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あの日の約束
シャワーから戻ってきた司は、最初から準備してきてたなんて大胆なこと言った割には、ガチガチに緊張していた。
そういうオレも、司のことを笑えないくらいに緊張している。
「なんか……あれだね。……ちょっと照れ臭いね」
「……ん、だね」
へへへと笑い合って、ベッドに隣り合って座った司をそっと抱きしめてみる。伝わってくる鼓動は、まるで猫みたいに早い。
司の背に手のひらを当てて、ぱふぱふと撫でてみた。
「大丈夫? 心臓、すごい早いけど……」
「ん。だいじょぶ」
あまり余裕のなさそうな顔でぎこちなく笑った司の頬に、そっと唇を寄せる。
「ホントに大丈夫? 深呼吸する?」
「ううん、平気。……ちゃんと大丈夫」
言いながらそっと息を吐いて吸ってを繰り返した司が、思いきったみたいにぎゅっと目を閉じてオレの唇に一瞬触れるだけのキスをくれた。
びっくりして司を見つめていたら、オロオロと目を泳がせた後で今にも泣き出しそうに潤んだ目がオレを見つめ返してくれる。
「大丈夫だから、……ぇと……その……」
「うん?」
「……いっぱい……ぁい、して……?」
「~~っ、もう! なんっでそんなに可愛いかなぁ、ホントに」
「ふぇ?」
緊張なんてどこかへ吹き飛んでしまう程の破壊力に、一周回って笑ってしまった。
なんで笑うの、と怒ってるんだか慌ててるんだか区別のつかない声で可愛い文句を言う唇を、貪るようなキスで塞ぐ。
「ンッ、も……っ、またっ、そっ、……やって、誤魔っ……ンッ、だ……っ、からッ!」
息継ぎの合間の文句も、潤んだ目に睨み付けられても怖くもなんともない。ただただ愛しくて可愛くて困るだけだ。
お好み焼きの味も焼きそばの匂いもしない口の中を散々味わった後、むしゅっとしたやけにブサカワイイ顔で、だけど頬を真っ赤にした司が声を絞り出した。
「来年も、……夏祭り、行こうね」
「……うん。約束ね」
唇をとがらせたままの司に、にゅっと小指を突き出されて、笑いながら小指を絡めた。
「……来年。……まだお祭りも花火も出来なくても……オレも一緒に準備するから」
「うん」
「いつもありがと。……颯真といると、……いつも凄く、……嬉しくて、楽しい」
「……ん、良かった」
たどたどしく紡いだ司が、やっといつもの華やかな笑顔になって、指切りの形で繋がったままの手を持ち上げる。
「来年も、凄く楽しみ」
「オレも」
指きった、と最後の節だけ歌った司が、ぱっと小指を離して一瞬目線を落とした後に、ぱたんと後ろに倒れた。
「……司……? どしたの?」
両腕で顔を覆った司が、呻くみたいに呟く。
「…………なんでもう、……そんなになってんの?」
「へ……? ……っ、あ!? ちがっ、だってそんな! 司が可愛いことばっかするからでしょ!?」
「可愛いって何っ?」
「そういうの全部!!」
司の顔を覆う両腕を、そっと退けて真上から見下ろす。真っ赤な頬も潤んだ目も、誘うように震えた唇も。
「全部大好きなんだから、仕方ないでしょ」
「…………オレだって全部好きだもん」
「だったらいいじゃん。なんでそんな照れてんの?」
「だって……っ!?」
何かを喚こうとしたらしい司の中心を探ったら、オレと変わらないくらいの熱を既に湛えていた。
「司もオレと一緒じゃん」
「ちょっ、まっ」
「待たない」
「ッ、ふァッ……っ、まっ、……って」
待たないよ、と唇の中に囁いてスウェットの裾から手を潜り込ませる。
まだ早い鼓動を手のひらで感じながら、手探りで肌の上を探索していたら
「まっ、て、」
「……なんで? したくない?」
「ちがっ……その……オレも…………。……颯真に、さわりたい」
「司……」
「いっつも……、オレばっか、きもちぃ、から……」
「……オレだっていつもちゃんと気持ちいいよ?」
「…………でも、さわりたい」
暗くしておいた電灯の光をキラリと反射した司の恥ずかしがる目が、それでもオレを真っ直ぐ見つめている。
ゾワッ……と背中が波打った。
ドキドキしながら司の手を取ってオレの一番熱くなってる場所に導く。
