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第15話 夜を抱く

   准一は終始煮え切らない態度だったが、結局警察にも病院にも寄らずに、ワンルームのアパートへと真っ直ぐ帰った。 「シャワー浴びるよな?」 「……それより、怪我したところが痛い」  袖を引きながら言うと、准一はユニットバスへ向かう足を止めて棚から救急箱を取り出した。救急箱といっても大したものは入っていない。 「オロナインくらいしかねぇよ」 「何でもいいから早くしてくれ」  チューブタイプの軟膏を、准一は適量指に取って傷口に塗っていく。まずは右頬。ぴりっと沁みて、思わず身を引いた。 「あ、悪い」 「いいから」  口元、左頬へと准一の指が移っていく。もっと乱暴に扱われたって俺は全然構わないのに、准一の手付きはまるで繊細なガラス細工でも扱うように慎重だった。 「次、服脱げよ」 「? ヤるのか?」 「違ぇよバカ! ほらあの……火傷、してるじゃん。だから薬……」  そうか、火傷。焼けた鉄だと思ったものは、実は煙草の火だったのだ。燃える煙草の表面温度は九百度にもなるという。道理で失神するわけだ。  上はシャツを着たまま、下は下着まで脱いでしまう。俺が大きく股を広げると准一は顔を歪ませたが、何も言わずに軟膏を塗布した。傷の場所は内腿らしいが、自分ではよく見えなかった。 「これ、相当痛かったろ。ごめんな」 「なんでアンタが謝るんだ」 「先生がもうちょい早く駆け付けてたら、こんな、一生残るかもしれない傷痕なんか作らなくて済んだのにって思って」  どうして、アンタが泣きそうな面をするんだ。俺が勝手に怪我をしたのだし、責任を感じる必要なんてないのに。  准一は他の場所よりも丹念に薬を塗り込み、仕上げに大判の絆創膏を貼った。立ち上がって風呂の準備をしに行こうとするので、俺は再度袖を引っ張って呼び止める。 「なぁ、ここまでしといておあずけなんて、そんな酷いことはしないよな」 「お前ね……」  准一は呆れたような苦々しい表情を浮かべる。 「さすがのオレでも、さすがに今日はしねぇよ。風呂入ってさっさと寝ちまいな」  素っ気なくあしらって行ってしまおうとするので、俺は一層強く袖を引く。 「……だったら、なんで助けに来たんだよ」  声がかすかに震えた。 「なんでわざわざ助けに来た。アンタ、俺のことが嫌いなんだろ。ほっときゃいいのに、なんで優しくするんだよ」 「別に嫌いだとは――」 「言ってたろ。二度と面見せんなって、言ってたじゃねぇか。なのになんで、てめぇから面見せてんだよ。俺の顔なんか、二度と見たくなかったんじゃないのかよ」  鼻の奥がツンと熱くなる。俺はもう力任せに准一の腕を引き寄せて、万年床へと引き倒してしまった。准一の背中を掻き抱いて、抱き寄せて、肩に顔を埋めてしまう。 「絢瀬……」 「アンタ、何考えてるか全然わかんねぇんだよ。飽きたなら飽きたって言えよ。嫌いなら嫌いでいいから、さっさと追い出せばいいだろ。これ以上優しくしようとすんなよ。俺にそんな価値があると思ってんのかよ」  途中から鼻声になってしまった。情けなくて消えてしまいたくなる。准一は困惑しているようだったが俺を引き剥がそうとはせず、されるがままになっていた。 「あ、ねぇ、ちょっと」  しかしすぐに体を離される。顔を見られるのが嫌で俺は目を逸らしたが、准一の視線は別の箇所へ注がれていた。 「おま、なんで勃ってるの」  驚いて、視線を下に移す。気にする余裕もなかったが、股間のモノが膨らんでワイシャツの裾を押し上げていた。咄嗟に手で覆い隠す。 「くそ、じろじろ見んな」 「勃起する要素なんてあった?」 「ぁ、アンタの匂いのせいだろ……」 「は……?」 「あっ……」  うっかり口走り、俺は即座に後悔した。もごもごとした不明瞭な声だったのに、准一の耳にははっきり聞き取れてしまったらしい。は? と首を傾げた後、しばし絶句する。当然だろう。