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#3 月下美人 1
同じフロアの〝女にモテる俺って、イケてるっしょ〟感満載のいけすかない課長が、花吐き病でしかも1人でオナってて左遷されたって、かなり衝撃的な話を聞いて、俺はドキっとした。
実は、俺、花吐き病で。
隣の席の千早とかに、花吐き病が伝染るんだったらまだわかる。
でも、あの課長には近づいたことすらないし、きっと、俺じゃない。
俺は、伝染してない!!
多分......。
俺は、花吐き病のキャリアが長い。
かれこれ、6ヶ月はこの状態をキープしているんじゃないだろうか。
長いよな......長すぎる。
だってさ、俺の片思いの相手は半端ない。
半端ない人だから、なかなか俺の切ない恋は成就せずに、6ヶ月という長い間、俺はこの病気にとことん苦しめられて、とことん付き合っているんだ。
半端ない人を想っているからだろうか?
だから、吐き出す花も半端ない。
〝月下美人〟。
一年に一回、一晩だけ咲くレアな花が。
俺の口から、溢れ出る。
溢れ出す、と言っても一輪か二輪くらいなんだけど、ボリュームのある大きな花だから、正直、結構キツい。
ここまで長い間、レアと言われる月下美人を吐き続けてるから、かなり見慣れてしまって。
最近じゃ、単なる花にしか見えなくなってきた。
俺の想いびと......それは.......。
香月さん。
名字しか知らない。
〝すず〟ってバーのバーテンダーで。
あげた前髪から見えるキレイな額とか、物憂げな瞳とか、シェイカーをふる細くてキレイな指とか。
俺が吐き出す月下美人より、はるかに、キレイで。
見ているだけで、幸せで。
声が聞けたら、天にも昇る心地で。
にっこり微笑まれたら、もう、死んでもいいってくらい。
......あ、ダメだ。
なんかまた、月下美人が出てきそうだぞ......。
「翔?大丈夫か?顔色、悪いぞ?」
隣の席の千早に顔を覗き込まれて、少し、動揺してしまう。
「大丈夫!大丈夫!.......あれ?千早、なんかいいことあった?」
俺なんかと比べて、晴れ晴れとした顔をしている千早が、今日はやたら眩しい表情をしている。
「あ、わかる?」
千早は照れたように鼻をかいて、「満願成就、ってとこかな?」と、言った。
「......マジか.......」
「マジで!」
「......千早、俺の前から消え去って欲しいくらい、今、お前に嫉妬してるぞ、俺は」
「翔......怖いこと言うなよ」
幸せモノにあやかりたい反面、隣で幸せそうにヘラヘラ笑っているコイツに、イラっとしてしまったんだ、俺は。
なんか、こんな時は。
香月さんに、会いたくなる.....。
......行っちゃおう、かな。
香月さんとこ。
会うと苦しくなるから、切なくなるからさ。
あんまり行かないようにしていたんだ。
でも、今日は。
会いたい.....。
どうしても、会いたい。
香月さん......。
......あ、ダメだ。
トイレ、トイレ......。
「いらっしゃいませ」
カランカランって乾いた音をたてるバーのドアベルと香月さんのいい声が、俺の耳の奥深くに入り込んで、頭の中でこだまする。
これで俺の聴覚は、死んだ。
「あ、美島さん!お久しぶりですね!」
香月さんが俺に満面の笑顔で、あいさつするから。
これで俺の視覚が、壊滅した。
「お久しぶりです」
「お仕事忙しいそうですもんね......いつものになさいますか?」
「はい」
「かしこまりました」
香月さんが、メジャーカップにウォッカを注ぎ、シェイカーに入れる。
細い指がシェイカーを支えて、金属のシェイカーがお酒と氷を揺らして、音を立てて、胸が高鳴った。
香月さんのシェイカーを握る上品な手先から、ショートグラスに濃いピンクのお酒が注がれる。
「コスモポリタンです」
グラスを受け取ったら、香月さんの手に触れて。
グラスに口をつけたら、ウォッカとクランベリーの味が俺の体を刺激して。
これで俺の触覚、臭覚と味覚が狂わされる。
「久しぶりのコスモポリタンはいかがですか?」
「.......美味しい、です」
全ての感覚がおかしくなった今の俺のボキャブラリーは、うんざりするほどとぼしい。
もっと言葉を飾り立てて、香月さんの作ったお酒を褒めたいのに......。
俺は、香月さんに振り向いて欲しいのに。
俺の気持ちを香月さんに知ってもらいたいのに。
なんのアクションも起こすことができないんだ。
俺、ダメだなぁ......。
「美島さんは、コンタクトレンズになさらないんですか?」
「え?」
「いつも眼鏡をかけていらっしゃるから」
「あぁ、俺、ズボラなんで.......コンタクトレンズとか、ケアが難しいんでしょ?」
「どうでしょう。私、コンタクトレンズ、したことないから」
「そうなんですね.....」
「でも.....」
香月さんは、にっこり笑って俺に顔を近づけた。
.......香月さんの、キレイな顔がすぐそこにあって、スッと腕を俺の顔に伸ばすとー。
俺の眼鏡を外す。
「ほら、思ったとおり!」
香月さんは俺の眼鏡を片手に、さらににっこり微笑んだ。
「美島さんは、キレイな顔をしてらっしゃるって、ずっと思ってたんですよ!
やっぱり、目元がはっきりしてるのに、涼しげで........これを機に、コンタクトレンズになさいませんか?」
.......この人は、俺を殺す気か?
そんなこと、言うなよ。
そんな顔、するなよ。
苦しくなる......切なくなる......、、
だから、俺の中でとうとう月下美人が、花開く感覚がした.....。
月下美人が、香月さんに誘発されて。
俺の中から出てきそうだ.....。
あ、やばい......。
やばいけど......眼鏡がないから、足元が見えない.....見えないから、トイレに行けない......。
「香月さん......眼鏡、返し......」
「......美島さん?」
パリ.....パリパリ.......。
体の中で花が開く音が聞こえる......。
もともとサボテンの花だからかな......。
花びらが尖ってる感じがして、身も心も、痛い。
「美島さん!大丈夫ですか?!」
香月さんの、悲鳴に近い声が聞こえる......。
どうしよう、花が出てしまう.......。
香月さんの顔が、見られない。
「.....うっ」
ファサッ......。
白い.......月下美人......。
とうとう、香月さんの前で、花を吐いてしまった。
.......俺の人生、終わった.......。
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