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#2 プルメリア 2

「彗!!彗!!しっかりしろって!!」 千早の焦った声が僕の耳に突き刺さるように届いて、僕はハッとした。 目を開けると、吐き出したプルメリアの上に僕の頭があって、目の前には千早の顔がある。 切羽詰まった....心配そうな千早の顔。 ......ん? ......ちょっと、まてよ? なんで、千早がいるんだ? さっきまで、僕は課長としゃべってたんだ。 僕がプルメリアを豪快にリバースしているところを課長に見られてしまって。 そんな僕を見て、課長がなんか勘違いをしてしまって。 そして、僕は目の前が真っ暗になって。 それから.....。 ........課長が......課長が......課長がっ!! 「課長はっ?!」 僕は慌てて飛び起きた。 ふと気づいたんだ。 僕のネクタイが緩まってて、シャツもボタンが外れてる.......。 えぇ?.......なに?.......なんで? 若干、混乱しつつも僕の足元を見ると、課長が倒れてるのが見えた。 ちょっと......恥ずかしい格好で......とてもじゃないけど、課長に憧れている女の子たちには見せられない.......そんな格好で、倒れている。 「........千早、なんか、した?」 「いや.....彗がなかなか資料室から帰ってこないから心配になって.......来てみたら、課長がおまえに馬乗りになってるのが見えたから.......」 「........見えたから?」 「........蹴った」 「蹴った、って!?千早!!」 「大丈夫!!後ろから蹴ったし!!俺だってバレてない!!」 「バレてない、って!!おいっ!千早っ!」 「彗!!早く逃げるぞっ!」 「え?!ちょっ.....花!!花、片付けなきゃ!」 「いいから!!早く!!」 千早は両手で僕を抱えるように立ち上がらせると、風を切るように走り出した。 掴まれた腕が、痛い。 痛い、けど。 千早が僕を助けてくれたって言うのは事実で。 僕は、千早の背中を見て、少しホッとしたんだ。 「さっきは、ありがとう......千早」 千早は風を切るそのままの勢いで、僕を職場から連れ出しで、家まで送ってくれた。 本当に、あっ、という間で。 課長をあんな格好で、あんなところに放置してきたのが気にはなったけど、僕は千早のおかげで助かったし、お礼がしたかったんだ。 「ちょっとあがってってよ、ビールくらいあるからさ」 僕の言葉に、千早は玄関先で少し戸惑った顔をした。 でもそれは、一瞬で。 それでも渋々といった感じで、千早は靴を脱いだ。 「疲れたね.....」 「......あぁ」 僕たちは、ストックしてあった冷凍食品をツマミにビールを飲んだ。 「課長.....誰にも見つかってないといいね」 「......あぁ」 千早の様子が、なんか変だ。 さっきから、素っ気ない返事。 僕とあまり目を合わせないし......。 僕、なんか千早を怒らせたかな.......。 僕たちは、〝親友〟なんだから。 〝親友〟なんだからさ。 思ってることはちゃんと言って欲しい。 我慢しないで、ちゃんと千早が思っていることを言って欲しい。 「千早」 「何?」 「なんか怒ってる?僕、なんか怒らせた?」 「.......別に。なんでもない」 「ちょっと、千早!」 「うるさいな!なんでもないよっ!」 そんな千早の態度に、さすがに僕はイラっとした。 思わず、千早の肩を掴む。 「なんなんだよ、さっきから!僕、なんかした?我慢してることがあるんならちゃんと」 「......ごめん!!彗!!」 目を逸らしいた千早が僕の手を勢いよく振り払って、慌ててトイレに駆け込んだ。 僕はその勢いで、床に頭をぶつけてしまった。 .......痛ぇ....!! .......うっ.....うぇ..... トイレから聞こえる千早の苦しそうな声に、僕はドキッとした。 ビール、飲み過ぎた? 冷凍食品が、古かった? どうしよう......千早......。 僕はゆっくり、千早のいるトイレに近づく。 ......あ、あれ? ......この香り.......。 違和感がした。 なんで? なんで、トイレからプルメリアの香りがするんだ? 僕は千早のいるトイレをそっと覗いた。 「......千早?」 僕の声に、千早が振り返る。 その.....千早の形のいい、その口から......。 薄紅色のプルメリアが、次から次へと溢れて出ている。 ハラハラ.....