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中編
機嫌を直したミハイルは軽く俺の耳朶を甘噛みして、囁いた。
「レモネードが飲みたいんだ、作ってくれないか?」
「いいけど.....」
随分と可愛い我が儘だ。ホッとした俺にミハイルは、悪い顔でニヤリと笑った。
「汚れるといけないから、パーカーは脱いだほうがいい。パレオも足許に絡まるから脱ぎなさい」
「え.....?」
まぁここは常夏のリゾート、プーケット島の海上コテージだ。別に海パン一枚だって恥ずかしいシチュエーションではない。......ブーメランパンツもどきの布面積のやたら少ない海パンでなければ....。
ーはあぁ......ー
俺は小さく溜め息をついた。もうパンツの面積のやたら少ないのには大概慣れた......と言うより諦めた。きっとコイツは変なところでケチなんだ。そう思って割り切ることにした。海水パンツに限って白いのは、他の色の在庫が無かったからだ、きっと......。
悪あがきのように自分に言い訳する俺の背後から、ミハイルが一枚の白い布を差し出した。
「肌にレモンの汁がかかると、日焼けした時にひどくなるから、これを着けなさい」
「あ、あぁ....」
渡されたそれを拡げて、俺は絶句した。ヒラヒラしたレースに縁取られた腰周りと両肩に紐のついたそれは......。
「何だ、コレ?!」
「エプロンだが?」
「いや、そうだけど......」
絞めてはみたが、やはり本体の布地も少なめだ。日本のアキハバラとかいうあたりで流行りのメイド喫茶の姉ちゃんが着けてるような代物だ。誰だ、ミハイルにそんな所を教えたのは。
「東大に留学してた時、悪友とメイド喫茶行っただろ?!」
俺は思いっきり嫌な顔をしてミハイルを見た。が、ヤツはしれっとして目尻を下げたまま言い放った。
「行ったことはあるが.....私としては『お帰りなさいませ、ご主人様』よりも、もっと『妻』らしい言葉が聞きたいな」
「妻らしいって......」
「海パンも脱いで欲しいな....」
口許が意地悪く歪む。俺は思いっきり硬直した。後々のコイツの『お仕置き』とどちらを取るか悩むところだ。
「ん、どうした.....我が儘を聞いてくれるのだろう?」
俺は仕方なく、しぶしぶと海パンに手を掛けた。ミハイルの視線が南国の太陽さながらに尻に突き刺さる。我れ知らず内が疼いてきゅ.....と収縮する。ミハイルに絶対に覚られないよう、手早くミニキッチンに入り、レモネードをふたつグラスに注ぎ、テーブルに運んだ。
「出来たぞ......もういいだろ?」
俺は恥ずかしさでほとんど卒倒寸前だった。ミハイルはレモネードを美味そうに一口味わうと、真面目くさった顔で言った。
「まだ、肝心の『お帰りなさい』を聞いてない」
「だから、俺はメイドじゃないって.....」
反駁する俺に、ミハイルはますます真面目な顔つきで言った。
「日本の若妻は、夫が帰ってきたらこう言うんだろ?『お帰りなさい、あなた。お風呂にします?ご飯にします?それとも...』」
「わぁっ....止めろ!その先は言うな!それは誤解だ!」
俺は慌てて、ミハイルの口を塞いだ。が、ヤツはニンマリと笑って、その手を握って口づけた。
「ラウル.....私の我が儘なんだが、お前の口から聞いてみたいんだ.....」
そんな縋るような眼で甘い声で強請られても嫌なものは嫌なのだが、もう一方の手があらぬところをまさぐり始めて、俺を追い詰めてきた。俺はぐるぐると目が回り始めるのをやっと踏みとどまって、小さな声で、本当に呟くように、台詞を棒読みした。
「お帰り....なさい。あなた.....お風呂に...します?.....ご飯?......それ...とも.....」
「それとも?」
至近距離でミハイルの口が意地悪く囁いた。
「わ-...た....し?」
俺はもう恥ずかしさで死ぬところだった。ミハイルは大袈裟に両手を拡げ、俺を抱きすくめ、失神寸前の俺に人工呼吸でもするように深く口づけた。
「もちろん、お前だ。今すぐに存分に味あわせてもらおう」
ミハイルはそのまま、エプロンを着けたままの俺を膝の上に抱き抱えた。
「愛してる、ラウル.....」
太陽の下、俺は蒸発して無くなりたい気分だった。
誰だ、ミハイルにこんなことを教えたのは.........!
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