27 / 28

24:龍と寅

「いらっしゃいませ、龍崎様。どうぞ、こちらです」  気品あるフロントマンが、近寄ってきた龍崎に挨拶をする。そしてそのままカードキーを渡す。 「いくぞ」 「う、うん」 「ごゆっくりおくつろぎくださいませ」  深々と頭を下げるフロント一同には目もくれず、龍崎はそのまま、ホテル内のエレベータへ進んでいく。なんだか、あまりにもスムーズなエスコートぶりに、龍崎が自分とは住む世界が違うエリート中のエリートに見えるが、きっと錯覚だ。 「ここ、よく来るの?」 「ああ。女を連れてくると喜ぶからな」  さらりと言われて、思わず心の中で、そうだよね、と呟いてしまう。こういうデリカシーのないところが、龍崎が完璧な男ではないとつくづく思い知らされる。 「着いた」  思っていたよりダメージが強かった寅山はずっとエレベータの床を見つめていたが、気づけばエレベータの扉は開いていた。開いた扉の正面には扉が鎮座している。ホテルのフロアで、一室しかないなんて、ありえない。いや、あるとすれば―― 「もしかしてこの部屋って」 「最上階にあるスイートルーム」 「……本当に?」  驚く寅山をおいてけぼりにして、龍崎はさっさとカードキーを使って扉を開ける。重厚な扉の開いた向こう側は、玄関とは言い難い広さで、星空をあしらった大きな絵画が飾られている。毛足の長い絨毯の玄関マットの脇には、高級感あふれるクリスタルの壺がインテリアとして置いてある。  まるでデザイナーズマンションのモデルルームに来ているかのような感覚だ。 「そもそも、普通に泊まることすら難しいのに、こんな豪華な部屋」 「この部屋泊まる金で、車1台買えるらしいからな」 「な……」  思わず絶句する。龍崎は女性をエスコートするのに、ここまでするんだと気持ちが、ずんと沈む。普段、あまり派手な金の使い方をしない龍崎だが、こういうことにお金を使っているのか、と知りたくない情報を得てしまう。 「そりゃこんな高級な部屋に泊めてもらえたら女の子は喜ぶだろうね」 「一般客は来月から泊まれるらしいが、もう向こう3年くらいは予約で埋まったらしい」 「え、来月からって、どういうこと?」 「内覧で、俺と黒川は何度も来てるけど、泊まるのは初めてだな」 「え? イチくん? 泊まるのは、初めてって?」 「黒川が、この部屋のデザインチームに入ってた」 「そ、うなの?」 「ここ、俺のクライアント」 「クライアント」 「だから会社の女子社員が連れてけってうるさいんだ。なんかビュッフェも有名らしくて。俺と黒川は顔パスだから」  膝から崩れそうになる。圧倒的に言葉が足らないと思うんだ、この男は。 「途中で気づいたけど、妬いてたろ、おまえ」 「うるさいな」  悔しいが、図星だったので、顏を背ける。 「女のためにホテルとるとか、なんで俺がそこまでしなきゃいけないんだ」 「デスヨネ」  そういえばそうだ。もとから、王子様気質の男ではない。 「まぁ、でもちょっと無茶はしたかな。おまえにあの夜景は見せてやりたくて」 「え?」 「奥の寝室までいってみろ」  龍崎は、部屋の奥を指さし、悪戯っ子みたいな顔をする。半信半疑ながら、寅山は一人で部屋の奥へ進む。途中、ゲストルームや、ゲスト用のバスルーム、も充実していて、メインのバスルームはガラス張りの猫足のバスタブだった。内装を、ひとつひとつ楽しんで夜が終わってしまいそうなくらい、この部屋には驚かされる。  そして龍崎が寅山に見せたいと思った、この先の風景は、一体どんな景色なのだろうか。壁一面が窓になっている部屋の突き当たりまで、寅山は歩いてみる。 「わあ」  一瞬、絵に描かれた夜景の風景画なのかと思ったが、違った。街灯の届かない窓の外は、一面の星空に手が届きそうで、窓から見下ろすと、街の明かりと看板と車のテールランプ、あらゆるものが明滅していて色とりどりの宝石をひっくりかえしたような、美しい景色が広がっていた。