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1 そういうのは先に教えてくれ〈3〉
どうかしようってわけではないんだけど。
ソファの背に手のひらを乗せて、上からじっと彼を見下ろす。つまみ食いでもしようものなら真一に怒られそうだし、情が深くて厄介そうな相手なんだけど。
「朔也、さん」
上半身をこちらから離そうとしながら、視線のやり場がないようにうつむく。
「はいよ」
「近く、ないです、か」
「そう?」
少々距離をつめてやると、彼はびくっと肩を震わせた。上から見えるうなじが赤くなっていて、ちょっと齧りたくなった。
どうしようか。このまま帰してしまうのが一番なんだろうけど、何か、少し。
「あの、」
「はーい」
「……僕のこと、好きなんですか?」
顔を伏せ気味に、克博が尋ねてきた。そしてその瞬間かあああっと赤くなった。
「すみません、そんな、はずは、ないですよね? ごめんなさい!」
早口で言い募り、わたわたと焦ったようにソファから立ち上がろうとして滑り落ちた。どすんと床に尻もちをついて、真っ赤になったまま顔を覆った。
「ううううごめんなさい……」
新鮮だなあ。
というのが最初の朔也の感想だった。久しぶりなこういう初心な反応を見ると、保護欲と嗜虐欲が同時に湧きあがる。
どうにかしてやってもいいかもしれない。ちょっとだけなら真一も許してくれるんじゃないか。相手もほら、期待してるみたいだし。
言い訳を山ほど積み上げてから、彼の後を追って床に降りた。そして座面に手を置いて電灯の影を作るように覆いかぶさる。
「ちゅー、しよ?」
指で耳に触れ、顎に触れると、ゆっくりと彼は顔を上げた。大きくて子犬のような目がうるうるになっていて、なかなか美味しそうに見える。
「だめ、です」
「いいじゃん、ちょっとだけ」
「え、でも」
眉毛が困惑したように下がっているのに、まつ毛がそっと伏せられた。よし、オッケーの合図だ。
そうっと唇で撫でるだけのようにキスをする。離れてから今度は唇を押し付けるようにすると、もどかしそうにゆるく開いた。
「……っ、」
かすかに克博の呼吸が乱れ、朔也は唇同士を重ね合わせた。ふくらみの柔らかさだけを堪能するようなキスになったが、しっとりとした唇の内側の粘膜が気持ちいい。
顔を離して見下ろすと、克博もまた気持ちよかったのか、とろりとした眼差しで見上げてきた。
「だめって言ったのに……」
「ごめん」
「僕のこと、好きってわけじゃないんでしょう?」
濡れた唇のまま尋ねてくる。イエス、だけどノーとも言い難いこの状況に、朔也はにっこり笑った。
「そんなことねえよ」
あー、面倒臭いこと言わないでもう一回くらいさせてくんないかな、とかぼんやり思いながら、でも嘘をつくと後で言い逃れができないからただ微笑んでいるだけになってしまう。克博はじっとその様子を観察していたようだった。
「じゃあ僕に」
意を決したように強い視線で刺してきた。
「僕に、やらせてほしいんですが」
「え」
「僕に、あなたを、抱かせてくれませんか」
聞き返した朔也に、丸い目を瞬かせながら克博がはっきりと言った。ようやく彼の言ったことを理解できて、朔也は遅れてぎょっとした。
「……えっと」
朔也は体を起こした。
「きみが、俺を?」
「はい」
「どうしても?」
「……できれば」
といいつつも確固たる意志を感じる。
え、でも可愛い系だよね。美少年というには年齢が上だけど目なんか丸くてくるっとしていて子犬だし。背は高いのにどことなく上目遣いだし、慣れてなさそうだし、それなのに? いや、今までボトムをやったことがないってわけじゃないけど、その手の魅力もなくなってここ十年そっちのお誘いはなかったから、そこまで好みのタイプってわけじゃない相手を、やるならともかく、これから新たにどうこうする気はなくて。どうしよう困ったな。そりゃあ並んで立つと彼の方が高いが、腰回りとかはこっちの方ががっしりしてるし性的にもリードできる。今その気なら、やらせてくれてもいいのに。
あまりに想定外のことで想像がつかなくて混乱して黙っていると、克博はため息をついて、ずいっと朔也を押しやった。
「すみません、ちょっとお水もらえますか」
「……わかった」
お互い混乱を極め、克博が先に休憩を求めた。朔也は立ち上がると、グラスにミネラルウォーターを入れてくる。
ソファに座り直した克博は、一気にあおると空のグラスをカップの横に置いた。この一連の動作で、お互い少し冷静になる。
「なんとも思ってない相手にキスしないでください」
彼はきつい口調で言ったが、肩を落として力なく続けた。
「……すみません、帰ります」
「いや、俺が悪かったんだよ。ごめんな」
謝ると、傷ついたような顔になる。おやまあ。朔也は視線を宙に泳がせた。そんなつもりはなかったのに、懐きそうな子犬を蹴ってしまったようだ。ほんの一瞬の気の迷いのせいで、本当に悪いことをした。
とはいえ、素直に下になってくれたらちゃんと可愛がったのに、と恨みがましく思わないでもなかった。
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