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エピローグ:甘い男

 お互いの呼吸が、ようやく落ち着き始めた頃、龍崎は、寅山の体をゆっくり離して起き上がり、脱いだスーツから煙草の箱を取り出す。裸のまま、テーブルに向かい、煙草を吸い始めると、寅山に向かって、ぽい、と何かを投げた。 「誕生日プレゼント」 「え? 僕に? 開けていいの?」  そっぽを向いたままの龍崎の答えは、きっとイエスだ。  寅山はベッドにあった時計を確認すると、すでに午前1時に近づいた。そんなに長い間、セックスをしてたかと思うと、恥ずかしい。  体を起こして、有名百貨店の薔薇の包装紙にくるまれた長方形の包みを開けると、バーバリーの箱が現れ、そこには長財布が入っていた。 「これを僕に?」 「ああ、俺が持ってるモデルの復刻が出たから」  まだ中学生だった自分が、ためていたお年玉を切り崩し、龍崎の誕生日に買ったプレゼントが、バーバリーの財布だった。そのときのモデルとそっくりのモデルが寅山の手の中にある。 「慎也、今でもずっと使ってるもんね。気に入ってくれてるの?」 「まぁ、そうだな」  なんだか、お揃いの財布、というのがくすぐったいが嬉しい。  のんびりと煙草を吸って、龍崎は再びベッドに戻り、寅山の隣で仰向けになる。このタイミングなら言えるかもしれないと思い、寅山は、龍崎の隣に体を寄せる。 「ねぇ」 「なんだよ」 「僕たちって付き合ってることになるの?」 「なんだよ、急に」 「だって、確かに言われてないし……」 「高校生か、てめーは」  龍崎は、ぷい、っと寅山に背を向ける。  付き合ってるというわけではないなら、恋人でもない。お互いの気持ちは理解しているのに、自分たちの関係には名前がない。今、こうして体は繋がったけれど、勝手に自分だけが恋人気取りだったら、かなり恥ずかしい。 「財布、中、見てみろ」 「え?」  慌てて、再び体を起こし、もらった財布の小銭入れの部分に手を入れると、そこには黒いチェーンのネックレスに通された指輪が入っていた。 「指輪?」 「言っとくけど、指輪なんて人にやるの、初めてだからな」 「これ、どういう意味なの?」 「別に意味はない」 「僕、普段こういうのつけたことないけど」 「……」  返事もないので、再び財布にしまおうとしたら、龍崎が飛び起きる。 「おい、しまうな」 「え?」 「つけろよ、バカ」 「ええっ、何それ」 「指輪をもらったらその場でつけるだろ、普通は」  龍崎がチェーンごと、奪い、正面から寅山の首につける。黒いメタリックなチェーンは華美すぎず、アクセサリーとして不自然じゃない。指輪は王冠をもじったシンプルなデザインのものだ。 「で、これは俺の、な」  龍崎は握りしめていた手を広げると、そこには、同じデザインの指輪があり、それを自分の左の薬指にはめて、寅山に見せた。 「あ、同じやつだ」 「……おまえ、本気で言ってる?」 「ていうか、なんで左の薬指って……ええっ!」  初めて、その指輪の意味に気づく。 「ちゃんと時期が来るまでおまえは薬指につけるな。サイズはちゃんと合わせてあるから」 「え、慎也は……」 「俺は女避けのためにつける。もうおまえしか、もらう予定はないしな」 「もらうって……」  これはもしかして結婚という意味だろうか。  付き合っているのかどうか、という話をしていたはずなのに、あまりにも超越し過ぎて、理解に苦しむ。 「おまえも覚悟決めとけよ」 「……それなら、ちゃんと言ってよ」 「何を?」 「プロポーズしてよ」 「はぁ!?」 「予約しといてもらわないと、僕に、慎也よりもいい人ができるかもしれないでしょ」 「おまえの世話なんて、俺以外に誰ができるんだよ」 「わかんないでしょ、そんなの!」 「あのなぁ、俺はもう、いい年こいた、おっさんだぞ」 「同い年でしょ、僕たちは!」  はぁ、と龍崎はため息をつく。 「二度と言わねぇぞ」 「うん」  わくわくと胸を躍らせる。 「おまえは俺のだ。他の誰にも渡さない」 「……」  二人の間に、沈黙が流れる。 「以上」 「は? いやいや、他にも言わなきゃいけない大事なことあるでしょ」 「よし、風呂入るか」 「ちょっと!」 「明日はジム行くかなー」 「ねぇ、プロポーズって結婚しようとか言うんじゃないの?」 「男同士は結婚できないんだよ、お坊ちゃん」 「し、知ってるよ! カタチだけでもってことでしょ?」  龍崎に甘い言葉なんて求めた自分がバカだった。  けれど気づいてしまった。龍崎を追いかけて歩いていたら、廊下の明かりで、龍崎の耳がほんの少しだけ赤くなっていることを。  もしかして、意地悪で言わないのではなくて、本気で恥ずかしくて言えないのなら―― 「ふふふ」 「なんだよ、気色悪いな」 「慎也、愛してるよ」 「はいはい」 「本当だよ?」 「わかったわ。しつけーな」  前を歩く龍崎の手を握ると、優しく握り返してくれる。自分の恋人は素直じゃないけれど、こんなにも、自分に甘い。これから少しずつ、甘い言葉も言えるようになってもらおう。  きっとこの先、この男に振り回されてばかりだろうけど、どうせ許してしまうのだ。 ――僕だって君には甘い男だから。 END

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