部屋の照明がベッドライトだけになっているのは、この景色を堪能するためだろう。  窓側に立つと、足の先が窓に触れ、まるで空を歩いているかのように思える。さしずめ、今は真夜中の空中散歩だ。 「すごい、ね!」  聞き返そうとすると、龍崎はもう背を向けていた。 「空を歩くっていうコンセプト通りに黒川が知り合いの建築士と一緒に部屋の設計を考えてくれた」 「さすが、イチくんだね」 「あいつ、ネタバレしやがって」  龍崎はぼやきながら、クイーンサイズのベッドの、傍らにある小さなテーブルに置いてあったシャンパンを手にとり、流線系の美しいフォルムのスマートなグラスにそれを注いでいた。 「乾杯しようぜ」  薄いピンクのシャンパンが注がたグラスを寅山に手渡す。 「あと30分後くらいあとだけど、誕生日おめでと」 「ありがと」 「おう」  二つのグラスが合わさり、キンと小気味いい音を立てる。その音でわかった。一流ホテルの名にふさわしい、バカラのグラスの中で、ぱちぱちとシャンパンの泡が弾けている。シャンパンをひとくち口に含み、再び夜景に目を移す。この景色はずっと見ていても飽きない。写真に収めるなんてもったいない。瞼にしっかりと焼き付けて帰りたい。 「気に入ったか」 「うん、びっくりした」 「だろうな」  龍崎は寅山の隣に並び、くいっと、グラスのシャンパンを空ける。思えば、バースデーのメッセージが描かれたデザートプレートに、ホテルのスイートルームから見える最高の夜景、そして、シャンパングラスで乾杯をする二人。今時、こんなにストレートな誕生祝いをする男がいるのだろうか。まるで恋人のために気合いを入れて奮発する男のようで―― 「あっ……」 「なんだ」  急に恥ずかしさが沸き上がる。そうなのだ。龍崎は自分のことが好きなのだ。そんな自分の誕生日だから、慣れないエスコートをして、張り切ってくれたのだとしたら、なんだかとても恥ずかしくて、くすぐったい。ずっと見つめていたい風景のはずなのに、隣の龍崎を意識した途端、目の前が霞んでしまう。とくとく、と心臓の鼓動が早鐘を打つ。  握りしめていた寅山のグラスを、龍崎がそっと手から抜き取り、テーブルに置きに行った。まだシャンパンは残ったままだったが、龍崎が何を考えているのか、ちょっとわかった気がした。  グラスを置いて、戻ってきた龍崎は寅山の背後に立ち、後ろから両手が伸びてきて、抱き寄せられる。 「いいか?」  耳元で囁かれ、その言葉の意味を知り、寅山は小さく頷く。  あの株主総会の夜は、結局、何もせずに一緒に寝て終わった。今日までお互いに忙しく、一緒に食事をしても、こうして肌を寄せることはなかった。久しぶりに感じる龍崎の体温は、とても熱く感じる。  首筋から肩にかけて、軽いキスを何度もされる。洋服よりも開いている部分が多い着物のせいか、肌色の部分はすべて龍崎の唇が触れていく。抱きすくめていた手は、寅山の着物の羽織の紐を解き、帯をほどき、肩口から着物を一枚ずつ脱がせていく。こうして着物を脱がされたことなんて、あっただろうか。  下着だけになった寅山の背中に龍崎のキスが注がれる。そして両手は、寅山の正面に二つある尖りを後ろから捉えて、指先が優しく摘まむ。 「んっ……ふ…」  ずいぶんと触れられていなかったそこは、少しの刺激も敏感に伝わる。背中と肩口に、時折、ちゅう、と音を立てながら肌が吸われる感覚と共に、ちり、と痺れが伴う。そのあとには熱い舌がべろりと撫で上げる。それは乱暴に噛まれたりするよりも、ずっといやらしかった。まるで、体中に龍崎から愛の痕を残されているみたいだ。  龍崎に両肩を優しく掴まれ、くるりと向き合えば、ベッドライトの淡い光が寅山の体を白く浮かび上がらせ、龍崎はその体を上から下までまじまじと見つめている。 