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2 これは思った以上に…〈1〉
返却してもらった一式をクリーニングに出せるよう種類ごとに分け、ひと通り作業が終わったところで携帯端末が鳴った。
「はいよー」
『言われた通りお店の前に来てるんですけど……ここ、古着屋さんですよね』
「ちょっと待って」
克博の声に慌てて階段を駆け下りる。自動ドアの外側に所在なげに立っていて、こちらの姿を見ると彼はほっとしたように端末をしまった。
食事でもどうよ、仕事終わるの八時だからその後でも、と、キスしたことについて触れなかったがお詫びとして誘ったら、じゃあ職場結構近いので仕事終わり次第そちらの職場に迎えに行きますと言われた。断られたらこれで終わりの関係のつもりだったのに、まるでデートの約束みたいになってしまった。
「間違ってなくてよかったです」
「一階は売ってるんだよ。俺の仕事場は二階なの。見てみる?」
「いいんですか?」
「いーよ。俺しかいないし。足元気をつけろよ」
本日の営業は終了しました、と階段の前にある看板をよけながら、克博はおっかなびっくりやってきた。二階だけ先に営業が終わっているから、間違ってお客に入って来られないよう、階段だけ電気を消してあるのだ。
二階に上がったとたん、彼はかすかに目を見開いて驚いたようだった。
店の壁際に色とりどりの浴衣がずらりと掛けられていて、奥の方の座敷になっているスペースには、振袖や訪問着などの値が張るものが畳んで並べられている。
棚には帯が格式ごと、色ごとに分けられ、帯揚げや帯締めなども合わせやすいように一緒に置かれていた。
「これ全部から選べるんですか?」
楽しそうに見回してくれるのが嬉しい。
「コースによって着られる着物が決まっていますので、どれかお選びください。こちらは最近一番人気の着物街歩きコースです」
神社の大きな枝垂れ桜の前にいる、小紋を着た女性のパンフレットを見せると、彼はくすりと笑った。
浴衣でおでかけコースから、近くの寺社仏閣に行けるくらいの気軽な街歩き用、正絹のお茶会用のもの、振袖、結婚式用、舞妓さん、いろいろと取り揃えている、朔也の職場は着物のレンタル屋なのだ。
「宅配サービスもついてるから、家に着て帰れますよ。翌日の午前中に届くようにしてくださったら延滞料金はかかりません」
「便利なんですね」
手近な吊るしてある浴衣を引っ張って、模様を眺める。桔梗の上品な青と紫が大人の女性に似合う。これに黄色の帯を合わせれば可愛らしくなるだろう。
「あ、じゃあ朔也さんがいつもお着物着てるのって、このためですか?」
思いついたように顔を上げる。こちらを見て、ちょっと首を傾げた。今日は紺に黒い絣模様の入った綿紬に銀鼠色の光沢のある帯を締めている。綿は柔らかくて肌触りが良いが、そのため伸びたり皺になったりしやすいから、初めて着る人には勧めにくい。
「半分は趣味だよ」
下のリサイクルショップに、男物の着物が売れ残って店の隅で寂しそうにしているから、自分くらいは着てやろうと思っただけだった。着物を着ない人に着せようとする商売なのだから、普段から着ている人がひとりくらいいてもいいだろうと。
着てみると案外楽だし着物の種類によっては手入れも難しくないし、ちょっと褒められることも多くて楽しくなった。
「似合います」
てらいもなく言い、克博はふわっと微笑んだ。
「ありがと」
礼を言いながら朔也は腕を組んでじっと彼を見つめた。やっぱりこのまま何もせず食事をしに行くのは惜しい。
「ちょっとこっち来て」
少し奥まったところに案内する。女性ものに視線を奪われやすいが、黒や深緑、鼠色など渋い色が揃っていた。
吊るしの浴衣と、一段高く作ってある畳敷きのスペースには、女性用からするとはるかに狭いが、それでも長着だけでなく、羽織や袴まで畳んでおいてある。
「ここ、男物もあるんですね」
「そうそう。何か着たいのある?」
「えっ、いえ……」
だいだい男性に勧めると反応はこんな感じだ。どれも一緒に見えるし、どれが似合うかもよくわからない。
カップルで来ていると、自分は添え物だから適当でいい、みたいなことを言う人もいる。だけど自分からするともったいない話だった。男性ほど着物が似合うと言っても過言じゃないのに。
「この前、紺の綿パン履いてたけど青色が好き?」
「あ、はい。あ……いえ、あまりこだわりはないんです」
困ったようにうつむく。彼は丸くて大きいたれ目っぽい目をしているし、まつ毛は濃くて長いし、唇はふっくらとしているから、案外派手な色合いが似合うとは思うけど、普段の自分と離れすぎていても馴染まないだろう。
「このへんに荷物置いて、ここに立ってくれないか」
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