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片想い男子 弘
片想い男子 弘
どうしよう、どうしよう、どうしよう!!
とにかく動揺する頭に浮かぶのは「どうしよう!」それだけだった。
何の事だかわからないけど、幼馴染の茂に「協力してやるからな」と言われたのが昨日。
今日は全部活が休みでいつもより帰宅が早い。教室にはまだまばらに人が残り、これからの今日の予定を相談してたりする。
茂に「今日の放課後ゲームやろうぜ」と言われ、「いいよ」と気楽に返事をしたのが今朝。内容が「最近はBLが流行ってるらしい! BでLして女子受けを良くしようゲーム」と告げられたのがさっき。
「聞いてない」と拒否したけど茂に「のっとけ」ってこっそり脅されてしぶしぶ了承した。参加したのは良く一緒にいる茂、武と京、それからどういう繋がりなのかわかんないけど、あんまりこういう時には一緒に遊ばないやつ3人と僕の7人。どうやら内容を知らなかったのは僕だけみたいで、小テストで一番点の良かった人がクジの内容を書いて、その他の人がペア組んでクジを引いてお題をクリアする、ということらしい。
正直ゲームの名前を聞いた時点で眩暈がしそうだった。女子受けって言うけど僕が好きなのは男で、京で…。嬉しいけど、嬉しくない。嬉しくないけど、嬉しい。
順に相手を決めながらクジを引きお題を開いていく。最後に残ったのは僕と京の2人。
協力ってこれかよ! と泣いて逃げ出したい気持ちで引いてあったクジを開く。場所を引いたのは僕、行動は京。今まで出た場所は「教室」と「校庭隅の桜の木の下」、行動は「壁ドン・顎クイ」と「膝枕」。多分そんなにおかしいのは入ってないはず。
そう思って開いた紙には「電車」…電車!?びっくりする僕に、同じくびっくりした京が開いたクジの紙を差し出す。書いてあったのは「キス」。よりによって――、電車でキス! どうせだったら、教室とか、桜の木の下でキスしたかった。…いや、違うだろ!
自分で自分にツッコみしながら、動揺のあまり思考がまとまらない。そもそも、電車でキスって…無理だろ!
「弘と京って引き強いな…。二人とも俺が書いた中で一番すごいの引いてるよ。他にあったの廊下とか、体育館裏とか自分の部屋だよ。やることだって、ハグとか手繋ぎだったのに…」
お題提出にまわった茂が、感心したように言う。
「いやいや、電車でキスはダメだろ! 無理、他にあるならそれと変更しよう!」
「ダーメ。それじゃフェアじゃないだろ」
「大丈夫、見えないように隠してやるから!」
訴える僕に、みんでな好き勝手言う。アワアワする僕を京が一蹴する。
「クジだから公正だろ。俺はやるぞ」
そんな所で男らしさ出さなくてもいいんだって! でも、京に一睨みされたら「うん」しか言えなくなる。
どこがとか、何でとか、言葉で説明できる理由は無かった。例えば、僕が落ち込んでる時は少し声が優しくなる、持久走で苦しい時「がんばれよ」って背中を押してくれる、体調の悪い時は少しだけ歩くのを遅くして待ってくれる、いつも少しだけ京は優しい。それは僕にだけじゃなくて、妹が風邪をひいた日は早くに帰るし、文句を言いながらも先生の手伝いもするし、誰にでも向けられる優しさだ。
それでも優しさに気づいてしまったら、だんだん目が離せなくなった。僕より身体も大きくて声変わりも終わってるけど、悪ぶってるのは照れ隠しだとか、思い切り笑った笑顔とか、寂しい時にはすぐ拗ねるとか、年相応の当たり前のことまで良く見えてきた。
全部は「少し」。少しの積み重ねでいつの間にか好きになってた。
それでも最初は友達として好きなんだと思ってた。だけど友達ってこんなに会いたいもの? 目が合ったら落ち着かなくなるもの? 寝る前に顔を思い出したりする?
