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まあるい気持ち【瑠生】1

世界は秘密で溢れている。誰にも言えない胸の内に鍵を掛け、静かに携えている。 誰もいない放課後、教室でサッカーボールを転がしていた。軽くリフティングを数回やるも、上履きでは上手く場所が定まらず、ボールはコロコロと教室の端へ行ってしまった。 回転を止めたボールをつま先で蹴りあげる。キャッチした矢先に声を掛けられた。 「何してんの?」 「何って…………なんだろうな」 同じクラスの大崎は俺より背が高い。小柄な俺に比べれば、サッカーでは遥かに有益な身体を持っていた。 どうやら彼は忘れ物を取りに来たようで、机の中を探している。 「宮下はサッカー部じゃなかったっけ?」 直ぐに去る思っていた大男は、こちらへ質問を投げかけた。しかも嫌なことを聞いてくる。 「……だった。先月辞めた」 「ふうん。そうなんだ」 だからって、大崎は疑問を持たない。俺は内心ホッとした。 大崎は知らないのだ。俺は、この学校でサッカーをするために、中学時代は有名なチームのユースでがむしゃらに進んできたことを。遊びもせず、ひたすら練習に明け暮れ、周りの評価とチームの成績に一喜一憂していた。 スカウトで入学したサッカー強豪校では、俺は並居る上級生を押さえ、レギュラーに入りを果たした。何も無ければ、このまま卒業を迎える予定だった。花咲く未来に期待を膨らませていた。 「怪我、治ったんだね。長いこと松葉杖ついてたでしょ」 「え、まあ……」 騙し騙し続けていた膝の痛みが、ここにきて無視できないものになっていた。手術しなければサッカーはおろか歩くことさえ困難になると医者に宣告された。監督はゆっくり療養して復帰することを勧めてきたが、休んでいれば俺の居場所は無い。完治しても、今以上に努力しなければ、元居た位置に戻ることは不可能だった。 日常生活を送るには支障なく怪我は回復するも、サッカーに注ぐ情熱が萎んだ風船のように小さくなる。やるだけやれば報われた世界に見放された。勢いのあった鷲が戦意を失うみたいに、地上で微動だにできなくなった。 それからは、転がるように転落した。退部してから2ヶ月経っても、ぽっかり空いた胸はそのまま埋まることはない。ボールを追いかけ、何人も抜いた記憶さえ薄れていく。あれだけやったサッカーは俺の何だったのか。 「あのさ、この後予定ある?良かったら、ラーメン食いに行かない?」 関わることの無い大崎からの急な提案に驚く。正直『大崎』という名前は辛うじて覚えていたものの、彼のパーソナルは知らないのだ。 「ラーメン?」 「そ、ラーメン。俺ん家ラーメン屋なんだ」 口角が上がった大崎の笑顔は、とてもいいな、と思った。

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