「あんまり見ないでよ」 「いや、ちゃんと消えたな、と思って」 ――縄の跡。  あれから二週間経っているのだから、消えて当然だと思う。自分の中では一週間もすれば消えると知っている。  龍崎が、あれ以来何もしなかったのは、誰かがこの体に触れた痕跡を完全に消えるのを待っていたのかもしれない。なんだか申し訳ないと思えてきて、寅山は自分の体を抱きしめるようにして、うつむく。 「悪い。なんか、俺、ちいせぇな」 「そんなことない。だって……普通は、嫌だと思うし」  龍崎は、寅山の額にキスをする。  お互いの関係が一歩進んでしまったせいで、今まで気にならなかったことが気になるようになってしまう。でも、寅山自身も今までと同じではない。龍崎が変わったように、寅山だって心にも体にも変化があった。 「慎也」  前に進んで龍崎のスーツの胸元に頬を寄せる。 「笑われるかもしれないけど、僕、あんなにセックスが好きだったはずなのに、今はまったくその気にならないんだ」 「そうか」 「でも……」  寅山の両手が龍崎の首に絡まるように伸びて、その体を引き寄せる。 「慎也となら、したい。慎也とだけ、したいの」  龍崎の目は少しだけ驚きの色を浮かべる。 「だめ、かな……」  寅山の体に応じるように、龍崎の手が背中を抱く。 「だめじゃない」 「抱いてくれる?」  二人の唇が重なってキスが深くなる。それは、以前のように龍崎から奪うような噛みつくようなキスではない。お互いの舌が絡まって、触れたとこから溶けて、そのままひとつになってしまうような優しくて甘いキスで、求めあうキスだ。はぁ、と吐息を時折漏らしながら、キスで感じた寅山の体は力が抜け、窓に背中を預ける。  首筋から肩、胸にかけて、寅山の体を全部確かめるかのように、龍崎の唇が撫でていく。また、ちう、と音を立てて吸われては、舌でなぞられる。ん、と体をのけ反らせながら、龍崎の唇が寅山の体に紅い証を残してゆく。きっと背中にもあるであろう、龍崎の愛の証に、寅山は胸が躍る。 ――この愛の証は、誰にも見せたくない。  下着が引き下ろされ、露出したそれは、上を向いていて、先端にはいやらしい先走りの液を滲ませ、糸を引いている。その先端を龍崎は躊躇なくしゃぶりつく。 「はっ……ああっ、あ……ンッ」  さきほど弄られた胸の尖りも、愛撫されている寅山の雄も、こんなにも快楽に弱かったのかと錯覚しそうなほど、快感が一気に頭の先まで駆け上がる。体をびくびくと震わせ、膝をガクガクさせながら、寅山の前に跪いた龍崎の髪を掻きむしる。 「あっ……や、出ちゃ……う! もう……」  先端をじゅ、と吸われたかと思うと、導かれるように龍崎の口内に吐き出してしまった。汗ばんだ背中を窓に預け、はぁはぁと肩で息をして、もう一人では立ってはいられない。それでも、ゆらりと立ち上がり、口元を手の甲で拭いている龍崎の頬に、寅山は手を伸ばし、自分に引き寄せる。龍崎の唇にキスをして、そのまま舌でその口内をまんべんなく蹂躙し、青臭い雄の味をふき取るように舐めまわす。自分の精液の味なんて、とうの昔から知っている。ためらいもなく自分のいやらしい白濁を飲み干した龍崎を、早く綺麗にしたい。息を荒くしながら、自分の精液を残さず舐めて、自分の唇についた分まで指を使ってふき取り、その指を舐めしゃぶる。  その様を龍崎は目を細めながら見ている。もう龍崎の中の雄龍は、暴れる直前だ。自分のネクタイに首をかけながら、自らのスーツを脱いでいく龍崎は、会社の社長から、欲望みなぎる、ただの雄の姿へ変貌していく。 「優しくできなかったら……悪い」  そのギラギラとした目つきに、寅山はこのまま飲み込まれてきそうで、ぞくぞくする。同じく下着一枚になった龍崎は、寅山の両手を窓につけさせて、後ろを向かせた。そしてテーブルに置いてあったと思われる、ガラスの水さしのようなものを、背中にかけた。 