可憐に花が舞い落ちて。 切れ長の大きな瞳からは、滑るように涙が落ちて。 ........花、吐き、病? 「千.....早.......」 僕が千早の名前を言うか言わないか。 千早は飛びかかるように肩を掴んで、僕を床に押し倒す。 頭も背中も、床にぶつけて痛いけど......。 そんなの大したことなくって.......。 泣きながら花を苦しそうに吐き出す千早があまりにも衝撃すぎて、僕は千早から目が離せないでいた。 「なん.....なんだよ......これ以上、俺を苦しめるなよ!!こんなに、こんなに.......彗のことが好きで、好きでたまらないのに!!俺を、苦しくさせるなよ!!」 千早の瞳から落ちる涙が、僕の頰に着地して。 千早の口から落ちるプルメリアが、僕に優しく落下して。 千早が、あまりにもキレイで。 僕は目が離せなかったんだ。 そして、気付いた。 〝親友〟って言葉の裏っ側に押し込んで、詰め込んで、ひたすら隠して。 千早に気付かれないようにしていた、僕の本当の気持ちに。 僕は、気付いたんだ。 千早が、好きだ。 僕は.......千早に、片思いをしていたんだ。 ✴︎ 「僕、花吐き病になったかもしれない」 真っ直ぐな、はっきりした瞳で。 彗が俺を見つめて真剣に言うから。 俺はわざと冗談っぽく言ったんだ。 「花吐き病?!マジで!?」 その一方で、俺の心は凄く不安だった。 俺、彗に花吐き病を伝染したかも。 そして。 彗の片思いの相手って誰なんだ、って。 彗のことは、出会った時から好きだったんだ。 すごくキレイな顔をしているのに、鈍感で、おっちょこちょいで。 目が離せない、手を貸したくなる。 俺を真っ直ぐ見つめる瞳に魅力されて、その凛とした声にときめいて......恋に落ちたんだ。 彗は本当に鈍感でさ。 俺のことを〝親友〟って言ってはばからないし。 だから、俺はそんな彗を傷つけたくなくて。 彗に対する気持ちを、ずっと、ずっと、押し殺して、我慢して、そんな毎日を過ごしていたんだ。 そして、俺は、花吐き病に感染した。 どっかで、花吐き病の花に触れたんだろうな。 彗の笑顔や声や手の感触を思い出すたびに、俺の口からピンクのプルメリアが溢れ出す。 花を吐き出すたびに、苦しくて。 彗を思い出すたびに、切なくて。 でも、彗から離れられなくて。 平気な顔をして1日過ごすけど、家に帰ると途端に我慢できなくなって。 俺は毎日、泣きながら、花を吐いていた。 彗は鈍感だから......。 俺の思いは、きっと、一生実らない。 だから、一生、花を吐いて生きなければならないんだ.......って、思ってた。 そんな矢先ー。 彗が花吐き病になったって言うから。 .......本当に、胸が、締め付けられるように苦しかった。 俺が吐いた花を彗が触れないようにしていたのに。 彗が片思いをしていること自体、信じられなかった。 そして、かすかに期待したんだ。 その相手が、俺だったらいいのに......って。 でも、彗は言った。 「片思いなんて......。僕は誰を思ってるのか分からない」 その彗の言葉に。 俺は傷ついて、乱されて。 また、泣きながら、花を吐く。 ........なんで、俺だけ? なんで、俺だけこんなに苦しいんだよ......。 花吐き病になった彗を心配すればするほど、俺はいたたまれなくなったんだ。 あの時ー。 虫の知らせ、というか、胸騒ぎがしたんだ。 資料室からなかなか彗が帰ってこないから、俺は気になって資料室に行った。 ってか、かなり驚いたんだ.....。 資料室の床に広がる白いプルメリアの花の中で、彗がぐったりしていて、課長がその上に馬乗りになってるから。 頭に血がカーッて、昇ったのは覚えてる。 一瞬、記憶が途切れて。 次に目にしたのは、ちょうど俺が課長に飛び蹴りをかます瞬間だった。 やべ.......って、思ったんだケド、勢いはもう、止まらない。 そのまま飛び蹴りが課長にクリーンヒットして、課長は吹っ飛んでしまった。 〝さぁ、いたそう〟くらいの格好だった課長はちょっと情けない格好でノびて、その下にいた彗は少し着衣が乱れてたけど.......無事だった。 心の底から、ホッとした瞬間で。 彗を無理矢理叩き起こすと、彗を引っ張ってその場から逃げるように走り出したんだ。 守れただけで、よかったんだ。 彗が無事なら、それでよかったんだよ。 なのに......。 欲張ってしまうから.....。 彗が「あがってってよ」って言った瞬間。 俺は彗に期待して、気持ちがグラついて、おさえらなくて、鈍感な彗にイライラして。 .......彗を怒らせて。 とうとう、我慢ができなくなって......花を吐いてしまった。 そして、それを彗に見られてしまった。 床に強く押し倒した彗の顔に俺の涙が落ちて、ピンクのプルメリアが彗の体に舞い落ちる。 目を見開いて俺を見る彗の、その姿が、とてもキレイで......ずっとそうして彗を見ていたかった。 〝もう二度と俺は彗の側にはいられない〟って、思ったんだ。 彗の手がスッと動く.....。 きっと、体を押し返されるんだ。 俺は目を瞑って、覚悟を決めた。 あったかい、細い腕の感覚が。 俺の背中に伸びてきて、触れてきて。 ギュッと、体を引き寄せられた。 彗の体と俺の体が重なって、密着する。 あまりのことに......声が出ないでいると、彗が俺の耳元で囁いたんだ。 「今、気付いた。僕、千早が好きだ」 思わず、体を起こして彗を見つめる。 彗は穏やかな、眩しい笑顔を俺に向けて口を開いた。 「親友じゃないんだ。親友以上に千早が好きなんだ。千早の声が心地いい。千早の手の温もりに心が高鳴る。千早の全てが愛おしい」 そして、また、俺を引き寄せて、抱きしめる。 「......僕、鈍感で......今まで苦しめて、ごめん。千早」 彗の腕が背中から首に移動して、絡めるように俺の髪や肩を握りしめると、唇をそっと重ねてきた。 吐息が、伝わって。 お互いの体の中から、プルメリアの香りがして。 気分が高まって。 舌を絡め合うほど、キスが激しくなって......想いが重なり合った今。より、貪るように、互いを求め合う。 「.......ん....」 小さくもれる彗の声が、耳に伝わって。 .......もう、我慢しなくていいんだ、って。 この瞬間、俺は心の底から、安心したんだ。 もう、花に悩まなくていい。 もう、彗を想って泣かなくていい。 俺はゆっくり、彗から唇をはなした。 顔を紅潮させて涙目になった彗が、息を切らして俺を見つめる。 「何、泣いてんだよ。彗」 「千早だって。泣いてんじゃん」 「........愛してる」 「ありがとう、千早。.......僕も、愛してる」 俺たちは、再び、唇を重ねた。 普通の、恋人たちがするみたいに。 肌を重ねて、体温を感じる。 お互い、初めてだったけど。 触れ合ったり、感じあったりすることが、この上なく幸せで、余計な感情が入ってこないくらい、俺は彗に、彗は俺にのめり込んだんだ。 こんなに彗のことを想っているのに、もう、体の中からプルメリアが咲き誇る感じがしない。 ........さよなら、プルメリア......。 ........ありがとう、プルメリア.......。 「多分、神さまのイタズラなのかも」 彗が俺の肩におでこをひっつけて言った。 「僕があまりにも鈍感だから、わざと花吐き病にしたんだ。〝おまえは千早を傷つけてるぞ!千早に早く気持ちを伝えろ!〟って」 もし、彗が言ってることが正しいとしたら。 神様は、粋なことをしてくれたな、って思った。 お互いが好き同士なのに、2人して同じ花を吐く、花吐き病になるなんて。 「ねぇ、千早。プルメリアの花言葉って、知ってる?」 「知らない。何?」 「〝恵まれた人〟って意味なんだよ?......僕は、本当に恵まれてる」 「どうして?」 「初めて好きになった人がこんなに身近な人で、その人が僕のことを好きでいてくれて」 彗は俺にしがみつく。 「千早、大好き」 「俺も」 ✴︎ 朝、出勤したらさ。 課長が遠くから僕を睨んでる。 あちゃー、昨日のこと覚えてたんだ。 マズイな......。 「ねぇ、彗。課長のこと聞いた?」 隣の席のコが、僕に話しかける。 「何?」 「課長ね、花吐き病なんだって!昨夜、花吐きながらオナってたところを守衛さんに見つかったみたいでねぇ!部長にめっちゃ怒られたみたいよ!気持ち悪いよねぇ!!」 「.......そうなんだ.....すごいね」 とてもじゃないけど、実は僕もそれに一枚噛んでます、って言えないよ......。 「でね、近々、関連会社に出向するみたいよ?本当、いなくなってせいせいするわぁ!」 「........へぇ、大変だね」 課長.....ちょっと、かわいそうだな.....。 そして、僕は千早に視線を移す。 千早は、少しバツの悪そうな顔をして.......僕に、にっこり笑ったんだ。 その、明るい笑顔。 プルメリアみたいだ.......。 って、その瞬間、さらに千早が愛おしくなったんだ。

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