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第8話
「昼間から悪いな。俺も昇進だが、コイツも昇進したことだし、ジュースの一つでもついでやってくれねぇか」
ホステスたちは始業前でも快く店内に案内してくれる。鴬にはありがた迷惑としか思えない。
「ノンアルになるけどいい?」というホステスの問いに、仁作が了承の返事をする。
(仁作まで、爺さんのように僕をいつまでも子供扱いするなんてこと……ないよね?)
テーブルに仁作と鴬。その周りに仁作目当てのキャバ嬢が、今度こそと詰め寄る。
すると、後ろから極悪な雰囲気を纏った男が来店したようだ。ボーイがしどろもどろの案内で、店内が若干凍りついた。
そもそもまだこの時間は始業前のはずの店だ。店内に関係者以外が来店してくる神経の持ち主は鴬の知る限り、アイツくらいだ。
「おうおうおうおう。自分んとこのシマだからって、始業前にそんな特権使っちまって良いのかぁ?」
鴬と仁作はこの声の主を知っている。とくに、鴬は声の主が大嫌いだ。それは互いに同意するだろうと分かるくらいに犬猿の仲である。
「剛。お前も始業前どころか、他所の組のシマに無断で立ち行ってる無神経さは相変わらずだな」
どっかりとキャバ嬢の隣に座り込んだ剛。仁作と然程変わらない体格で、憎さ倍増だ。
「なぁに今更じゃねぇか仁作。今日はお前が若頭に就任したって風の噂を聞きつけて来たんだよ」
「ネェちゃん、此処の一番高ぇの、今は始業前で開けられんだろうから、今度コイツが来たら開けてやってくれ。昇格祝いだ」剛が鴬を蔑ろにしていう。
「なんだ、気前がいいな」
「なんだとはなんだ。俺は前から気前がいい。と、そんなことより、俺もつい最近、お前と同じポストについたんだぜ」
「おお!! 剛もか!!」
「俺はもともと獅子王の爺さんの跡取りだからよ」
鴬が剛に白い目を向け、仁作を暗に持ち上げる。「じゃあ、仁作と違って、将来のポストが約束されてたんじゃない。別におめでたいとかなくない? それに同級生ってんなら、就任時期が被るのも頷けるし」。
常盤組の家系図でいえば、仁作は養子縁組を組んでいるとはいえ、血の繋がらない兄弟だ。一方、獅子王組の剛は鴬と同じく直系の孫である。血の繋がった直系の孫が若頭に就任するのは想像に難くない。
そして、獅子王組といえば、「実力至上主義」で有名だ。くわえて、絶対的な縦社会を形成しており、あそこだけ国籍が違うかのように治安が悪い。「実力」と「縦社会」という相反する2つが混在しているため、成り上がることは難しい上に、実力のないものはあっという間に切り捨てられる。
故に、獅子王組の内部で暴力沙汰は日常茶飯事だ。
そのボヤを揉み消せるだけの大所帯で、獅子王組を筆頭としたピラミッドは常盤組より遥かに巨大である。
だからこそ、巨大にする必要があったのだが、今では数多の組が獅子王の傘下に入っているので、小さなボヤくらいではトップは中々現れない氷山の一角を作り上げている。
警察側からするなら、蜥蜴の尻尾取り程度にかならないため、「厄介者」として獅子王組に関連するチンピラ共を検挙していることだろう。
まさに一昔前の極道の正統派を行く「常盤組」と、現代の極道の正統派を行く「獅子王組」とに二極化している。
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