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第11話「比翼連理」——常盤仁作——

 仁作が若頭、鴬が本部長に任命されてから2年が経過した。より専門的な契約書に目を通す仁作に少しの成長が窺える。  中層階の部屋にで人暮らしをしている状態は変わらず、「っだぁー。やっぱ、デスクワーク向いてねぇわ。頭痛い」と書類を卓上に叩きつける。 「ふふ、仁作は未だに文字の羅列が嫌いだね」 「2年前の就任した時から何も変わってねぇな。情けねぇ話だ」 「そんなことないよ! より細かいところまで理解できるようになったじゃん!」  そういって、鴬はマグカップを片手に卓上に置く。「一旦休憩にしよう?」。  淹れられた珈琲を眺めながら、立場が完全に逆転している事を如実に痛感せざるを得ない。それどころか、直系の家系に生まれた鴬が、こうして甲斐甲斐しく仁作の世話を焼いている器の広さに感銘する。  仁作が鴬のお茶を用意していた頃が酷く懐かしく、遠い昔のように感じてしまう。きっと、若頭という役職の重責に圧迫されているからに違いない。  書類の一つもロクに見ることができず、幹部の人間や鴬に指南を受ける日々。本部長である前に、ピチピチの高校2年生に教わる24歳の大男——恥も外聞もプライドも、此処へ拾われた時から毛頭ないはずだった。  だが、仁作にはそれを邪魔する邪な恋慕がここ数年で肥大化させている。それはもう、一緒に住んでいるのが辛いと思うほどに。  仁作は珈琲を啜って、恋慕の甘さを打ち消す。自然と口に含むカフェインの量が多くなる。 (俺の2年はほとんど成長してねぇのに、鴬の2年は違う。役職を貰ってから、俺の知らないところで動くことも増えた。何より、可愛いだけの鴬じゃなくなったことが大きい)  凛々しさを兼ね揃えた鴬に眉目秀麗と言えば、常盤の人間は納得するだろう。だが、背丈の伸び代はあまりないので、可愛らしさも残した完全なる二面性の出来上がりだ。  そうして、鴬の事を考えると珈琲を啜るのも頻発して、早々とマグカップの珈琲を空にしてしまう。苦味が好きになったのは言うまでもなく、鴬のせいだ。 「……」 (軽率に好きだと言えたら、この危ない二人暮らしを再検討できたかもしれねぇな)  兄貴たちよりも遥かに同じ時間の中で過ごす(現在進行形で)日々に、勇気は奥底で停滞してうじうじとしている。だが、一方で男の部分が我先にと、表に出ようと仁作の(あずか)り知らないところでふつふつと噴火活動の準備をしているのが、珈琲の飲む速度で教えてくる。   何かの機会があれば、いつでも噴火できるぞ、と。 「はぁ。24にもなって高校生に指南を受けるなんてなぁー。俺、全然現場でいいんだけど。今でも思うんだよ。俺が若頭になったのは、俺を拾ってくれた桔平さんの指示だったから、というのもあるけど、トップに立てば世話になった兄弟たちにも恩が返せると思った。……俺が思うより甘かなかったけど。俺ができることなんて、皆のために体を張ることくらいだし」  卓上に所狭しと仁作のプレッシャーの種が散らばっている。 「……仁作。書類、もっと頑張ってみようよ」 「俺より周りの人間の方が速いし、効率的だろ? 会長にどうにかならんか聞いてこようかなぁ。俺の影武者を誰にかにやらせるべきだって。それこそ、お前が適任じゃないか。」  「鴬が俺に指示を出す。それで、俺は鴬の指示通りにぶちのめす。その方が俺らしい」拳を突き上げ、以前よりも機敏さに欠けていて、さらに青息吐息がでた。 「それは……。僕も一瞬考えたけど。でも、今でも若頭が大怪我をすることは効率的じゃない。外部には若頭が怪我した、とだけ映るんだから、周りの組に舐められる。それが原因で不必要な抗争問題に勃発されたら、それこそ、地域と密接に関わってるウチにとっては信用問題にまで発展する恐れがある」 「……珈琲、もう一杯淹れてくる」

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