一人で抱えるうちにどんどん気持ちは大きくなって「もうダメだ」と、恋に落ちてるって自覚した。
自分の反応はいちいち少女漫画の恋する乙女のそれで、隠しきれてるとは思ってなかった。だけど京の態度は変わらなかったし、友達の茂や武の態度も変わらなかった。
なのに、今日突然、こんなことになってるなんて…。
「まずは、教室で壁ドンからの顎クイな。えーと、どこでやる?」
僕は緊張と混乱で倒れそうだって言うのに、自分はお題を逃れている茂はあくまで楽しそうだ。
みんなでワイワイと「イヤダ」だの「恥ずかしい」だの言いながら丁度いい場所を選ぶ。される側は武、する側はいつもはこういう悪乗りには参加しない山田だ。
「いや…マジこれ、やると思うと恥いな…」
武は壁を背に落ち着かなげだ。教室の中残ってる奴らはなんだ? と遠巻きに見ている。
「ま、お題だからな」
言うと、山田が武を更に壁際に追い詰めた。
「悪く思うなよ」
山田が壁に手を着くと武が半分隠れた。
「…っ」
武が息を飲んだ気配がした。されてるのは自分じゃないのに、緊張が走る。
斜め後ろ側から「キャァ~」と女子の歓声が聞こえた。
しばらくすると、武が「やっ…べぇ…」とつぶやいてしゃがみ込んだ。そこに立ったままの山田も「やべえな…」と同意する。
「お前はいいだろぉぉ~! やってる側なんだからっ」
「いや…する側もかなりヤバイ…恥ずかしくて爆発する…」
「こっちは、ホントに恥ずか死ねるわ! もう…なんで初壁ドンが山田にされてるんだよぉぉぉ。俺が女子にやりたかったぁぁ」
罵り合いながらも、二人とも耳まで真っ赤だ。
「まぁ、いいじゃん? 目的の女子受けは出来てたよ」
自分だけは安全圏の茂が笑顔で言った。
それから、全校の誰が見ているかもわからない校庭の桜の木の下で膝枕を披露して、その後はやっぱり「ヤバイ」を連呼した。そのまま最後のお題を達成するべく駅に向かう。
いつもはさりげなく京の隣をキープして歩くのだけれど、今は無理だ。顔を見るのも並ぶ事も出来そうにない。京も気まずいのか、ワイワイと騒ぐ仲間に入らず黙って歩いている。
僕の歩いてる場所は一番後ろ、このままこっそり逃げてもいいんじゃないか? そう思うけれど、京にキスできるなら何でもいいって思ってる自分もいる。緊張と混乱でぐるぐるしていると、武がそっと寄ってきた。
「だいじょぶ? 行けそう?」
心配そうな声に、とても大丈夫な気分ではなかったけど、大丈夫と答える。
「正直さ、俺は女子が騒ぐ壁ドンとか顎クイとかそんな騒ぐ程? って思ってたんだよね」
けどさ…と、更に声を潜める。
「あれ、ヤバイわ…。俺、山田と身長大差無いのに圧迫感すげえ。心臓飛び出るかと思った」
「そんなヤバいの?」
仄かに顔を赤くする武に聞くと、
「ヤバイ。全然抵抗できる気がしない…。流される感ハンパない…。あのまま来られてたらあそこで公開初キッスしちゃってた…」
そんなに!?驚く僕に、焦って武が謝る。
「あ、ごめん。失言…」
「ううん。大丈夫」
「弘、初めてだよな?」
何を、と言わずに武が聞く。僕はこくんと頷いた。
「いいの? 大丈夫? 言い出したの俺達だけどさ…、今なら間に合うし止めてやろうか?」
武の言葉に、緊張で冷たくなった手をぎゅっと握って決意する。
「大丈夫、やる。…あのさ、ここのみんな、知ってるってことだよね?」
ゲームを始めてから気になっていた事を聞いた。
「弘が、好きな事? …うん、ここのやつらはみんな気付いてる」
そして、一番気になっている事を聞いた。
「京も?」
「京は知らない、他の奴らだけ。遠回しに探ってみたけど、京は何も気付いてないみたい」
あんなにわかりやすいのにな…と、恥ずかしい事この上ない事を言われる。
僕ってやっぱりそんなにわかりやすかったんだなぁ。でも京が気付いてないって、脈が無いってことだよな。少しほっとして、少し残念で…複雑な気持ち。
少し落ち込む僕に、あわてて武が続ける。
「面白がってるわけじゃねーよ? 京もまんざらでもないと思うんだよ」
「そんな事思ってないよ。協力してくれてるんでしょ」
昨日茂の言った「協力してやる」を思い出して言う。
「うん、まぁ…。余計な事だと思うけどさ…見てられないっつーか、何とかしてやりたくなっちゃったんだよな」
「うん。…ありがと。✕ゲーム、みんながやってるのもガチでしょ?」
「まぁね。お前らだけじゃフェアじゃないし、俺達女子受け欲しいからな。俺らもちょっとBでLしてみたわけよ」
そっぽを向いてちょっと照れたように言う。女子受けなんて言い訳で、本当は僕らだけ恥ずかしい思いをしないように気遣ってくれたんだな、と気付いた。みんな、本当に優しい。
…いや、一人だけイイトコ取りしてる奴がいた。茂以外、みんな優しい。
駅に付くと単線のいつもより早い時間のせいか、目立つのは同じ学校の生徒ばかりだった。しばらく待って到着した電車の、人の少ない車両を選んでみんなでぞろぞろと乗り込む。電車の中もいつもよりは大分人が少ない。
茂たちは車内を見渡し、本を読む女性の前を通り過ぎて、奥の連結部分を背にする場所を選んだ。過ぎた緊張で頭がクラクラして現実感がないのに、心臓は破裂しそうに高鳴っている。
それまで離れた場所にいた京がいつの間にか隣に立っている。
「緊張してる?」
移動する茂たちの後ろ、小さな声で京が聞いてきた。うん、とも、ううんとも言えずにただ小さく頷いた。
「ま、大丈夫。任せとけ」
また頷いたけれど、一体何が大丈夫なのか、何を任せるのか…、混乱した頭では何も考えられない。
「ほら、こっち来いよ」
茂に呼ばれると、背中がとんと軽く押された。
「いこ?」
振り向くと見慣れた京の笑顔。あぁ、好きだなと思う。それだけで、今までの混乱はなんだったんだと思う程落ち着いた。
僕は、京が好き。
そう思うとキス出来るのは、ゲームでも何でも幸運なんだと思った。もう京とキスするチャンスなんて来ないかもしれない。
緊張で冷たくなった手に血が通って痺れたような感覚になる。手を繋ぎたくなって先を歩く京の手に指先だけ触れると、そっと握り返される。それだけで、涙が出そうになって、ぐっとこらえた。
最奥に、茂たちに囲まれ京に守られて立つ。僕の視線からだと周りを囲んだ茂たちの背中と京しか見えず、外側と隔てられ二人だけのような感じすらする。変わらず心臓はバクバクしているけれど、京が繋いでくた指先からあたたかい何かが流れ込んで、気持ちは不思議な程に落ち着いている。
「準備OK。いつでもいいよ」
そう言いって茂たちは皆背を向けて見ないふりをしている。指先だけ繋いでいた手が動いて、しっかりと手を繋がれた。
うっわ…! これ、恋人繋ぎ…!!!
