俺とは正反対っつうわけで。
そう、艶を帯びる漆黒とは対照的に明るい茶系で彩られていた髪、それでいて前髪の一部分をわざと黒くしていたりなど、清々しい程に正反対な風貌だった。
そうなればピアスが開いているのも当たり前で、耳だけでは飽き足らず最近では口元にまで穴を増やす。
耳に収まっている数と言えば、右が3つに左が1つ、今のところはそれで満足してはいるけれどこれから先どうなっていくかは分からない。
自己紹介の様な流れの中で未だに名乗っていなかったことに気が付き、パッと思い浮かべるのは自分の名前。
成山 京灯 という名と、後に続いてくる個人データは……、
「成山……?」
「へ!? え? ひ、批土岐!?」
「こんな所で何してるんだ……?」
めくるめく妄想の世界へ旅立っていたところで、昇降口にて立ち尽くしていた姿に気付いたらしく、声を掛けられる。
まさかまさか、批土岐のことを延々考え恋焦がれていたなんて、口が裂けても言えない俺は現代っ子なシャイボーイだぜ! よろしく!!
「おっ……、お前こそ何してんだ?」
落ち着けと、必死に自分へ言い聞かせ精一杯の平静を装いながら、目の前にて立つ批土岐へ問い掛ける。
「俺? 俺はこの通り、職員室に行くところだよ」
くすりと微笑み答えれば、手に持たれていた数枚のプリントをチラつかせる。
「そっか。大変っすねえ~、生徒会長さんも」
「まあね」
そうして穏やかに柔らかくはにかんでくる批土岐を前に、その表情に居ても立ってもいられなくなる自分がいる。
批土岐の笑った顔に、俺すんげえよえ~んだよ。
「成山、まさか帰るつもりだったんじゃ……ないよな?」
「え? あ、ああ、違う違う!!」
本当はもう面倒だから帰ってしまおうかと思っていたし、批土岐ともなかなか喋れなかったことが立ち去りたさを増幅させていた。
「そうか。……良かった」
「なになに批土岐ちゃ~ん? 俺がいないと寂しいっつう感じィ?」
「……寂しいな」
ふいと視線を逸らしたかと思えば、そんな嬉しいことを言ってくれる批土岐。
元から大して信じてもいない神に感謝の雨を降らせたい程に、心中は一気に薔薇色に輝き出していく。
「じゃあ俺、行くから。ちゃんと教室戻れよ?」
「へいへ~い!」
調子良くブンブン手を振って、去り行く批土岐の後ろ姿を笑顔で見送った。
「はあ。やべえ批土岐……、すっげえ可愛い……」
すっかり骨抜き、そんな言葉がよく似合う。
それ程までに、その瞳にはもう批土岐以外映らない。
今となってはこうだけれど、つい以前まではまっとうに生きていたはずだった。
誰かしらと会えば日々を過ごし、名も知らない様な女とも躊躇いなく遊び生きた日常。
ふっふ~ん、結構モテんだぜ俺! 自分で言うなってか?
言わせたのは誰だっつの! 言わせんなっつうの! なんつって!