きっと白けて、萎えているのだ。機嫌を損ねてしまった。  そう思っていたのに、准一はなぜかまた体を密着させ、俺の顔を覗き込む。見られたくなくて顔を背けようとしても、両手で頬を挟まれて無理やり正面を向かせられる。それでもまぶたは伏せたまま、目を合わせられない。 「お前、なんでそういうこと言うの」  それから、なぜか唇を重ねられた。触れるだけの軽いキスだ。 「なんで、そういうかわいいこと言うの」  今度は俺が絶句する番だ。何を言われているのかわからない。理解に苦しむ。 「やめろよな、ほんと……放してやれなくなる」  照明からの逆光で、准一の顔がよく見えない。嬉しいのか恥ずかしいのか、しかしどこか悩ましげでもあるような、複雑な面持ちをしている。  再び唇が下りてくる。永遠とも思える時間をかけて、躊躇いがちに近付いてくる。息を吸うごとに、わずかずつ距離が詰まる。なかなか埋まらない隙間がもどかしい。  准一の唇はひび割れだらけで、剥けた皮が砂漠の地面みたいに捲れている。その荒れ放題の唇が、俺は恋しかった。  ああもう、焦らさないで早くしてくれ。違う、ちょっと待って。いや、やっぱり待たないで。すぐに来て。ううん、やっぱり待って。心の準備が、まだ……  俺の葛藤などお構いなく、二人の距離はとうとうゼロになる。准一の唇がそっと押し当てられる。捲れた皮がくすぐったい。おずおずと口を開くと、舌がするりと差し込まれる。俺は素直にそれを受け入れる。目を瞑って、准一のキスに溺れる。 「ん……」  鼻を鳴らして夢中で味わう。離れてほしくなくて首に手を回す。自ら舌を絡めて准一のそれを求め、零れ落ちる唾液を余すことなく飲み下す。いつもの煙草の味なのに、不思議と甘く感じられた。 「んぁ……あ、そこ……」  顎のラインから喉仏、鎖骨へと、順々にキスを落とされる。同時に、起立したモノに直接触れられる。長くてしなやかな指が俺の弱いところをなぞる。掌で包み込んで圧迫する。ただでさえ膨らんでいたそれが一回り大きくなる。 「き、もちぃ……あっ、あ」  片手でボタンを外されてシャツがはだけ、露わになった胸の尖りに吸い付かれる。軽やかなリップ音を奏でて全体を吸うが、舌遣いは非常に巧みだ。ちろちろと細かい動きで舐られ、乳頭を弾かれる。連動するように腰が震える。准一のねじくれた縮れ毛を指に絡めて握りしめる。 「あ……や、だめ、だめ」  うっとりと感じ入っていたが、同じ箇所をあの男にも舐められたことを思い出す。掴んでいた頭髪を引っ張って、准一を引き剥がそうとした。キューティクルの死んだ傷みまくった髪だが、案外太くて頑固である。 「やっ、だめだ、はなせ」 「……なんで。イイんだろ」  唇は離れたが、舌だけ伸ばして突つかれる。 「だって、そこ、あいつにもされたから……き、汚いだろ……」  准一はきょとんとして瞬いたが、またすぐに胸を吸い始める。 「!? や、なんで、やめ……」 「だったら余計に、上書きしないとだめじゃん」 「ひぁっ……ん、や、やめろって」 「オレがしたいからしてんだよ」 「あぁっ……」  上ばかり熱心に責められ、下はふんわりと揉まれているだけだ。決定的な刺激には遠いのに、明白な射精感がせり上がってくる。如何ともしがたい熱が股間に集まってくる。 「じゅ、准一ぃ……もっと、もっとちゃんと……」 「イキたいの」 「ちが、も、もっといいとこやって……くりくりってして……」  身も世もなく本能のままに乞うと、乳首に歯を立てられる。噛みちぎるような勢いではない。前歯で挟んで柔く扱かれる。 「やッッ……」 「そういうのやめろってさっき言ったろ」 「ごめ、なさ……ア、もっと、もっとして」  ぼんやりとして頭が働かない。何も考えられない。  途中まで皮を被ったままの亀頭のてっぺんに、カウパー粘液が溜まっている。そのぬるぬるの汁をたっぷりと纏わせた指で、先っぽをくりくり弄くられる。粘液を塗り込まれながら皮を剥かれる。自然と腰が揺れて、准一の手に擦り付けてしまう。