バクンと一際心臓が強く鳴った。かあっと頬に血がのぼるのを感じた。今までよりも、今はもっと赤い顔をしているに違いない。
京が、連結に続くドア横の高い位置に繋いでいない方の手を突くと、僕からは完全に京以外が見えなくなって、思わず京の顔を見上げた。
これって、壁ドン…だよね…。武の「ヤバイ」という言葉が頭の中に響く。
京の顔から目が離せない。音が遠くなって、電車連結部のガタガタとという振動だけが響く。
「………て」
京が何かを言ったけれど、よく聞こえない。聞こえないことに気づいたのか、少し背を屈めて、もう一度京が言った。
「手、繋いだまましたい。顔、あげて」
心臓はバクバクだし、もう、何もわからない。
京の言うままに京に向けて顎を上げる。とてもじゃないけど目を開けていられなくて、ぎゅっと瞼を閉じた。
すぐ、かと思ったのに、そのまま、目を閉じて待つ。
あれ? まだ? …やっぱ、嫌?
少し不安になる。繋いだ手をぎゅっとにぎられ、驚いて身じろぎすると、京の気配が近づいた。
と思った瞬間、電車が大きくガタンと揺れ、唇に激痛。思わず「いった…」と声が漏れると、顔が離れる気配がして焦った様な京の声がした。
「ごめん…。痛かったよな?」
え…、今ので…? ? そんな…と残念な気持ちで京を見ると、もう一度唇が降りて来る。
今度は、目をつぶる暇もなかった。
ふにゅっと柔らかくてあたたかいの唇の感触。そのまま少しずれて、今ぶつかったばかりの下唇を、唇で柔らかく噛んで離れた。
少しみたいで、永遠みたいな時間。
泣いたらダメだ…と思ったけれど、涙はあっという間に溢れてきた。
もう、京の顔が見れない。
嬉しいとか、嬉しくないとか、そんな事もよくわからなくて、ただ僕の全部が京のものになったような気がする。
幸せ、それが一番近いのかも…。
幸せで涙が出るなんて、あるんだなぁとどこか遠く考える。
涙だけなら顔を上げなければ誤魔化せるかもしれないのに、鼻水も出てきてこんなの、泣いてるってバレちゃうじゃんと思いながら、仕方なし啜り上げる。ほんと恰好悪い…。
そう思うと同時に、京も呟いた。
「…俺、ほんとかっこつかねーな…」
すいと、繋いだ手を引かれて上半身だけ京と近づく。
そんな事ない、と言いたいけれど声は出なかった。ただ、ふるふると頭をふって「かっこ悪くない」と伝える。
「痛かった? ごめんな…」
いつもと同じに優しくて、でも少し違う、聞いたことのない京の声。
申し訳なさげにコツンと額を僕の額に寄せる。僕は必死で声を絞り出した。
「ううん、大丈夫…ごめんね?」
あんまり言うともっと涙が出て来そうで、それしか言えなかった。
僕の方が全部京に頼りきりで、僕が好きなのに京にキスさせて…。京、本当にありがとう。
涙が止められなくて、そんな顔見られたくなくて、手を放そうとしたけど離してもらえない。仕方なし京の肩で顔を隠す。不思議なものでそうしていると涙も落ち着いて、切ないような幸福感だけになる。
今度は自然と顔がにやけて来る。「うん、もう大丈夫」そう思うと、京の肩から顔を上げる。繋いでない方の手で、涙と鼻水を拭いた。
「京、鼻水ついちゃったかも…ごめんね?」
気まずさを吹き飛ばせるよう、わざと明るく言った。
「…んなの、いいよ」
京と視線が合って二人で笑う。
京は珍しく顔を真っ赤にして拗ねたみたいな変な顔をしているし、多分僕は泣いたばかりだし鼻水啜ったし、もっと変な顔をしてるんだろう。
ちらりと様子を探る茂が視界の端に映り「大丈夫!」と笑ってみせた。
電車は直ぐに僕らの降りる駅に着く。
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