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第1話 僕は何かを無くしたらしい。 ①
チチチチ ピッピピ……
爽やかな風が、小鳥の囀 りを運んできた。
ああ、僕は、いつの間にか眠っていたんだね。
なんだかとても、気分がいいや。
穏やかな気持ちで目を開くと、空が見えた。
どうやら今日は、晴れらしい。
雲一つない空は青く、窓に嵌 った鉄格子に遮られて少ししか見えないけれど、とても綺麗だ。
「ええっと……ここは……?」
どこだっけ?
まだ眠いから、ちゃんと考えるのは、出来れば後にしたい。
眠っているのと起きてるのの、中間。
ふわふわした感じが気持ちいいから、今、僕のいる場所なんて、どこでもいいや。
窓から入って来た風と、小鳥の鳴き声と、綺麗な青空だけで、満足なんだ。
それに、また、眠くなっちゃったし、ねぇ。
僕は、あくびを一つすると、もう一度眠るつもりで目を閉じた。
……ん、だけれども。
瞼を閉じて、視界が暗くなった途端。
何か……何か大切なモノをぽっかりと無くしたような気がして、急に落ち着かなくなった。
「う……ん……と……」
まだ眠いけど、気になり始めると眠れない。
無理矢理開けた目の前には、壁の穴に直接、鉄格子が埋め込まれた窓が見えた。
そして。
あ。
今、手のひらより大きな黒ネズミが何かを:咥(くわ)えて、駆けあがってゆく。
行き先は、石がむき出しになったままの天井だ。
う~~ん。
ここは、僕の部屋ってわけじゃないみたいだな。
だいたいあんな大きなネズミが出たら、いつも傍にいる侍従長が悲鳴を上げる。
あいつ、小動物とか、虫とかの類は苦手だし、不潔なことも大嫌いだからなぁ。
普段のあいつは取り澄ました顔をして、僕の身の回りの世話をする。
必要とあらば、自分の背丈を超える竜にだって剣一本で立ち向かって行く勇敢なヤツだ。
なのに、ネズミ一匹で『きゃあ』なんて、声上げたらデキる男台無しだよね?
男らしいイケメンのくせに、いつまでも彼女ができないのは、そこらへんが問題なんだろうけど。
戦で行軍中の天幕の中でさえ、蚊一匹入らないように、泥はね一つ無いように気を遣うのは、僕のためだけじゃないよね、あれは。
……って、あれ?
良く知っているはずの侍従長の名前……思い出せないや。
誰だっけ?
ほら、明るい金髪で、緑の宝石みたいな目の……背の高い……代替わりしたばかりで、まだ若い……
あれ? ええっと……そもそも『侍従長』ってなんだっけ?
う……ううんと。
僕が無くしたのは……その、良く知ってるはずの人の名前、だったかな?
いや、他にも何か忘れているような気がするぞ?
ええっと、まてよ?
なんだったかなぁ。
しばらくの間。
思い出せない、無くしたもののことを考えているうちに、陽が動いたみたいだ。
うわ、眩しっ。
真昼の光が僕の目を焼いて、周りが何にも見えないや。
瞼を閉じても溢れる光が眩しくて、左腕で顔を覆おうとしたときだった。
……ガシャリ。
とてつもなく重い音が、僕の左手首を拘束する。
僕は仰向けに寝転んだ状態で、ただ、自分の腕を天井に向かって上げ、光を遮るつもりだったのに。
……それだけの動作がなぜだか、酷く難しい。
おかしいな?
もう少し力を入れれば、左腕……全部見える場所まで持ち上がるかな……?
重いぞ、うんしょ、あれ?
更に力を込めて、やっと持ち上げた僕の左手首には、鉄の輪がハメられて、その先に、長い鎖がついてる。
なんだ。
腕が持ち上がらないほど重い原因は、これかぁ。
手首の輪もやたらゴツイし、鎖も洒落にならないほど、太い。
なにこれ?
ちょっと、やりすぎじゃない?
だって、明らかに僕を捕まえておくような大きさじゃない。
これは、熊とか獅子とか凶暴で大型の獣用だよね?
僕は、魔法使いだ。
丸腰じゃカッコつかないから、剣は一応下げているけれど。
あれ、中身、薄い木の板に紙を貼って銀の塗料を塗っただけの刃なんだよね。
普通の剣だと、すぐ疲れて動けなくなっちゃうから『特別製』を持ち歩いているんだ。
僕の左手に巻かれている鉄の輪と鎖は、鋼の刃より確実に重い。
だからすぐ、自分の腕を支えきれずに左腕の力を抜いたら、重い鎖が鉄の音が床を叩いて……
……それから僕は、左腕を持ち上げることが出来なくなった。
頑張って動かしても鎖同士ぶつけて、ガチャガチャ鳴らすぐらいでびくともしない。
うーん、無理かぁ。
それにしても、陽の光が眩しすぎる。
今度は右手を動かそうとして、力が入らないことに気が付いた。
左手のように、鎖で拘束されているわけじゃなさそうだけれど。
腕を持ち上げるのを諦めた僕は、今度は首を右側に曲げて、見る。
……そして、一瞬の空白の後。
目に映ったありさまに、僕は、ため息をついていた。
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