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第34話

 三下らは頭の言い得ぬ空気に困惑する。「……おい、どうする」と顔を見合わせる次第だ。 「これ以上はお前らが困るんじゃなくて、そこのお嬢? が困るんじゃない? この縁談、破談になるよ?」  クスクスと軽侮の眼差しで仁作の脇から顔を覗かせる鴬は、さらに口車へと乗せていく。「しかも、お前ら……いや、僕もこれ以上は控えておくね? 僕が黙ってればお互い波風立たないで済むしね」。 「——っお前こそ、これ以上の挑発は良くないんじゃねぇの? 俺らだって大義名分は得たことになんぜ」 (鴬は全く……。何かある顔して煽るんじゃねぇよ)  仁作のため息をよそに、天音の三下らはスラックスのポケットから警棒を伸ばす。「消すか?」と一触即発の雰囲気を作り出している。  「やめろ」という仁作の声と「やめなさい!」という天音の声が重なる。 「もうやめなさい!! 私の立場を考えて!! もういくわよ!!」  天音はそう言って、三下らに拳骨を食らわせてその場を後にした。 「気丈っつうか、気性が荒いっつうか……」  ポカンとせずにはいられなかった。  一段落した頃には行きつけの店前ということもあって、ホステスやボーイが野次馬のように様子を見に表へ出てきてしまっていた。  「——怖かったぁ……」とへたり込むようにその場に崩れる鴬を抱きとめて、優しい抱擁をした。周りも騒がしさを知ってか、鴬の心配をする声が上がる。 「俺の見合い話のせいで煽ったんだろ? あんな煽り方して。どうせ、アレはハッタリだったんだろう」 「……それ、帰ったら家でゆっくりと話そう」 「……おう」 「まぁでも、ハッタリだったとはいえ、あそこまでピリつかせられたんだ、隠してた「何か」が遊馬にはあるって事だよ」 「——全く……末恐ろしいな」 「それにあそこまで事を荒立てれば、仁作も断る口実になるかなって。爺さんの命令に逆らえないから、仕方なく見合いなんて浮気行為を受諾したんでしょ?」 「……俺からも家に帰って話すことがある」  雲行きが怪しくなる鴬。それは至極当然の反応であることは、仁作も百も承知だった。 「僕を愛人ポジなんて、そんな滑稽な関係性に追いやることは——しないよね? そうだよね?」  余裕をなくしていく鴬は、仁作の襟首を掴んで縋る。深淵の底から這い上がるように。 「ちょ、鴬、ここ外だから。そういう話を家に帰ってから——」  外聞もあるために、仁作がいくら宥めても効力はほとんどない。どこまでも、仁作のことになると際限が無くなるらしい。  「鴬ちゃんが不安がってるじゃない! ここはホステスの街で、ここにいる皆んなは出勤したホステス達しかいないんだから、守秘義務はきっちり守るわ。だから、早く誤解なり弁明なりしてきてください」とママが代表して口にした。  「鴬ファーストもいいとこだな」と憎まれ口を叩いて鴬を抱き上げる。 「最初から気付いてたわよ! 鴬ちゃんが隠しもしないんだから」 「そうか——。鴬。合コンや見合いの話は……あれだ。行くだけ行って断るつもりだったから、詳しい話はまた後で」  そして、「鴬に要らぬ不安をさせないように黙って此処に逃げちまった。悪かったな」と素直に謝罪をする。鴬には小賢しい細工など効きはしないので、これが一番有効だ。  仁作の思惑通り、鴬は徐々に落ち着きを取り戻して、開ききった瞳孔が通常に戻った。 「会長は出会いの場を提供してくれただけで、結婚を強要してきたわけじゃないから。行って断る選択をした方が波風立たないと俺なりに考えたんだが、体力馬鹿の俺には難しい問題だったな」  顎をさすって最善の方法を模索したが、言うまでもなく、答えは導き出せなかった。仁作の傷付けたくない思いと、鴬の隠して欲しくなかった思いの両方が拮抗する——。

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