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第6話
あー終わったな、と今後の人生を悲観したのが半分、これ明日ワンチャン仕事休めるんじゃね? と浮き足立ったのが半分……いや、正直二対八。
俺の隣には俺の大大大っ嫌いな奴が、畳を見つめて正座している。そしてこの俺も全く同じ状況にあるのだった。
これ以上顔を上げたら視界に入ってしまう。俺と慈恩の前で仁王立ちをする、俺の父親のつま先が。
俺はただじっと父からの言葉を待つのみだった。それしかできない。だけれど、俺の心の中は理由がどうであれ仕事を休めたことに対する歓喜が大半を占めており、慈恩が(おそらく)感じているような恐怖などは一切感じていなかった。
「……天。そして、慈恩」
父が数十分ほどもったいぶった挙句に発した言葉は、俺と隣の男の名前だった。
俺は昨晩……この慈恩と掴み合いの喧嘩をした。何だか無性に腹が立って仕方なかった俺は、力任せに慈恩の身体を突き飛ばしたのだ。慈恩の背後に狛犬が立っていたとも知らずに。慈恩のような細っこい人間の体当たりくらいで崩れるなよ、とは思ったものの口には出せず。
「は、はいっ」
俺以上に緊張している慈恩は父の声に肩を震わせ、反射的に返事をした。
「お前らなあ……」
父はそう言いつつため息まじりに腰を下ろす。慈恩の息遣いがうるさいくらいハッキリと聞こえてきて、鬱陶しい。
「まず、天」
「……はい」
「お前なあ。今年で幾つになったんよ」
「……ハタチです」
「せやろ。しかもお前、今年で社会人何年目なんよ」
「…………二年目……です」
「せやろ。もう立派な大人やろ。……それに、慈恩」
「はははははひぃ……」
ビビりすぎだろ。
「貴様は、今何をしとんねん」
「き、貴様……!? うあいや、えええっと……い、一応……浪人生ですけど……」
「……ワシは見とんで」
「へ!?」
「貴様。普段からコンビニ行くフリしてパチンコ屋行ってるやろ」
「はあ!? おっ前マジで言ってんの!?」
思わず慈恩の方へ首を曲げると、慈恩はもうとっくに表情ひとつで肯定してしまっていた。
「慈恩。どうなんや」
力なく首肯する慈恩。
「なんで解ったんですか……」
「や、なんとなく言ってみたら当たっただけなんやけどな」
「何なんですか!?」
「ともかくや!!」
父は恫喝一本でこの場を乗り切ろうとしている。俺の上司にそっくりだクソクソクソ。
「お前らはほんっとうに許されざることをした。狛犬っちゅーんはただの可愛らしい犬っころちゃうねん! 神様の使いなんや! 彼らが神様をお守りしとんねん! あんなあ、狛犬が二つおるからといって片一方残しときゃええやんとか思ってたらあかんで!? 二つは阿吽の関係なんや! どっちか欠けたら意味などあらへん! それをお前らはぶっ壊した! 粉々に! これはもうどういうことか解るか!?」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! こいつが勝手にぶつかったんだ! 俺は何にもしてない」
俺がそう抗議すると、慈恩は黙ってられないと言わんばかりに勢いよく立膝の体勢をとる。
「何もしてないは暴論だっ! お前が俺をこうやって押したからぶつかっちゃったんだろ!」
慈恩に肩を小突かれて俺の身体が後方によろける。
「はー!? そもそもなあ、お前が俺に掴みかかってきたからそうせざるを得なくなったんだっつーの! 元はと言えばお前が悪いんだよ!」
「違う! 最初に喧嘩ふっかけてきたのは明らかにお前だったよ! お前がなんか……急に来たから……」
「そうだっ! お前が勝手に人ん家の神社で喫煙なんかしてっから……っ、」
「貴様らっっ!! いい加減にせんかいっ!!」
父の一喝で、慈恩は再び身を縮こめ正座に直った。渋々俺もそれに倣って座り直す。
父は大きくため息を吐き出し、屈強な腕を組んだ。
「貴様らには『ペナルティ』を与えんとあかんようや」
瞬時にその言葉の意味が理解できなかった。
「……ぺ、ペナルティ……とは……」
一足先に事態を飲み込んでいた慈恩が、慎重に尋ね返す。
父は再び息をついた。
「……この家の裏に山があるやろ。あっこはウチの私有地やねん」
「……はい」
まさか山籠りの修行でも課されるのではないかとハラハラしたが、
「お前らあそこ行け」
全くその通りだった。
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