もっと触ってほしい。 「そんなに気持ちいい?」  胸元から顔を上げて准一が問う。 「んっ、いい、きもちぃい……あッ、もう、もう……」 「イク? いいよ、イケよ」  鼓膜が蕩けそうな甘い声で囁かれる。喘ぎながら口を開けてキスをねだると、優しく舌を絡め取られる。呼吸も嬌声も何もかもを准一に呑み込まれ、奪われて、俺は達した。  胸まで飛び散った俺の精液を、准一は一粒すくい取ってぺろっと味見する。「まずいな」と笑う。あまりにも愛おしそうに顔を綻ばすので、俺は胸がいっぱいになって何も言えなくなった。  准一が服を脱ぎ始める。既に緩まっていたネクタイを解く。俺は反射的に両手を前に差し出した。准一は目を丸くして、手に持ったネクタイと俺の手首とを見比べる。しかし結局ネクタイは使われることなく、その辺へ放り投げられた。准一は素早くワイシャツを脱ぎ捨て、スラックスも靴下も脱いでしまう。 「今日はそういうのなし。縛らなきゃイケないわけじゃねぇし」  准一は俺の手を取り、まるで元々その色だったかのように肌に馴染んでしまっている紫の痕にキスをする。 「さっきもされてたのに、またやったらきっと痛むぞ」 「別に……」  痛くてもいいんだ。アンタにされるのだったら。  しかし准一は、俺の沈黙を別の意味と解釈したらしい。にやにやと茶化すような笑みを浮かべる。 「えっ、まさかお前、縛られなきゃイケなくなっちまったとか? やべー性癖になっちゃった? だったら先生、責任感じちゃうけど」 「バカ、違ぇよ」  両手が自由な状態のまま、シャツを脱がされた。なんだか新鮮、というか慣れない。自分だけ全裸というのも癪だ。准一の下着をずり下ろしてやろうと手を伸ばすが、ちょうど立ち上がられてしまい届かない。  准一は電球から垂れ下がる紐を何度か引いてスイッチを切り替えた。今時珍しいが、そういう古いタイプの電球なのだ。室内が橙色の仄暗い明かりに包まれると、准一は俺の上へと覆い被さってくる。 「今日は普通のセックスをしよう。優しくしてやる」  尻の谷間に手をやり、つぷりと指を挿し入れられる。既に解されていたそこは、准一の指を容易く呑み込んでしまう。 「ここもあいつにされたの」 「ゆ、指だけ……」 「じゃあこっちも上書きしないとだな」  准一のしなやかで器用な指が陰道を這う。あえて性感帯を外し、全体を緩やかに撫でていく。関節は凸凹しているけど武骨な感じはなく、爪も丸くて滑らかだ。中指が出たり入ったりして、かすかに音を鳴らす。  空いた左手で乳首を摘ままれ、指の腹で転がされる。時々、かりかりと引っ掻かれる。唇は頬に触れたり、耳たぶを食んだりする。耳から直接いやらしい水音を送り込まれ、ぞくぞくしたものが背筋を走る。 「は、ぁん……も、いいから……」 「何がいいんだよ。ちゃんとしないと、痛いぞ」 「い、いたくない、から……はやく」  それでもまだ、肝心の部分には触ってくれない。  ローションとは違う液体が底から溢れてきて、恥ずかしいところをしとどに濡らす。准一の指は一層滑らかに動き、もどかしい箇所ばかりを刺激する。ほしがって、中が勝手に疼く。准一の指を食い締めてしまう。腰を回して、いいところへ誘導しようとしてしまう。 「あ、あ、ちがうの、もっと」 「やらしいな。腰カクカクしてるよ。自覚あんの?」 「そこ、ちが……ぁ、も、ちゃんと……」  不意に、前立腺を掠められる。びくっと体が跳ね、背中が仰け反った。しかしそれだけだ。ほんの少し、表面をそっと撫でられただけで終わってしまった。これでは全然物足りない。肉の襞をくすぐられ、シコリの縁をくるくるなぞって弄ばれても、やっぱり足りない。もどかしさに拍車が掛かるばかりだ。だんだん、視界がじんわり滲んでくる。 「ふぁ、も、やだ、やぁあ……」 「泣いてんの。ごめんね」 「だ、ったら、ァ、はやく……」 「んー、でも先生、絢瀬の涙好きだし。もっと見てたい」  准一の赤い舌が俺のまぶたを拭う。何を馬鹿なことをやってるんだと思うけど、嫌味の一つも出てこない。 