「んっ……冷た……っ」 「我慢しろ」  それは常温で粘り気のある液体だったが、火照った体を冷やすには常温でも十分だった。龍崎は、ローションをホテルマンに用意させたのだろうか、その用意周到ぶりに、寅山の蕾は期待に溢れて、無意識にひくついてしまう。  背中から垂れていく液体を龍崎の指はなぞるように、双丘の割れ目に流していく。その割れた窪みをなぞり、蕾の入口に塗り足し、指先をくぷり、と挿れる。 「ん、ふっ……」  寅山の蕾は待ち構えてた指を食いつこうと、その入口をぱくぱくと引くつかせる。もっと増やしてほしい。もっと奥にきてほしい。意志を持った蕾が尻ごと、龍崎を誘う。 「こら、煽んな」  優しい声音でたしなめられながら、その唇は寅山の背中にキスをする。その背中の愛撫に呼応するように、寅山の蕾はきゅ、と締まり、それでも、指は、一本、二本、三本と増えていき、くちくちと水音を立てる。 「好き……早く、ほし……」 「奥、好きだよな、ここ?」 「んっ……あっ、好き、そこ好きぃ…」  自分よりも知り尽くしている龍崎の指が、その奥を捉える。さきほど吐き出したばかりの寅山の屹立が、再び頭をもたげてきて、より、確かなものが、そこに欲しくて体を揺らしてしまう。 「そんなに欲しいか、これが」  硬い先端が双丘の割れ目を、ぬるぬるとなぞる。 「それ…っ、ほしい、はやく…」 「ったく、馴らすまで我慢できねぇのかよ」 「待って、そのまま、して」  龍崎が自分から体を離した瞬間、寅山は龍崎が“準備”するのだろうとすぐわかった。いつも、無理させないようにしてくれるその準備を今日は、せめて今日だけはしないで欲しかった。 「無茶言うな」 「やだ、もうゴム1枚でも、邪魔されたくない。慎也を感じたい。慎也でいっぱいに、して」  体をねじって首を横に振り、背後にいる龍崎にすがるように頼む。今まで一度だって、直接挿れてくれたことがない。それが優しさだと言うかもしれないが、今日、わがままを言って許されるなら、龍崎に、中まで、全部、めいっぱい汚されたい。 「優しくしたいのに、なんでだよ」 「ごめん……でもっ、…ああっ!」  先端が蕾に触れたと思ったら、その切っ先は前触れもなく、蕾を割り開いていく。そして、ためらいもなく、寅山の内壁をえぐり、最奥まで貫いた。 「はは、何、おまえ。そんなによかったの」 「え……」  龍崎の荒れ狂った龍を腹に納めたまま、そっと視線を龍崎の見つめる先へ向けると、夜景の素晴らしい風景のガラスに、白い液体がべったりと張り付いていた。 「や……、これ、僕…」  いやらしい液を挿入と同時に吐き出してしまうなんて、はじめての事で、あまりの恥ずかしさに、顔へ熱が集まる。 「欲しかったんだもんなぁ。たっぷりやるから、味わえよ」 「あ、ああ、んあっ」  揺さぶるようにして龍崎の雄は、寅山のナカで抽挿を徐々に大きくしていく。引き抜かれそうになる刹那、寅山の体が欲しがって無意識に伸縮を繰り返していまい、そのたびに龍崎の小さな呻き声が漏れる。 「くっそ……! おまえ、なんなんだよ…ッ!」 「だって……好き、それ、好きなの…」 「もってかれるだろ、クソが……っ」 「まだ、もっと」  寅山の腰を抱え、龍崎の腰が、ぱん、ぱん、と打ち付ける音が響き、寅山の股を溢れたローションが伝い落ちていく。納めている龍は、うねりをあげて、寅山に快感を惜しみ無く与えている。もうこのまま押さえきれずに弾けて、寅山ごと壊してしまいそうな勢いだ。 「いい、あっ……、いいっ、やだ、イッちゃ…」 「中に出してやるから、全部、飲み込め」 「ちょうだい、だして…! あ、イク……イッてる…ッ、イッてるってばぁ…!」  まるで、寅山の奥は小爆発を繰り返すかのよう快楽の波が寄せては返し、また寄せている。終わりのないエクスタシーに、理性なんて捨てて、ただこのまま堕ちていきたい。