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#1 プルメリア 1
「.....あっ、....はぁ......うっ.....」
夜寝ていたら、胃がムカムカしてしょうがない。僕はベッドから体を起こして、トイレに行こうとした。
思わず下を向いたら......。
花が......花が......僕の口から溢れ出る。
「っ.....うぁ....」
出先じゃなくて.....家で、よかった。
僕からとめどなく溢れでた、白い花。
あっと言う間に床にたくさん散らばって、ベッドの下に積もっていく。
この花、ハワイに咲いてる......。
プルメリアだ、これ。
僕が吐き出したプルメリアは、南国特有の甘い香りを放ちながら、窓からもれる月明かりに照らされて幻想的に輝きだす。
〝花吐き病〟
恋煩いをしたらなるヤツだ。
でも、いつ伝染ったのか、全く心当たりがない。
さらに言うなら、片思いってのも、全く心当たりがない。
僕はちょっと怖くなった。
.......僕、新型〝花吐き病〟の患者ゼロ、だったりして......。
い....いやいや、違う、違うよ。
まずは、自分自身の片思いの相手を見つける....って言うか、自覚しなきゃならない。
自覚して、ちゃんと両思いにならなきゃ。
僕はいつまでも、この甘ったるい香りのプルメリアを吐き続けなければならないんだ。
あぁ、なんか。
マズイな、これ。
僕の花吐き病は、寛解まで前途多難の様相を見せてきた。
「花吐き病?!マジで!?」
僕はすごく真剣に悩んでるんだ。
悩んでるから、1番の親友に話をしたのに。
僕の1番の親友であるはずの、コイツ・千早は、ニヤニヤしながら僕を見つめている。
「なんだよ。人は真面目に悩んでるのに。茶化すなよ」
「あれだろ?片思い中の相手を思うと、花を吐くんだろ?そのコの夢とか見たんじゃないの?」
「夢なんか覚えてないよ」
「彗らしいよ」
「.......たしかに」
千早は僕の頭に顔を近づける。
そして、僕の周りの空気を思いっきり吸い込んだ。
「花のいい香りがするよ、彗から」
直近に千早の顔があって.....ドキッと、する。
「.....でも、気を付けてなきゃさ。僕は誰を思ってるのか分かんないから.....。いつでもどこでもリバースになっちゃうんだよ」
「リバースって言い方するなよ......」
「だってそうじゃん」
「まぁ、でも花だからいいじゃん。普通のリバースよりキレイじゃね?」
「そうかもしれないけどさ。リバースする身にもなってみろよ。結構、苦しいんだよ」
「ま、早く分かるといいな。その相手」
「うん。ありがとう、千早」
「ん...はぁ...うぅっ......」
パラパラ......パラパラパラ......。
花びらが乾いた音を立てて、僕の口の中から溢れ出す。
また、大量のプルメリアをリバースしてしまった。
職場のトイレに、キレイなプルメリアが、いい香りを放ちながら、いっぱいに浮かんでいて。
なんか......シュール.......。
......それに。
リバースのタイミングが、分からない。
朝、職場に来て。
同僚や取引先の人とか、色んな人と会ったり話をしたりして、特段、誰に心惹かれることもなく午前中過ごしたんだけどさ。
昼前に、これだ。
何が原因か、本当に分かんない。
そういえば、僕は鈍感だから。
僕自身の気持ちにでさえ鈍感で。
午前中だけで接触している人が、優に20人は超えてしまって。
僕の〝想いびと〟が誰なのか、皆目見当がつかない。
.......はぁ。
いつまで、続くんだろ......。
こう頻繁にリバースしてたら、気力も体力も、もたないよ。
僕は、トイレの個室のドアに体重を預けて、天を仰いだ。
ーコンコン。
僕の背中のすぐ裏でトイレのドアを叩く音がして、その振動が僕の体に伝わる。
「......彗?大丈夫?リバースした?」
千早の声......。
「.......うん。大丈夫」
「.......まだ、わかんない?片思いの人」
「.......うん、僕、鈍感だから」
「そっか.......」
「.......ごめん、心配かけて。もう、大丈夫だから。ありがとう、千早」
なんだろう.....情けない......。
僕がさっさと自分の気持ちに気付いていれば、こんなに苦しまなくていいのに。
千早にもこんなに心配かけなくて、よかったのに。
もう、いっそのこと。
新型〝花吐き病〟患者ゼロだったほうが、まだ気が楽だったかもしれない。
