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後編

「もぅ....どこで覚えたんだよ....こんなの......あんっ...」  悪乗りしたミハイルに膝に抱え上げられ散々に啼かされて、意識を失っていた俺は、気づくと、ミーシャの膝を枕にぐったりとソファーに身を投げ出していた。身体には全く力が入らず、もちろん、エプロンは着けたまま......。かなり俺やミハイルの放ったもので汚れてはいるのだが、外させてくれない。  それどころか、散々弄られて赤く腫れた胸の突起を汗で張り付いたエプロンの布越しに突ついたり、弾いたりして遊んでいる。腫れて敏感になったそこに布地が擦れて、ピクリと身が震え恥ずかしい声が漏れる。 「以前、日本の友人が貸してくれたマンガやアニメーションに頻繁に描かれていたのでね。日本の伝統的な習慣かと思っていたのだが....」 ー嘘つけ!ー  如何にもな口調に、わざとしらばっくれているのがありありと分かる。 「日本のサブカルチャーを本気にするなよ......お前はインテリだし、セレブリティだろう?...庶民の文化に毒されてどうすんだよ!」  ミハイルの手に頭を撫でられながら、ぶつぶつと文句を言う俺に、ヤツはくすりと笑って囁いた。 「東京の大学で知り合った有名企業の子息に借りたのだが........外務省の高官になっているそうだぞ。先日、国際会議で我が国を訪れた際には久しぶりに会食もしたが....」  俺はますます眩暈を覚えた。大丈夫か、日本......。ミハイルはそのまま、俺の頭を撫でながら不穏なことを言い出した。 「先ほど、ニコライが桟橋でお前の『戦友』に遭遇したらしくてね。奥方抜きで話がしたいそうだ。バーで待ち合わせているのだが、行くかね?」 「行かない......俺は邪魔なんだろ?大人しく寝てるよ」  俺はそう言って、重い身体を起こし、ミハイルの頬にキスした。身体もダルいし、まさかユージーンが『あの事』を見ず知らずのミハイルに漏らすとも思えなかった。  夕方になって、軽く食事を済ませて、俺はミハイルを見送りシャワーを浴びてベッドに潜り込んだ。ミハイルのことだ、ユージーンに本当に俺が『品行方正』だったのか、裏を取りに行ったに違いない。まぁ、見知らぬ人間においそれと『秘密』を明かすような男ではない......はずだった。  だが......俺のその淡い期待は見事に覆された。ユージーンとの対面から帰ってきたミハイルは、すこぶる上機嫌で、俺をベッドから引っ張り出すとキスの雨を降らせてきた。 「なんなんだよ~もう」  せっかくの安眠を妨げられてムクレる俺に、ミハイルはポケットから一枚の写真を取り出し、俺の前にひらめかせてニヤリと笑った。 「そ、それ......」  それは紛れもなく俺がイラクで仲間たちと写した写真だった。俺とユージーン、マシューにダリルもいる。イラクでの俺達の小隊は十五人いたが、生き残ったのはたったの四人。ユージーンがリーダーだった俺達のチームだけだった。それでも、マシューはひどいPTSDで何度も自殺を図り、ダリルは脚に障害が残った。俺は懐かしさで胸が潰れそうだった。けれど......。 「ミーシャ、なんでお前がそれを?」 「お前の『戦友』にもらった」  ミハイルは無造作にジャケットをカウチに放り出し、ベッドに腰掛けて俺の肩を抱いた。 「ラウルの形見だから......と言ってな」 「え?」  俺は思わず顔を引きつらせた。 「私に話してくれた。......ラウルが戦場で大事に胸ポケットに持っていた二枚の写真のうちの一枚。そこに写っていた男と私が良く似ているそうだ」  思いっきり狼狽える俺の顔をミハイルが嬉しそうに覗き込む。 「一枚については父親だと言っていたが、もう一枚の写真の男については、『大事な友達』と言っていたそうだ」  確かにそうだ。それに嘘はない。だが、ミハイルは、ますます顔を近づけてきて、囁いた。 「時折、仲間に隠れてこっそり写真にキスしてた.....だから、本当は恋人だったんじゃないか、と言ってたぞ」 「そ、そんなこと....」  一気に顔に血が集まって、俺はしどろもどろで、なんとかはぐらかす言葉を探した。 「一度、見つかったんだろ、彼に。『誰にも言わないでくれ』って一生懸命頼んでたそうじゃないか」  ミハイルの指が俺の顎を掬い上げた。 ー誰にも言うなって言ったのに.....ー  他の誰よりも、コイツにはミハイルには知られたくなかったのに......。俺は恨めしい気持ちでいっぱいになりながら、上目遣いでミハイルを睨んだ。 「そんなこと.....ない」 「嘘つきは『お仕置き』だぞ、ラウル。私は、ちゃんと彼にラウルは私の恋人だと明言してきた」 「お前なぁ......」  ミハイルの唇が俺の唇を塞ぎ、そしてにまっ.....と笑った。 「嘘をついたり、隠し事をする悪い子には『お仕置き』だな。そうだろう、ラウル」 ユージーンのおどけたような呆れたような苦笑いが目に浮かんだ。 ーバカやろ.....ー  俺はその笑顔にちょっとだけ悪態をついて、ミハイルの首に手を回した。  今夜も眠れそうにない.....。

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