4 / 6
#4 月下美人 2
✴︎
少女漫画に出てくるイケメンみたいな感じで。
美島さんは、私をドキドキさせる。
眼鏡系美青年って、感じで。
眼鏡をとったら、絶対、カッコいいはずって、思ってたんだ。
最近、店に来ないんだよなぁ、美島さん。
カッコいいのに純情で、スレてなくて。
私がからかうとすぐ顔を真っ赤にしてさ。
大人なのに子どもみたいで、かわいいんだよ。
イジワル、したくなっちゃう。
だから、毎日、美島さんがあのドアから入ってこないかなぁ、って、思ってたんだ。
「......こんばんは」
そんなことを考えていたら.......。
きた!......きてくれた!美島さん!
照れたように視線を外して、高い身長を誤魔化すように背中を曲げて。
私の声で、顔が真っ赤になって。
私の手に触れると、恥ずかしそうな表情を浮かべて。
私が作ったお酒を飲むと、感じてるようにため息をつく。
美島さん......誘ってるの?
だから、今日は。
今日は、美島さん眼鏡を絶対に外したかった。
本当の美島さんを見たかったんだ。
眼鏡を外した美島さんは、やっぱりカッコよくって。
予想通りで、満足したのに。
初めて......胸がチクっとした。
なんでかな......あんなに見たかった美島さんの本当の顔なのに。
苦しそうに、切なそうに私を見つめるから......。
私の心が、罪悪感に苛まれる。
私は、美島さんのこんな表情が見たかったの?
こんなに苦しそうな美島さんが、見たかったの?
すると、突然、美島さんが苦しそうにむせ出した。
.......美島さん!!
ファサッ.....。
........白い、キレイな。
まるでおとぎ話にでてくるような、キレイな花が。
美島さんの口から出てきて、カウンターテーブルに落ちた。
美島さんみたいな、純粋な、キレイな花。
花吐き病......?
でも、そんなの気にならないくらい。
そのキレイな花と、今にも泣きそうな顔をして目を伏せている美島さんに、私は、見惚れてしまったんだ。
「.......美島さん」
「香月さん......俺を見ないで.......」
「そんなことを言わないで......美島さん」
私は美島さんの頰に手を添えて、背けた顔を私の方に向けた。
涙がハッキリしたまつ毛を濡らして。
薄く開いた口が小さく震えてて。
..........美島さん、色っぽい。
私、美島さんが、好きかも。
ゆっくり、ゆっくり.......。
美島さんを驚かせないように、傷つけないように。
私は、美島さんに唇を重ねたんだ.......。
震える唇に、そっと、舌を割り込ませて、舌を絡める。
お酒の香りと花の強い香りがして、私は一気に気持ちが上昇した。
...........好きかも、じゃない。
私は、美島さんが好きだ。
✴︎
香月さんにキスされた。
冷たくてヒンヤリした唇が、俺の唇に重なって。
さらに舌まで絡んでくるから、思考回路がショートしてしまった。
フリーズって、こういうこと言うんだな.......マジで。
香月さんは、ゆっくり唇を離した。
そして、カウンターの向こう側からゆっくり出てきて、俺の隣に腰掛ける。
「香月さん......?」
香月さんはにっこり笑うと、俺が吐き出た月下美人を手にとった........。
ダメだよ!香月さん!触ったらダメだっ!
俺の心の叫びを知ってから知らずか、手にとった月下美人の花びらを1つ、噛んだ。
香月さんが、花びらを噛みながら、俺に微笑むから......。
現実味がなくて、頭がクラクラしてくる。
「美島さん」
「........なんでしょうか......?」
「下のお名前、教えてください」
「........翔です。美島翔」
「いい名前ですね。翔.......私、あなたが好きです」
.......え?.........えーっ!?
「私はあなたが吐いた花に触れました。
もし、あなたが私をフってしまったら、私はあなたに片思いして、花吐き病になってしまいます。
だから......。
私を花吐き病にしないでもらえませんか?翔」
そ、そんなの......願ったり叶ったりだよ......。
俺だって、6ヶ月に渡って想いを寄せてきた香月さんにそんなことを言われて、嬉しくないハズがない。
ようやく、花吐き病ともお別れできるんだ。
でもさ、香月さん。
それって、かなり、交渉上手だよ........。
「........もちろん、もちろんです。香月さん」
ようやく絞り出すように声を発した俺に、香月さんはこの上ないくらい、満面の笑みを浮かべて俺の首に腕まわしてきた。
また、その冷たい唇でキスをしてくる。
「.........香月さん」
「なんでしょう?」
「俺にも......下の名前、教えてくれませんか?」
香月さんがにっこり微笑む。
「真琴です。真実の真に、お琴の琴。女性みたいでしょ?」
「いや、あなたにピッタリだ。
すごく、すごく綺麗な名前........真琴..........俺、ずっと、真琴が好きでした。
花吐き病の駆け引きなしに、俺を好きになってもらえませんか?」
一瞬、真琴が目を見開いて、驚いた顔をした。
そして、にっこり微笑む。
「もちろん、もちろんです。愛してます、翔」
俺は真琴の腰に手をまわして、その華奢な体を引き寄せた。
それに呼応するかのように、真琴が俺の肩にしがみつくようにして、体温を感じるように、より体をひっつけてくる。
なんて、なんて.......幸せなんだろう。
朝、幸せモノの千早に嫉妬していた俺を、殴りたくなるくらい。
花吐き病や月下美人が、俺から去っていったと同時に、真琴って言う、かけがえのないものがやってきて、手に入れて。
俺は真琴を壁にそっと押し付ける。
壁を背にした真琴が、かすかに呼吸を乱して言った。
「翔.......優しく......して」
「あれ?翔?なんかいいことあった?」
多分、俺は、情けないくらい、ニヤニヤしていたかもしれない。
だから、開口一番。
挨拶もそっちのけで、千早にこんなことを言われたから。
........諸々、顔にでるなんて.......。
恥ずかしいな、俺。
だから、俺は千早の言葉を真似て言ったんだ。
「満願成就、って、とこかな?」
千早が目を丸くする。
「マジで?!」
「マジで」
「よかったな、翔!!」
「ありがとう」
もう、悩まなくていい。
花吐き病にも、月下美人にも。
6ヶ月、長かったなぁ。
ようやく、俺は日常の普通の生活を取り戻すことができたんだ。
ブーッ!
ふと、俺のスマホが震える。
〝おはよう、翔。お仕事、頑張って!〟
そして、これ。
日常の普通の生活以上のモノまで手に入れてしまって、俺は幸せでしょうがないんだよ、本当。
ともだちにシェアしよう!