「でもまぁ、優しくするって言っちゃったしな」  中指が出ていった途端、一気に三本の指が突き立てられる。いきなり増やされた質量に喉が鳴る。期待に胸が膨らんで、静かな歓声を上げる。そしてついに、やっと、焦がれるほど待ち望んだ刺激が与えられた。  的確に一点、俺のいいところだけを狙って、ぎゅうっと思い切り圧迫される。同じ箇所を何度も何度も何度も擦られる。強すぎる刺激から逃れようと腰を回すが、准一の指がぴったりくっついてきて離れない。さっきまでとは真逆で、執拗に性感帯ばかりを突いてくる。  膝が勝手に跳ね、宙を蹴り上げる。背中が仰け反って布団から浮いてしまう。濁った悲鳴みたいな嬌声を抑えられない。抑えようという努力すらできない。 「あ゛ぁッッ! や、ぃやっ……ぁあッ!」 「は、ひでぇ声。もっと聞かせろ」  雄臭い表情で舌なめずりをしながら准一が迫ってくる。頬やまぶたや唇にキスの雨が降る。胸がキュンキュンときめいて、尻もキュンキュンうねる。恥も外聞もなく、准一の指を食いちぎろうとする。熱が全身に渦巻いて逃しようがない。 「ぅあっ、あ゛ッ! だ、め、だめぇ、やだぁ」 「何がだめ。気持ちいいって言えよ」 「じゅ、ん、じゅんいちぃ、おれ、おれもう、」 「我慢しないでイケよ」  言葉で否定する代わりに首を振る。 「ッ、じゅんいちので、いきたい、から……」  自分でも何を口走っているのかよくわかっていなかった。ただ、今の台詞は丸ごと本心だ。建前で包み隠すような真似ができるほどの余裕は残っていない。  悔しそうな舌打ちが聞こえた。指が抜かれ、入れ替わりでいきり立つ男根を押し当てられる。期待で後孔が疼き――息つく間もなく、勢いよく貫かれた。甘美な衝撃が脳天まで響く。まるで頭から尻まで、文字通り全身を貫かれてしまったかのような感覚を覚える。 「……ッ……」  一瞬、呼吸が止まった。数秒後、思い出したように口をぱくぱくさせて息を吸おうとするも叶わない。奥まで突かれたかと思うとずるりと抜けていき、間髪入れずにまた奥まで入ってくる。何度も反復して腹の中を穿たれる。 「まっ、て……いま、イッ、ぁあ゛ッ」 「今さら待てねぇよ。お前が悪いんだぞ、煽ったりすっから……」  散々焦らされて敏感になりすぎた体を、暴力的なまでの快感が襲う。挿入されただけで、精液を少し漏らしてしまった。でもそんなの関係なく、准一は激しく腰を打ち付ける。足を目一杯開かされ、女みたいな恰好で繰り返し中を犯される。 「あ゛ーッ、あっあ、や、むり、また、またイッちゃう」 「いーよ、いっぱいイケよ」 「やぁあ! ま、まだなの、もっと、もっとしてっ」  もっといっぱいしてほしい。まだ終わってほしくない。だからイキたくない。  俺の意図は正しく伝わらず、准一は責めの手を緩めなかった。むしろさっきよりも激しさを増す。奥を穿つだけじゃなく、浅いところをぐりぐりと抉られる。両手で乳を揉みしだかれ、暴れる体を押さえ込まれる。 「今またイッたろ。わかる? ザーメン零してるぞ」 「ひぁッ、わか、わかんなぁ゛ッ、ごめ、ごめんなさ……」 「ほら、まだイケるでしょ。次は出さないでイッてみな」 「ぇ?」 「だから、メスイキしてみろよ。できるだろ」  出さないでイク? メスイキ? よくわからないが、准一がやれと言うからがんばってしまう。とりあえず射精を我慢すればいいのだろう。でもよくわからない。感じないようにすればいいのか? 「じゅ、じゅんいちぃ、だめ、だめ、おれ、きもちくって、あッ、だめぇ」 「いいからそのまま感じてろ。かわいいよ」 「っき、きもちぃい、からぁ、めすいき、あッん、めすいき、できな、っ」  もうダメかも。イッちゃいそう。脳がぐらぐら茹だって、視界がぐるぐる回る。シーツにしがみつき、頭を振って身悶える。我慢しようと思えば思うほど、敏感に感じすぎてしまう。 「凪、なーぎ、ちゃんとこっち見ろ。オレを見ろよ」 「ぅあ、あっ?」  いつのまにか、准一の顔がすぐ目の前に迫ってきていた。