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#6 崑崙花 2
「俺、崎村課長がこんなに面白い人だなんて思いませんでした!!」
「そうか?いつもこんなんだよ?俺」
「いつも真顔で電卓弾いてらっしゃるから、冗談とか言わない方かと.....」
「それは、あれだ。経理課って雰囲気がそうさせてんだよ、な、斉藤!」
いきなり話を振られてビックリしたけど、僕は本当に楽しかったし、ほんのり酔いも回っちゃってたから「はいっ!」って、返事をした。
「彗、行かないって言っていていたのに、急に行くとか言ったりして、ゴメンね」
「気にするなよ、彬。僕たちも楽しいし。それに経理課長がこんなに楽しい方なんて、初めて知ったよ!ありがとう、彬」
そうなんだよ。
みんな、誤解しているんだ。
経理課長って肩書きが、気難しくって真面目って感じにとられるんだ、崎村課長って。
話してみて、分かる。
実は、気さくで楽しくて、すごく気を使う人なんだって。
僕の好きな人の本当をみんなに知ってもらいたいし、そうすることで、僕の気持ちが正しいんだって、後押しして欲しかった。
酔いが回って、考えることじゃないけど。
.......勇気を出して、いや、ヤケになってよかった。
そして、実をいうと。
ビールは少し苦手だったんだ。
今、僕が手にしているレモンのフルーティな香りがする地ビールが、すごく美味しく感じて。
ほんと少しだけど、僕の中で、色々前進した気がした。
「斉藤、今日は誘ってくれてありがとう。久々に楽しかったよ」
「とんでもないです。僕も楽しかったです」
「いいよなぁ、若いって。俺も頑張ろう!」
そう言って笑う崎村課長の笑顔に、僕はドキッとする。
その無防備な笑顔が僕のどストライクだったみたいで、今まで我慢して押し殺していた崑崙花が、かつてないくらい、大量に花開く感じがした。
........苦しい....。
「課長......!!すみません!僕、ちょっと、トイレっ!!」
「あっ!ちょっ!!斉藤っ!!」
僕は公園のトイレに駆け込んだ。
せっかく、ここまで頑張ったのに.......。
最終的には崑崙花に阻まれる........。
流石に、崎村課長の前で、花をドバドバ吐くわけにはいかないし。
泣きたくなる........。
.........やっぱり、僕は、変われない........。
地味な、真面目な、ヤツどまりで。
一生、崑崙花と一緒に暮らさなきゃ、いけないんだ.......。
「斉藤?大丈夫か?」
トイレのドアの向こう側で、すごく心配した崎村課長の声が聞こえた。
「........だ、大丈夫......です。僕、大丈夫なんで......課長、先に帰って......ください」
吐き気で上手くしゃべれないし、声も涙声だし。
僕、詰んでる.......。
「そんなわけにはいかないよ。最近、調子悪いんだろ?斉藤」
........え?
「.......俺、腐っても課長だし、人生の先輩としては頼りないかもしれないけど。
辛かったり、苦しかったり、斉藤がどうしようもない時は俺を頼ってほしい.......ちゃんと支えるからさ」
.......ダメだ.......余計、泣きそう......。
「斉藤、顔見せて?」
「.......ムリです」
「どうして?」
「今は、ムリなんです」
「..........斉藤!!」
ドカッ!!
ーって、スゴイ音がして。
トイレの鍵が無残にも壊れて、ドアが開いた。
あまりのことに、僕の中から崑崙花がハラハラこぼれ落ちて。
その瞬間、崎村課長と目が合った。
「........斉藤、お前.....」
「だから、だから、言ったんです........崎村課長のバカ」
僕は課長に対して、すごく失礼なことを口走ってしまった。
でも、それくらい、ショックだったんだ。
花吐き病って、バレちゃった......。
崎村課長に嫌われた.......。
「斉藤!!」
ビックリしたんだ.......。
だって、僕の名前を呼ぶやいなや、崎村課長が僕を抱きしめてきたから。
ぎゅって、でも、優しくて。
そして、あったかくて........。
優しく、しないでほしい。
僕、詰んでるのに、これ以上、詰みたくない。
涙はあふれるし、崑崙花は止まらないし。
僕は、下唇を噛んで我慢した。
「斉藤.......こんな時になんだけど、俺、斉藤が好きだ」
........はい?
