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第10話

  剛は足を組み直して、タバコを蒸し始める。 「……それに、知識は武器になります。下手な鉄砲使いに貴重な弾を一発でも与える方が愚の骨頂です。ただ、それだけ。獅子王組の若頭なら、分かってくれますよね? 現にウチのシマで頻繁に遭遇するってことは、多少は頭を使って此処に来られているでしょうし? まさか連絡を取り合って、仁作と待ち合わせしているなんて有り得ないでしょう? ——偶然がそう何回もあってたまるかってことですよ」  「ホント、ここら地域の人らも怖がるんで、管轄外の極道もんは来ないでくださいよ」と鴬は見下ろされる事を甘受して、尚も下から見上げた。わかり切った虚勢であっても、仁作を離さんとする輩に対しては、断固拒否する姿勢を取り続けなければならない。 「ガキのくせして、調子ぶっこいとるなぁ」 「仮にも本部長に任命されたんですから、それだけの能力と頭を買われたって事ですかね?」  互いに鋭利な視線で交戦的に睨み合う。周りのキャバ嬢も火花を散らされて、完全に萎縮してしまっている。  「剛さん、アンタの目つきは人殺しの目つきしとるわ。お姉さんたちのためにも、凶悪なその眼を取り換えてくださいよ」と鴬はいう。  そこでトイレから戻ってきた仁作が、定位置に着こうとして立ち止まる。目線の先には、仁作が座っていた場所に剛が座っている。 「お前ら、いつも俺がいないところで仲良くするよな」  「それはない」阿吽の呼吸で返事を繰り出した2人に、仁作は疑いの目を晴らすことはなかった。 「あーあー、これ以上コイツと仲良ぅ思われんのは嫌やし、帰るわ! 仁作、今度ここでキープした酒一緒に飲もうな」 「ああ」 「それと」  鴬の胸倉を掴み引き寄せ「お前の目論みが俺ら獅子王組なら受けて立つが、仁作の面潰すような裏切りしてみろ? ——殺すぞ」とガン飛ばした後に口角をくい、とあげた。  それから「ほいじゃ」掌をひらひらとさせて去っていく。    仁作には聞こえなかったのかもしれないが、2人がピリついた空気だったことは察してくれたらしい。  頑然と身構える鴬に、多少の震えが伴っていた。 「——喧嘩なら、俺に相談しろ。お前と剛じゃ分が悪過ぎるだろ」  鴬は小さい頃からメリハリのある男だと、シマのカタギを始めとるす人間に言われて育った。剛と二人きりになった途端に見せた豹変ぶりもそのひとつである。 「……う、うん。ありがとう、すごく、怖かったよ……」  仁作にはんなりとひっついて、顔を隠す。ついでに、付近にいたキャバ嬢らは呆気にとられているだろう。しかし鴬が八方美人を存分に使っていたところで、社交辞令や忖度でキャバ嬢たちの言葉を呑み込ませ、鴬を守る。 「ったく、剛も何で七個も下の子に兄弟喧嘩のような目を向けてんだか」 (いやいや、兄弟喧嘩で済むような目はしてないでしょ。どっちかって言うと、殺人犯の目だから)  やはり、ここに居る限り、兄弟の一人としか捉えてもらえない。仁作の胸に隠した素顔は、徐々に陰りに支配されていく。暗澹(あんたん)たる空模様のように。

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