でも、堕ちるなら、龍崎と一緒がいい。龍崎しか、いらない。もう誰もいらない。それしか考えられなくなって頭が真っ白になる。 「あっ……、んっ!」  勢いよく内壁に叩きつけられた、龍崎の精は、内側を溶かしてしまいそうなほど熱い。その射精は長く、龍崎ががくがくと震えながら、寅山の中にすべてを吐き出していることに、ただひたすらに幸せを感じた。 「くそ…、おさまん、ねぇわ…」 「うん、すごい……まだ硬い」 「つらくないか」  汗ばんだ寅山の背中を、龍崎が撫でる。まだ腰を穿ちたいのに、わずかに戻ってきた理性をかき集めて、まだ荒れている龍を引き抜き、寅山に優しく触れる。それはひたすらに甘く、そしていとおしい。  寅山は体をふらつかせながら、龍崎の腕にすがりつく。 「僕も、もっとしたい。龍崎の、もっとちょうだい」  太ももに、ローションとは違う、熱い、どろりとした確かなものが伝ってくる。一滴残らず、龍崎のすべてを自分の体に収めたいのに。  垂れてくるそれを寅山は自分の指でぬぐいとり、龍崎に見せつけるようにして、その指をしゃぶった。 「慎也の、美味しくて、好き。もっとここにちょうだい」  うっとりと自分の腹を撫でると、龍崎の目はさきほどの鋭さを取り戻したかのように見えた。 「優しくしたいって言ってんのに、おまえは」 「わかんない、だって……欲しいから、慎……ンッ!」  名前は最後まで言わせてもらえなかった。龍崎は、寅山の腕を引き、そのままベッドに捨てるように手を離す。そして倒れこんだ寅山に覆い被さると、両足を掴んで、肩にのせ、自らの腰を深く、押し込んだ。 「ああっ、すご…いっ……」 「おまえの中、ぐっちゃぐちゃだ。ぬるぬるでたまんねぇな」 「気持ちい……いや、おかしくなるっ…!」 「もっと狂えよ。俺が狂わしてやる」  龍崎の手が寅山の中心を掴んで扱きながら、腰を激しく穿つと、寅山は叫び声に近い矯声をあげ、首を横に振った。 「や、だめ……! 本当に、壊れ、ちゃ……好き! だめっ」 「おまえ、最高に、いいぜ。好きだ」 「好き、好き……! 慎也、好きぃ……」  快楽だけのセックスは数えきれないほどした。何人もの男の肉棒を、この体に納めただろう。快楽は嫌なことを忘れさせてくれても、心を満たしてくれることはなかった。自分という存在を求めてくれて、大切にしてくれて、ひとつになろうとしてくれる。そんな意味があるセックスなんて、したことがなかった。  さんざん精液を吐き出し、寅山の体を汚した男たちは、そのまま何事もなく帰っていく。汚れた体は自分で洗うもので、また、きれいに戻すのも自分の役目だった。そんな肉便器に感情など必要なかった。    何度も体を繋げて、汗と体液で汚れた寅山の体を、自分が汚れるのも顧みず、龍崎は抱き締めてくれた。汚したくないから、離れようとするのに、より強く引き寄せられて、逃がしてくれない。  あんなに激しいセックスのあと、こんな風に体を寄せて、何をすればいいのか、わからない。戸惑う寅山に、龍崎は何度もキスをくれた。どうしよう。こんなに好きになってしまって、離れられなくなってしまったら、龍崎のいない世界なんて考えられなくなってしまうのが怖い。幸せになればなるだけ、不安になる。誰かに幸せにしてもらうことの怖さを、みんなどうして乗り越えているのだろう。  急に怖くなった自分を、龍崎は腕の中にとじこめて、耳元で囁いた。 「おまえは俺のことだけ考えていればいい。俺に抱かれることだけ考えてろ」  またそうやって、欲しいときに嬉しい言葉を言う。ああ、そうだった。龍崎は、自分のことなら、なんでも知ってるんだった、と思い出して、頬を緩ませてしまうのだ。  僕は幸せになってもいいのかな。  その答えは、きっとこれから先、龍崎が出してくれるはずだ。

ともだちにシェアしよう!