「じゃあ、触って。……一緒に、……いっぱい気持ちよくなろ」
「……ん」
小さな声。小さく揺れた頭。濡れたままの目は、まだオレを見つめていて、たどたどしく動く指先にオレが反応するのを見逃すまいとしているらしい。
(──あぁもう、ホント……)
可愛いんだから、と唇が歪む。
幸せ過ぎて泣きたくなった。夏祭りにはなんというか、オレ達二人をセンチメンタルにさせる効果でもあるんだろうか。
ぎこちないけど優しい手つきは、その一生懸命さだけで胸がいっぱいになる。
肌を探っていた手を司の頭に動かして、柔らかく撫でてみた。
「……ん? どしたの?」
「ううん。……気持ちいいなって」
「そう? よかった」
えへ、と照れ臭そうに笑った顔が愛しい。
むちゃくちゃな愛しさに突き動かされて、司の唇を塞ぐ。あんなに優しい愛撫に返すには、やたら深くて貪るみたいなキスになったのに、司は必死に応えようとしてくれる。
──あぁもう全部。
全部愛しくて、全部苦しい。
「っ、そ、ま……?」
どしたの、と息継ぎの合間に問われて、分かんない、と首を振りながら呻く。
呻いた端から唇を塞いで、何も聞かないでと口の中へ呟いたら、誤魔化すみたいに司の服に手をかける。
剥ぎ取るみたいに全部脱がせて、投げ捨てるみたいに自分も全部脱いだ。キョトンとした顔をする司に、何も言えないまま覆い被さる。
司はそんなオレに何も聞かないまま、オレの背中に腕を回してゆっくり顔を近づけてきて──おでことおでこがコツンと鳴った。
「なんにも聞かないから……泣かないで」
「……っ、泣いてないよ」
「ん、そっか……」
ふふっと笑って頭を撫でてくれた司が、軽いキスを目尻に贈ってくれる。
「……前とは逆だね」
「……泣いてないってば」
「意地っ張り」
逆側の目尻にも可愛いキスをもらって、ふっと肩から力が抜けたら、自然と言葉が滑り落ちた。
「幸せだなぁって……思ったんだよ、なんか……急に、凄く……幸せだなぁって」
「……そうだね。……オレも、凄く幸せ。……しばらく一緒にいられない時期があったから、余計に。……今こうやって一緒にいられるのが、凄く嬉しい」
「……司、」
「──一緒に、暮らしたいね」
「っ……」
自分が言おうとした言葉が司の口から出たことに驚いて、まじまじと見つめた先でふにゃりと笑った司が続ける。
「……勿論、今すぐは無理だし、前から一緒に暮らそうって約束はしてたけど。……だけど、前よりずっと思う。一緒に暮らしたいなって」
「司……」
「一緒にいたい、ずっと。……こんな時だからこそ傍にいたいなって、ずっと思ってた」
「……うん」
オレも、と囁いたら止まれなくなった。
「ずっと一緒にいたい。朝も昼も晩も。……ホントは今すぐにでも一緒に暮らしたい。…………友達が、こないだから恋人と同棲してて……羨ましいなって思って……。でも、ちゃんとしたいなって思ってるのもホントで……ちゃんと親に挨拶したりとか、……そういうのもちゃんとしてから一緒に暮らしたいって……」
「うん、分かってる」
分かってるよと耳元で囁いた司が、オレを抱く腕に力を込める。
「……オレも、もう家族から逃げない」
「司……」
「さっきの電話……母さんがあんなに楽しそうに話すの、久しぶりだった。……彼女じゃなくて彼氏だって言ったらどんな顔するんだろって考えると、ちょっと心配だけど……でも、颯真のこと、……大事な人なんだって言いたい」
何も言えなかった。
嬉しくて嬉しくて、言葉に出来ない。
ただきつく抱き締めて、顔中にキスを降らせることしか出来ないのが、もどかしくて苦しい。
もつれるみたいにめちゃくちゃに抱き締めて、めちゃくちゃにキスする。
息継ぎする時間も勿体無いのに、好きを囁く時間が足りない。愛してるなんて言葉じゃ到底足りないのに、愛してる以上の言葉を知らない。
愛がこんなに苦しいなんて知らなかったけど、知りたくなかったなんて絶対に言わない。
──だから。
「ずっと一緒にいて」
願いを込めてしたキスに、返ってきたのは同じだけの熱さを宿したキスだった。
「離れてあげないから覚悟して」
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