唇が重なりそうな距離だ。その表情を見て息を呑む。  准一のこんな顔を目にするのは初めてだ。こんな顔知らない。発情した獣みたいに眼をギラギラさせている。瞳孔が開くほどに興奮しきっている。  こいつをこんな風に乱れさせたのは、他ならぬ俺だ。俺のせいで、准一は獣みたいに興奮している。准一は今、確かに俺に、俺だけに、欲情している。  そう思うともうたまらなくなって、どうにでも好きなようにしてくれって気持ちになる。准一になら食われてもいい。むしろ食われたい。こいつの血肉となって滅びるなら本望だ。あるはずのない牙がちらりと覗いた、次の瞬間。 「ひっ、あ゛――――ッッ!!」  鋭い快感が体中を駆け巡る。何が起きたのかよくわからない。全身、火がついたように熱い。下腹部に溜まった熱が解き放たれず、ねっとりと纏わりついてくる。どこにも行けず、何も出ていかない。  心臓が胸を強打する。腰がガクガク痙攣する。後孔が不随意に収縮する。体が一所懸命に准一の形を覚えようとしている。  怒涛のごとく押し寄せる快楽。それでいて吐き出す先がない。どこか遠くへ攫われてしまいそう。気が狂うほど気持ちいい。いいのか悪いのかわからない。怖い。良すぎて怖い。快楽に殺される。  飛びかけた意識を現実へ引き戻したのは准一の声だ。 「……ぎ、凪」 「ぁッ、あ゛? じゅ、じゅん、」  白む視界の中、必死に准一の姿を捉える。何かを堪えるような、苦しそうな顔をしている。乱れた吐息も、俺を抱く腕も、火傷しそうなほどに熱い。 「そうだ、よく見とけ。今だけだからな。お前を抱いてる男の顔を、その目にしっかり焼き付けとけよ」  柔らかく抱きしめられ、律動が再開した。それが呼び水となって、またあの狂おしいほどの快感が押し寄せてくる。俺は若鮎のごとく体を跳ねさせ、悲鳴とも嬌声ともつかない甲高い叫び声を上げた。 「やぁあ゛! やだ、や、や゛ぁっ」 「ごめんな。でもその顔、ほんとたまんねぇ」 「らめ、も、いぐ、またイッちゃう゛」 「いいよ、イッて。すげぇかわいい。好きだよ」  砂糖を煮詰めたような甘ったるい声で囁かれ、再び絶頂に放り投げられる。さっきと同じく、鋭い快感が爪先から脳天までを駆け抜けたが、一向に射精に至らない。  本格的に気が狂いそう。頭がおかしくなりそう。手足がバラバラに砕け散りそう。気持ちよすぎて死んじゃいそう。比喩じゃなく本当に食われてしまいそう。  何もかもがわからなくなって、でも何もしないでいると彼方まで吹っ飛ばされてしまいそうで、自分を見失いそうで怖くてたまらなくて、無我夢中で准一にしがみついた。足を腰に絡め、背中に爪を立てて抱きついて、もふもふの髪の毛に顔を埋める。するとその匂いでまたもや達してしまう。  准一もそろそろ限界が近いらしかった。俺のことを強く抱きしめて、密着したまま激しく腰を打ち付ける。直線的な動きで、迷いなく奥を穿たれる。自分が喘いでいるのか泣いているのか、意識が曖昧で判別できない。 「凪、ごめんな。でも今だけ、今だけだから。許して」  准一がしきりに謝っている。何を謝っているのかはわからない。そんなこと言わないでほしい。謝罪の言葉なんて口にしないでほしい。今は俺のことだけ見て、俺の体温だけを感じて。俺がそうしているみたいに。  ぐいっと准一の体を引き寄せ、肩口に齧り付いた。好きな人の体温を直に感じられること、これがきっと幸福というやつなのだ。このまま時が止まればいいのに。一生このままでいたい。今なら死んでもいい。  准一は腰を引こうとしたが俺がしがみついているため叶わず、中に入ったまま限界を迎えた。はち切れんばかりに膨らんだ欲の塊が脈打って大量の白濁を吐き出し、俺の空虚な腹を満たす。注がれた種がじんわりと染み渡る。俺の中で一つに溶け合う。その熱に誘われて、俺はまた茫漠たる愉悦の海へと漕ぎ出したのであった。

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