だからこそ、男に対して恋愛感情を抱くことなど全くなければ、気持ち悪いとさえ感じていた。
それ程までにある種頑なだった気持ちが、あっと言う間に一変してしまった理由と言えば、時を少し遡らせなければならない。
呆れる位ベタな話ではあるけれど、その日は忘れ物を取るべく薄暗い教室を駆けていた。
「うあーチクショウ!! 財布忘れっとか有り得なくね!?」
体育の授業でジャージに着替えた際、一時的なつもりで財布を机の中へ置いていたはずが、いつの間にやらそのまま放置となってしまっていた。
我ながら褒めてあげたくなるような、最高の無用心ぶり。
万が一盗まれていたところで、大して入っていない中身を思えばそれ程ダメージもないけれど、まずそう簡単に忘れるなという話。
教室までの廊下を走りながら、黙秘し潜む校舎の静けさに身を置いて、次第に見えてくる目的の場所へ近付いていく。
「ん、明かり……? まだ誰かいんのか?」
生徒で賑わう時間帯はとうに過ぎ、闇に染まり行く頃合。
煌々と照らしている灯りを不思議に思いながら、やがて辿り着いた教室へ足を踏み入れていく。
「あっ」
そこには、すやすやと眠りに落ちている誰かがいた。
机の上へ雑多に置かれたプリントが、次には視界へ入ってくる。
「批土岐……?」
普段からそう大して会話をするような仲ではなかったけれど、名前と顔位は知っていた。
なんとなく興味本位にそっと顔を覗き込んでみるが、全く気付く様子もなければ眠りの世界を漂い続けている。
「生徒会長サマも、大変そうなことで」
暫く眺めた後に呟かれた言葉は、批土岐に対して然して興味を持っていなかった。
「ん……」
そんな時、微かに動きを見せた批土岐の身。
同時に唇から零れ落ちた、甘みを含む様な吐息混じりの声に、不覚にも何故かドキりとしてしまう。
「……なに、つうか……、なんで動揺してんだ俺……」
突如として速まっていく、鼓動。
微かに開かれた唇から、規則正しく漏らされる寝息。
長く影を落とす睫毛、繊細に造られた顔は綺麗に整い、漆黒の髪がサラりと額を撫でていく。
「お、おいおい……」
瞳が捕らわれ、逸らすことが出来ない。
何とも言えない色香を漂わせる男を見つめ、一瞬身動きすらとれなくなる。
「う、嘘だろっ……、俺……」
同時に、明らかなる変化を遂げていく身体。
美しいと言えど、どこからどう見ても同性である人物を前にして、急激に高ぶっていく一点に気付いてしまう。
「うええ、マジかよっ……」
言い逃れなど出来ない。
いつしか欲情していた身体は、批土岐を目の前に高ぶっていた。
有り得てはならない事に、ショックの余り足下がふらついて、背後にあった机へとぶつかってしまう。
「ん……」
「げ、やばっ……」
とにかく一刻も早くこの場から脱しなければと、当初の目的などとうに忘れ、猛然と駆け出し教室を後にしていた。
「んん、……ん?」
夢うつつに聞いた物音により、ようやく現実へと引き戻される批土岐。
暫くぼんやりと辺りを見回し、次には自分の手元へ視線を向けて、ハッと壁掛け時計を確認する。
「参ったな……、知らない内に寝ていたのか……」
ポツりと呟かれた言葉や後の行動は、また知らないところでの話。
そんな批土岐を余所に、慌て駆けてきた存在と言えば。
「有り得ねえ……! いつから野郎に勃っちまうような変態になった……!? クソ! マジかよ……!」
とにかく、批土岐を相手に自身を反応させてしまったことが衝撃的で、その事実を受け入れるのは困難だった。
欲求不満なのだろうと思い直しもしたけれど、だからと言って普通同性に欲情するものではない。
けれど現実に、瞳を奪われたあの顔を思い浮かべるだけで、どうしようもなく気持ちが高ぶっていく。
「お、俺……、どーしちゃったんだよ……」
全く気にもしていなかった存在を、たまらなく意識し始めた瞬間だった。
それからというもの、常にと言っていい程に視線はいつも批土岐の姿を追っていて、我に返った時に自分を嫌悪するものの、気が付けばまたやってしまっている。
どう転ぼうとも抜け出せない、エンドレス状態にはまっていた。
運命とも言える日を境に、女と遊ぶ機会は激減し、これまで取り巻いていた生活の全てが一変する。
年頃の男子にはあるまじき対象を思い浮かべては、夜な夜な1人、自身を慰めていく日々。
とりあえず俺は、一度死んどけばいいと思う。
それでも、止められない。
マジで俺、どうかしちゃったみたいだ……
ともだちにシェアしよう!