30 / 30

30.一つの答え

 初めての、秘密の夜が明ける。命の、祝福の朝が来る。  甘く蕩けた微睡の中で、アルマは瞼を震わせた。 「ん……」  瞼がゆっくりと開き、アルマの瞳が少しだけ覗く。 「……。」  直ぐに視界に飛び込んできた、目の前の、横で寝ている人物の、端正な顔を見つめ、アルマの瞼が更に開いた――ルイスが、隣で眠っている。 「っ……!」  ルイスの顔を認識した瞬間、昨夜のことが一気に蘇ってきた。心の通った、酷く甘くて苦しい、けれども、温かな交わり。段々気恥ずかしさが込み上げてきて、アルマは頬を赤く染める。思わず距離を置こうと身体を動かそうとして、腰に痛みが響いた。 「っ……」  慌てて動きを止め、大人しくシーツの海に沈んだ。仕方なしに腰を擦り、痛みの原因も思い至って、アルマは更に顔を赤く染める。  深く、愛されたのだと思う。  あれからまた、口づけ、交わり、想いを注がれた。三度目に欲を吐き出された以降の記憶が酷く曖昧だが、ルイスはきちんと、世話をしてくれたのだと思う。少なくとも、アルマの身体は清められている。欲や蜜で濡れ、アルマが悶えたせいで皺だらけだったはずのシーツも真新しい。  眠るルイスの頬へと手を伸ばして、アルマは微笑んだ。温かく、溢れる思い――アルマはできるだけ腰に負担をかけないように身を起こすと、ルイスの唇に、そっと自身のそれを重ね合わせる。 「好き……」  小さく呟いて、急に恥ずかしくなった。その瞬間、逞しい腕に抱き寄せられて、ルイスの腕の中に閉じ込められる。軽く混乱していると、熱っぽい声が耳に吹き込まれた。 「そういうのは……ボクが起きている時に、ね。」  囁かれて、ようやく状況が飲み込めた。ルイスは起きていたのだ。アルマは頬を真っ赤に染めて視線を彷徨わせる。とても恥ずかしくて、ルイスから隠れたい気持ちが強いのに、ルイスの手がアルマを逃がしてくれない。抱き込まれたまま赤くなった顔を覗き込まれ、羞恥心がピークに達しそうになる。その寸前に、ルイスが微笑んだ。 「おはよう、アルマくん。」  当たり前のような挨拶だった。それが、アルマを一瞬で落ち着かせる。  ああ、生きている……それが、とても嬉しい! 「おはよう、ルイスさん……!」  アルマも笑って挨拶の言葉を言う。そして、どちらともなく、自然と軽いキスを交わした。幸せな気分で心が満たされ、そして遅れて羞恥心がやって来る。 「っ……」  再び朱に染まる顔を隠したくて、アルマはルイスの硬い胸板に額を押し当てる。恥ずかしさがなかなか消えなくて、しばらくそうしていると、頭を優しくなでられた。 「身体は、大丈夫かい?」  気遣うような声に、アルマは消え入りそうな声で答える。 「ちょっと……腰が……」 「ああ……ごめんね……嬉しくて、歯止めが効かなかった……」  ルイスの声に、反省の色が滲む。ちょっとだけ可哀想になって、頬の熱は引かないまま、アルマはようやく顔を上げた。そして再び、唇をルイスのそれと重ね合わせた。 「っ……!」  少し驚いたようなルイスの表情。アルマは頬を赤らめたまま笑う。 「嬉しかったのなら……特別、です。」  ルイスは一瞬瞠目して、嬉しそうに笑った。 「特別、か……」  とても、満たされる。ルイスの視線は、自然とアルマに付けた所有印へ向く。良いことを思いついた様に笑うと、ゆっくりと所有印に口づけた――瞬間、黒バラの刻印は、鮮やかな赤へと色付く。ルイスは、満足気に目を細めた。 「ルイスさん……」 「ん?」  戸惑いがちに名前を呼ばれるも、ルイスはアルマの胸に耳を当てる。アルマが生きている心臓の鼓動が、心地よい。 「これから、どうしよう……?」  単純な戸惑いと、僅かな不安が入り混じった声が降ってくる。ルイスは、アルマの身体を強く抱くと、呟くように、けれどもアルマに言い聞かせるように、言葉を紡いだ。 「せっかく……生きているんだ。せめて、幸せを目指して……一緒に、暮らそう。」 「うん……一緒に……」  寄り添うように、互いを抱きしめる。  それは、希望に満ちた約束――少年と吸血鬼が見つけた、一つの答えだった。

ともだちにシェアしよう!