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夜明けの華 24
「藤田さん、肇は」
「わ、私が家を出る時に、帰ってらっしゃいました、そのあとすぐに私は退社して……途中で忘れ物に気付いて戻ったら、火が」
「危ないですから、さがってください!」
消防隊員の声に会話は掻き消され、藤田はその場にへたりこんだ。
蓮は慌てて消防隊員の肩を掴み、周りの喧騒に掻き消されない大声を張り上げた。
「中に、子供が」
「さがって! さがってください!」
聞く耳をもたない隊員に身体を押され、蓮は後方によろめいた。出火している二階を見上げた瞬間、窓ガラスが破裂した音が響き、勢いよく炎が吹きあがった。見物人から悲鳴があがる。
肇の部屋に間違いなかった。
それまで蓮の耳に聞こえていた、周りのざわめきや消防隊員の叫び声、放水の音も、消えた。
昔見た光景が、目の前に映し出される。辺り一面の煙、何も見えない世界、息の出来ない、暗闇。あの恐怖の世界に、肇が取り残されていたら。
「肇、」
蓮は上着を脱ぎ、それを頭から被ると、消防隊員の腕を振り切り、建物の中へと飛び込んだ。
背後で悲鳴が聞こえたのは一瞬で、その後は夢中で階段を駆け上がった。炎は二階廊下にまで広がっていた。腰をさげ、煙を避けながら前へすすむ。肇の部屋の扉は開いていた。そのすぐそばに、肇は居た。床にうつ伏せで倒れたまま動かない。
「肇……!」
意識のない肇の身体を抱き寄せ、ポケットから取り出したハンカチで、肇の口と鼻を塞いだ。背中が焼けるように熱い。蓮は全身で肇の身体を庇いながら、ゆっくりと階段を降りた。出口まで、あと少し……。
頭上で爆発音が聞こえた。時間がないと思った瞬間、煙に巻き込まれた。何も見えない。熱い、苦しい。
(息が……)
肇を両腕で抱きしめたまま、蓮の身体は前へと倒れこみ、階段を転がり落ちていく。意識が遠のく中、肇の声が聞こえた気がした。
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