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第32話「逆鱗」——常盤仁作——
仁作は女性を背にチンピラたちと対峙している最中、「カタギが何の用じゃ」と心外な言葉を受けた。
「おい、コイツのスーツ、ビジネススーツにしちゃちぃと派手すぎる。もしかしたら、同業者かもしれん」
ひとりが上から下まで舐めるように品定めした後、隣の構成員に警戒を張らせる。それから背に隠したはずの女性とアイコンタクトを取っている。
仲間でなければそのようなサインはしない。
訝しく思った仁作は、ふり返り女性を見た。
「あ、アンタたち! この方は常盤組の若頭、仁作さんよ!!」
(あ、この人)
女性の張った声に驚き、「失礼しやした!! 旦那!!」と敵意丸出しの瞳から一変した。
「うちのモンがすみませんでした! 私、周りの人に迷惑ならんようにガン飛ばすなって叱ってたんですの」
「そうだったんですね。それは邪魔しました。天音さん?」
「あら……お話は既に上がっていらしたのですね」
写真で見た通りの気丈夫溢れる女性だ。強かさの欠片も感じない。遊馬組のひとり娘が頭を簡単に下げる。
「こちらも人様のシマに立ち入ってしまって……」
これには仁作も返す言葉がない。
「此処の活気は目を見張るものがあるとお噂を聞いてまして、気になってたんです。うちとは違う経営方針で何より地域に寄り添ってるゆえの信頼、ですかね。皆さんウチの柄の悪いモンにも臆せず話すものですから素晴らしいですわ」
「そう言っていただけて嬉しいです」
「……正直、羨ましいですわ。野蛮な人しかいない遊馬には、気を張り続けていないと、こちらが食われてしまいますので」
「お嬢。そんなこと言わんとってくださいよー」
「お黙り」
苦々しく笑って愛想笑いをして見せるが、仁作には不慣れで苦痛に感じた。
天音の三下らは「優しい姐さんの気持ちを汲むつもりで、合コンだけでも参加してやってくんねぇですか」と眉尻を下げた。
それに感化されて「そうですね」と返答してしまった。
「若、こちらにいらしたんですね」鴬の声で油のささっていないブリキの木樵 のように、がちんと固まって思うように動かなくなる。
「あら、こちらは部下の方かしら?」
整然したままの鴬は、表情ひとつ変えずに歩み寄って「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません、天音さん」とプロフィールも網羅した状態で社交辞令の笑みを見せた。
「まぁ! うちをご存知で?」
「ええ、お噂はかねがね伺っておりますよ」
「……そうなのですね」
天音の表情に陰りが発現するも、ふたりの間に不穏な空気を纏い始めたことに動揺する。もしかしたら、見合いの話も既知のことなのかもしれないのだ。
底知れぬ不安は、それを内緒にしたことを罪だと自覚しているからに他ならない。
それに付随するように鴬はいう。「お見合いの日取りを直接話し合っておられるところ、申し訳ありません。若に少し急ぎの連絡がございまして、話の腰を折った次第です」。
(全部バレてた!!)
鴬にも愛想笑いを繰り出す。これでどうにかなるわけがないのだが、せずにはいられなかった。
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