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第7話 友人③

 翌朝、ラジオ体操の歌が大音量で流れて飛び起きた。准一は慣れているらしく、もしゃもしゃの頭を掻きながらぶつぶつと文句を垂れている。 「おめー、マジでそれ、どーにかしろって毎回言ってんだろ。うるさくてかなわねぇ」 「だってワシ、これやないと起きれへんもん」 「だからって音がでけぇんだよ、毎度毎度……まだ起きる時間じゃねぇってのに」  遼馬さんは全く悪びれずに、口だけで謝りながら元気にストレッチをしている。いい歳した大人が早朝から何やかんや言い合っているのをBGMに、俺は再度布団に潜り込んで二度寝の体勢に入った。 「今日は東京観光や! もちろん付きおうてくれるよな?」 「バッッカお前、オレは今日も普通に仕事なの!」 「そうなんか? んじゃあスクーターだけ貸して」 「だから仕事だっての! スクーターは通勤に使うから!」  えーッと遼馬さんの残念がる声が聞こえ、続いて俺を呼ぶ声がし、しかし同時に准一が牽制する。 「お前、こいつに観光案内させようってか? やめとけやめとけ。こいつにはそういうの向いてねぇから」 「えー? 別に案内とかやないけど、一人じゃ寂しいもん」 「だめだめ、絢瀬くんは基本的に出不精だし、友達ゼロの真正ぼっちだから人付き合いも下手だし、東京住んでるくせに東京のこと全然知らないし、お前の相手なんか絶対務まらねぇって。無理無理、諦めな」  人を小馬鹿にした准一の物言いに腹が立ち、すっかり目が覚めてしまった。 「てめぇ、人を散々コケにしやがって……殴られる覚悟はできてるんだろうな」 「おま、起きてたのかよ」  俺がゆらりと立ち上がると、准一はさっと飛びのいて間合いを取る。 「ぷぷ、もしかして図星? 図星なの? だから怒ってんだろ」 「馬鹿にすんなよ。てめぇの住んでる街の案内くらい余裕でできらぁ」  舐められたままではいられないと思い、胸を張って宣言する。准一が何か言いかけるが、遼馬さんの大声に完全に掻き消された。 「ほんまか!? そらよかった。いまだに東京の駅は迷うからなぁ。キミがいてくれたら心強いわ。ほんなら善は急げや。急いで準備して、出かけんで!」  は? という俺と准一の困惑の声がハモった。    本気で出かけるつもりはなかったのだ。売り言葉に買い言葉で、勢いに任せて口走っただけだ。准一の言った通り――決して真正ぼっちではないものの――俺は人付き合いが得意な方ではない。しかし遼馬さんは既にその気になっていたし、ここで断っては准一にさらに馬鹿にされるだけだというのも明らかだったので、引くに引けなかった。  そんなわけで、遼馬さんに引きずられるような形で渋々街に出た。スカイツリーに行ってみたいとうるさいので、電車を乗り継いで連れていってやった。数年前の建設当時ならまだしも今さら真新しいものでもないが、かく言う俺も実は一度も来たことがなかった。タワーの上部は展望台だが、下の部分はショッピングモールになっていてそこそこ楽しめた。  遼馬さんは竹を割ったような性格の人だが協調性に欠ける。興味の赴くままに色々な店を出たり入ったり、ただのウインドウショッピングかと思いきや実際に商品を買ったりもする。  でかでかと掲げられた看板に吸い寄せられるようにして喫茶店に入っていくので、俺も慌てて後を追う。遼馬さんが勝手に注文し、目の前に置かれたのは巨大な抹茶パフェだった。アイスクリームだけじゃなくて、白玉とわらび餅も添えてある。遼馬さんの前にも似たようなパフェと、加えてケーキやらあんみつやらがずらっと並んでいる。 「アンタ、ずいぶん気前がいいな。こんなに……」  訝ってみるが、遼馬さんはあっけらかんと笑う。 「一緒に来てくれた礼や。あっ、甘いもん嫌いやった?」  俺は首を横に振って、アイスを一口食べた。ほろ苦い味が舌の上で溶けた。美味いな、と漏らすと、遼馬さんは屈託のない笑顔を見せる。准一の笑顔とはまるで違う。あいつはそもそもあまり笑わないし、たまに見せる笑顔だって多くは嘲笑の類か、あるいは狡猾なキツネのようなそれである。 「なぁアンタ、准一とは付き合い長いんだろ? あいつのことなら何でも知ってる?」 「なんや、藪から棒に」 「別に、昨日の続き。俺、あいつのこと何も知らないから」 「ほーう。枇々木のことが気になってしゃーないってわけやな」 「そんなんじゃない。あいつなんかただの……」  ウリの相手だし。なんて、口が裂けても言えないけど。 「……アンタは本当は、あいつが昨日見てた夢の中身を知ってるんじゃないのか。吉乃先生って人は、本当にあいつの親なのか?」 「……なんでそう思う?」 「昨日の夜、喋ってるのが聞こえて……何となくそう思っただけだ。それに俺も父親がいないから、似たようなもんなのかなって」    遼馬さんはパフェの中層にあるカステラを突つきながら、うーんと首を傾げた。 「ワシもよう知らんけど……まぁ、あいつのお母さんは見たことあらへん。冬の終わりに、北の方から越してきて……」    遼馬さんは言いにくそうに言葉を選ぶ。俺は瞬きもせずにじっとその目を見つめる。   「あー、つまり……事故で両親をいっぺんに亡くしたんで、吉乃先生に引き取られたんや。これ以上詳しいことは知らん。ただ、これはワシの推測やけど、事故で自分だけ助かったのを悪いと思うてるような節は昔からある。普段は表に出さんけどな」    遼馬さんが言葉を切ったので、俺も息をついた。   「でも、だから、あいつがキミに特別目をかける理由もわかる気がする。キミに昔の自分と似たようなもんを感じて、今度はあいつ自身が吉乃先生みたいになろうとしとるんちゃうのかな」 「まさか。今朝のあいつのふざけた態度見ただろ」 「いやでも、ああいうのは気を許してるからこそみたいなとこあるやん。やっぱり、キミのことは特別気に入っとると思うで。そうじゃなきゃ、一緒に住んだりせえへんし」  さぁ。どうだろうな。気に入っているとしたら、俺の体だけだろう。俺だって、あいつの体と料理の腕前だけは気に入っている。半同棲状態になってしまってはいるが、しかしどこまでいっても俺達は、ウリ専の高校生とそれを買う男でしかない。何もかもが一方通行で行き止まりだ。俺もあいつも、互いに隠し事ばかりしている。 「キミは、枇々木のことどう思うとるん?」 「……どうもこうも、ただの、ちょっと嫌な先生だと思ってる」 「なのに一緒に暮らすの?」 「それは……准一がそうしろって言うから……」  我ながら歯切れの悪い回答だが他に言いようがない。俺があいつ専用オナホドールだから、などという明け透けな事実を語るわけにもいくまい。

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