その瞬間、僕の頭は、真っ白になった。
✴︎
斉藤は、小さくてかわいい。
いつもニコニコしてるし、サッと動いてフットワークも軽い。
他人が嫌がるようなことも、嫌な顔1つせずにきちんとこなす。
加えて、真面目で嘘がつけないくらい正直者で。
もし俺が結婚してて、子供が生まれたとしたら、斉藤みたいな男の子がいいなぁ、って思ってた。
だから、斉藤の一挙手一投足が気になるし、凹んでたら様子を伺いたくなるし、具合が悪そうだったらかわってあげたくなる。
とにかく、仕事以外での斉藤が心配でしょうがない。
子を持つ親の気持ち、っていうんだろうな。
本当に、かわいいんだ、斉藤は。
その斉藤がちょっと前から調子が悪そうで。
顔色も悪いし、しょっちゅうトイレに駆け込む。
最初は、食あたりかなんかかと思ってたんだよ。
真面目な斉藤でもそんなことあるんだな、って感じで。
でも、日に日に苦しそうになってきて.......斉藤の体から花の香りが漂ってきて。
斉藤........花吐き病.........なんだ。
片思いしてると、恋煩いしてるとなるヤツなんだろ?
..........なんか、ズキッとした。
俺は、たいがい、オジサンなのに。
胸が痛い。
あれだ、あれだよ。
子どもに好きな人ができて、アオハル的に悩んでて、それを見守る父親みたいな........。
大人になってしまうんだなぁ....って。
いつまでも、かわいい斉藤じゃないんだなぁ....って。
そしたら、斉藤が.......。
トイレに閉じこもって出てこない斉藤に、なんか無性に腹が立ったんだ。
なんで、隠すんだ!!
俺に言えって!!
だから、力任せにトイレのドアを蹴破った。
........斉藤が。
斉藤に似合ってる可憐な花を吐きながら。
涙目で俺を見つめる斉藤の目が........色っぽくて、艶っぽくて........。
その時、初めて気付いたんだ。
斉藤は.......俺が好きなんだ........。
そして。
俺は......子どもとしてではなく........恋愛の対象として、斉藤......彬が好きなんだ.........。
だから、本能的に、思わず、彬を抱きしめてしまった。
✴︎
「.......かちょ.....?」
「いいからちょっと黙っとけ」
崎村課長は、僕を力を入れて抱きしめる。
「斉藤......彬が、かわいくてたまらない。
今まで子どもみたいに扱ってしまって、すまん。
ちゃんと、好きだ。
恋愛の対象として、好きだ!」
崎村課長らしい、几帳面さが滲み出た真っ直ぐな告白に、僕はクラクラしてしまった。
.......しかし、場所が場所で......。
余計、崎村課長っぽくて安心する。
やっと、叶った.....。
一生続くと思われた僕の修行は、いとも簡単に終わりを告げる。
崑崙花とも、お別れだ。
「課長、僕、課長が好きです」
僕が背の高い崎村課長を見上げて言うと、「知ってる」って一言いって、僕にキスをしてきた。
.......ほろ苦い......大人のキス。
でも、嬉して、ドキドキして、安心する。
「よし!行くぞ!彬」
崎村課長は、急に唇を離して僕の手を繋いで歩き出した。
え?.....終わり?......。
漫画とかドラマなら、そのままココでやっちゃうんじゃないの??
「あの.....課長?」
「......こんな、こんなトコで彬とデキるわけないだろ?
ちゃんとした、キレイなトコでしなきゃ!
彬に失礼だ!!」
.......何、それ。
でも、僕は嬉しかったんだ。
顔を真っ赤にしてそう言う崎村課長が、かわいいような、カッコいいような。
........胸が、高鳴る。
僕は、崎村課長の腕にしがみつくように、僕の腕を絡ませた。
「課長.......正幸さん、って呼んでいいですか?」
正幸さんが笑う。
僕の好きな笑顔で。
地味な僕の人生の中で。
今、一番、輝いている瞬間だ。
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