「本当さ、彗。ちゃんと誰が好きなのか、考えてみろって。このままじゃ、本当もたないぞ」
千早の言葉が、なんか癪にさわる。
僕のことを心配して言っているってことくらい、
重々承知してるよ。
.....わかってる。
わかってるよ、そんなこと。
だけど、自分でもどうにもならないから、悩んで、苦しんで、苛立ってるんだ。
僕なりに考えたよ。
午前中に会った女の子から、視野を広げて、取引先のオジサンまで。
ありとあらゆる人まで考えたんだ。
考えてもわかんないから、余計、苦しい。
気分転換に千早に連れ出されて、わざわざ公園まできて昼ご飯を食べにきているというのに、悩みすぎて鈍感な僕でも、さすがに食欲がない。
うすっぺらい、売店のサンドイッチでさえ喉を通らないから.....。
僕は一口かじったサンドイッチを手にため息をついた。
......あぁ、もう。
ため息でさえ、プルメリアの香りがする。
「.......彗」
「何?」
「具合悪い?」
「.......いや、食欲ないだけ。もうすぐ昼休みも終わりだし。そろそろ戻らなきゃ」
僕は食べかけのサンドイッチをビニール袋に放り込んだ。
僕が仕事に戻ろうと立ち上がった瞬間、千早は僕の手を握る。
「大丈夫か?苦しかったら、ちゃんと言えよ」
「大丈夫だよ」
心配そうな千早の顔を、これ以上僕は見たくないから。
僕の、問題なのに。
僕は千早の手を振りほどくと、足早にその場から立ち去ったんだ。
午後は、なんとかもった。
執務時間中、リバースをもよおすこともなく、無事、終業を迎えて。
気が張ってたから、ホッとしたんだろうな。
持ち出した過去の資料を片付けるために資料室に入った途端、僕は急に苦しくなった。
「.....うっ」
手に抱えていた資料の上に転がる、ひとひらのプルメリア。
はぁ......もう。
ムカムカする体を無理矢理奮い起こして急いで資料を元の場所に戻すと、そのまま僕は書棚に体を預けて床に座り込んでしまった。
「.....はぁ.....うぁ」
なんで、プルメリアなんだろ......。
こんなにプルメリアばっかりでてきたら、僕はこの花が心底キライになりそうだ。
それでも。
僕の意に反して、白くて甘い香りを漂わせながら、プルメリアは容赦なく僕の中から溢れ出す。
恋煩いがなんなのか。
そんなこともわからないのって、きっと、僕くらいなんだろうな。
「あれ?彗、何してんの?」
「......か、かち....ょ....う」
なんてタイミングが悪いんだろう.....。
僕はまだリバース真っ最中なのに、課長が資料室に来るなんて。
見られてしまった......課長に。
「おまえ、花吐き病?」
課長の問いかけに僕は返事ができなくて、無言で頷いてしまった。
いいとこの大学をでて、総合職で採用されたこの課長はまだ若くて、たいして僕とそんなに歳も変わらない。
変わらないのに、執行力と指導力はズバ抜けてて、女の子たちの憧れのマトで......僕とは対極にいる人で........。
課長はしゃがみこんで、僕に目線を合わせる。
「彗、おまえ、俺のこと好きなの?」
......違う!違いますっ!!絶対にありませんっ!!そんなこと!!
って、言いたいのに。
僕の中からとめどとなく溢れるプルメリアが、とことん邪魔して、僕は首を横に振ることしかできなかったんだ。
「嘘つくなよ。俺のコト、好きなんだろ?素直になれよ。その病気、治してやるからさ」
逃げたい.....。
逃げたいけど、足に力が入らない.....。
課長は僕の肩を強引に掴むと、プルメリアが散らばった床の上に僕を押し倒して、そして、強引にキスをしてきた。
!!
リバースのせいで、全体的に力が入らないから、口の中を割って入る課長の舌に、ロクに抵抗すらできない。
その絡まる舌の奥からは、僕の中で咲き誇るプルメリアがどんどん口の方に押し寄せてくるから.....。
苦しくて、息ができなくてー。
僕は課長を思いっきり突き飛ばしてしまった。
「....んはぁ、はぁ.....」
止まらない、リバース。
止まらない、プルメリア。
視界がだんだん狭くなって.....。
意識もだんだんぼんやりしてきて.....。
「......強がるなって、彗。俺が楽にしてやるから」
って、課長の声が、かすかに耳に届いて.....。
最終的には、僕の五感はすべてシャットダウンしてしまったかのように、真っ暗になってしまったんだ。
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