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第30話 帰ろう……

 力んでいた沢井の体から力が抜ける。 「分かったよ、雅文。こんな野郎、殴る価値もない。手を痛めたらバカみたいだしな」  沢井は黒崎の瞳を覗き込み、優しく頭を撫でてくれる。 「そうだよ……和浩さんの手は患者を救うためにあるんだから」 「それと、雅文を愛でるためにな」 「えっ……」 「真っ赤になっちゃって。おまえ、いつまで経ってもほんとウブだな……可愛い」  だ、だから、そういうこと、こういう場面で言わないで欲しい。  仲睦まじい沢井と自分の息子の姿に、父親は苛立ちも頂点と言った感じである。  ソワソワと落ち着かない様子なのは来るべきはずの部下たちが一向に駆けつけて来ないからだろう。  それは黒崎も不思議だった。  この屋敷には他にも父さんのボディガードや、俺を見張っていた奴らがいるはずなのに……。  和浩さんはどうやってここまでたどり着いたのかな?  首を傾げてそんなことを思っていると、沢井が黒崎の方へ手を差し出してきた。 「さあ、雅文、家へ帰るぞ」 「えっ?」 「なんて顔してるんだ? 俺たちの家へ帰ろうって言ってるんだ」  大好きな人が愛しさの籠った瞳で、見つめて来る。……でも。 「……無理だよ……」  黒崎はふるふると首を横に振り、力ない声で沢井の手を拒んだ。

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