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第6話 友人②
いつのまにか眠っていた。目を覚ました時、室内は既に暗く、大人達もそれぞれ床に就いていた。街灯の明かりが、窓からかすかに差していた。丑三つ時に目が覚めてしまったのは、隣に眠る准一の唸り声のせいである。酷くうなされている様子だった。布団の外はひんやりと寒いのに、額に脂汗を浮かべている。呼吸が浅く苦しそうだ。
「ありゃあ、発作か。久々やな」
遼馬さんも寝袋から起き上がる。訳を知っている風だったが、眠そうにまぶたを擦った。
「発作? こいつ、病気か何かなのか?」
「ワシも詳しくは知らんけど、昔っからこうなるらしい。毎日やないけど、時々な。よっぽど夢見が悪いんやろなぁ、かわいそうに」
遼馬さんはパジャマの袖で額の汗を拭う。優しさからだとは思うが、やり方が雑である。もっと他にやり様はあるだろう。
「キミ、これ見るんは初めてか? しばらく一緒に住んどるのに」
俺は静かにうなずく。
「何の夢見てるんだ? 怖いやつか?」
「さぁ。おおかた悪夢の類やろ。まーでも、こいつには必勝法があってな。ちぃっと絵面がアレやけど」
そう言って准一の隣に寄り添い、掛布団の上からその体を抱きしめるように腕を回そうとした。が、ついうっかり飛び出した俺の手によって阻まれる。そんなつもりはなかったのに、必勝法とやらの邪魔をしてしまった。慌てて手を引っ込めるが、遼馬さんは不思議そうな顔でこちらを見ている。
わけがわからないが、なぜか無性に恥ずかしい。恥ずかしいことをした気がする。どうして邪魔をしたのか言い訳のしようがなくて口籠った。
「……せっかくやからキミも覚えるか? 吉乃先生が教えてくれた必勝法」
遼馬さんは人好きのする顔で笑う。何やら勝手に解釈してくれたらしい。俺はこくこくうなずいた。
「簡単や。ただこう、優しくぎゅっとしてやりゃあ、安心して眠れるらしい」
「こうか」
「そうそう」
准一の広い背中に胸を押し付け、腹側に腕を回してぎゅっとしてやった。体の幅も厚みも違うため腕を無理に上げる形になり、少々肩が痛い。しかし、さすが必勝法だけあって効果は抜群だ。鼓動も呼吸も徐々に落ち着いてくる。
「おー、ええ感じや。キミ、才能あるんと違う? ワシの時はいっつも眉間に皺が残ってまうのに」
遼馬さんはまた袖で汗を拭った。
しばらく抱き枕にしていると准一は穏やかな寝息を立て始めたが、今度は逆に俺の鼓動と呼吸が乱れ始める。それを掻き消すように、俺は遼馬さんに話しかけた。
「さっき言ってた、ヨシノ先生って誰? 准一の元カノとか?」
「ふは、キミおもろいこと言うな。吉乃先生は枇々木のお父ちゃんや」
何だ、男か。紛らわしい名前をしている。
「なんで先生って呼ぶんだ?」
「なんでって、大学の先生やからな。枇々木は吉乃先生に憧れて、学校の先生を目指したらしい。ワシも会うたことあるけど、めっちゃええお父ちゃんやで。優しくて穏やかで、ちょっぴり天然やけど愛嬌があって」
「母親はいないのか?」
俺が問うと遼馬さんは一旦口を噤んでから、困ったように言った。
「そういうのは直接本人に訊きぃや」
「……わざわざ訊きにくいし、どうせ教えてくれねぇし」
「そうか? 気にしすぎと違うの。こいつ、そこまで神経質やないで」
「准一はあんまり俺のこと知ろうとしないから、俺だけ一方的に訊くのも違う気がするし」
それに、これは完全に俺の僻みなのだが、俺の知らない情報を遼馬さんだけが知っていることが不満だった。自分勝手なようだが、俺だけ取り残されたような気分になった。
「元カノと言やぁ、昔付きおうてた彼女、確か年上やったんやけどな」
話題はなぜか元カノの方へとシフトしていく。俺が知りたいのはそっちではないのに。気分はますます悪い。
「しつこく同棲迫られてんけどな、枇々木は絶対嫌や~言うて、そういうのはまだ早いから言うて、頑なに断っとったな。そんで、ふふ、結局フラれて、強烈なビンタ食らわされてな」
その時の准一の真っ赤に腫れた頬でも思い出したのか、遼馬さんは声を殺して笑った。俺としてはおもしろくないのだが、遼馬さんは飽きずに「せっかくかわいかったのにもったいない」などと女の話を続ける。
至近距離でこそこそやっていても准一が起きる気配はなく、そのうちに俺達も眠くなってくる。遼馬さんは寝袋に戻り、俺は准一を軽く抱きしめた恰好のまま眠った。
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