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第41話
それまで思ってた事がするりと言葉に出てきた。こうして抱きしめられて、伊織の顔を見てないからかもしれない。
「俺さ、大人しくて清楚で家庭的な女と結婚したわけよ」
「うん」
「結婚した時はとても幸せだったし、これからの事を考えると色々と楽しかった。けど、俺はずっと元嫁に裏切られてたんだ。あいつさ……俺のいないとこで浮気してて、しかも相手が俺の元会社の上司。笑えるだろ?」
よくある話だ。これが離婚の原因だったら世の中もっと不幸な離婚原因も多いだろうが、俺にとってはとても耐えがたい事だった。
そんな俺の話を伊織は黙って聞いてくれた。
「しかも続きあるんだぜ。実は元嫁が本当に好きなのはその上司で、その上司は家庭が普通にある。俺との結婚は仕方なしだったみたいだ。それを知った時ショックで、離婚を決意したけど、それだけだと毎回上司と顔も合わせる事になる。上司も俺と嫁の離婚原因を知ってて気まずそうだったしな」
だから会社を辞めた。上司の家庭は大学生になったばかりの息子二人と、上司の立場が工場長だったってのもある。だから平社員である俺の方が会社的にもいなくなってくれても構わなかったんだ。
俺の退職はすんなり受理された。大した額じゃない退職金と共に、俺は会社を辞めた。上司は複雑そうな顔をしながらも、どこかホッとしている顔をしていた。
「馬鹿みたいだろ?夫婦間のもつれで会社まで辞めてこっちに帰って来るって……」
「辛かったんだね。よく、頑張ったね。コウちゃん……」
思いがけない言葉に俺はポカンと口を開けてしまった。
「でもお前、俺が離婚して嬉しかったって言ってたよな?」
「それは本音。だけどそんな辛い思いしてたなんて知らなかったよ。コウちゃんはよく頑張ったよ。言ってくれてありがとう」
なんだろうな。伊織の言葉を聞いてすごく安心した。安心と同時に、俺の涙腺が決壊し、歳甲斐にもなくポロポロと涙が流れ出した。
「うわっ……!情けねぇな。何泣いてるんだ?」
「泣いてもいいんだよ。ずっと泣きたくても泣ける場所がコウちゃんにはなかったんだし」
そう言って伊織はぎゅっと俺を抱きしめてくれた。俺も俺で伊織にしがみついて泣いた。ホント、これじゃどっちが大人で子供なのかわからない。伊織はずっと俺の頭や背中をポンポンと叩きあやしてくれる。それがまた俺の涙腺を刺激した。
涙もようやく収まりかけた時、伊織は俺と向き合った。
「コウちゃん。大丈夫だよ。俺はコウちゃんを捨てないし、ずっとコウちゃんの傍にいる。飽きる事なんてないよ。ずっと、十年も片思いしてたんだよ。いまさらだと思うし」
「伊織……」
「ねぇ、今は信じられなくても、いつかは俺の事信じられるって言ってくれたら俺はそれだけで十分だよ。だからね。これからもずっと一緒にいようね」
なんだかプロポーズされた気がする。けど嬉しかった。十年もこいつは俺を待ってくれていた。ならこれからもずっと俺を好きでいてくれるんじゃないのか。そんな気がした。
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