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どんなに暗い夜だって… 番外編-14(夏樹)
「ところで、これ俺が食べていいんだよね?」
話題を変えようと、ずっと手に持ったままだったお皿を指差す。
「は…い…?ぁあああダメですっ!!それは失敗だからっ!!たまご焦げちゃったから俺が食べますっ!!夏樹さんにはちゃんと焦げてないのを……って、ええええ!?」
雪夜の返事を聞く前に、もう口に入れていた。
だって、俺の誕生日プレゼントでしょ?俺のために作ったんでしょ?
「な、ななななんで食べ……」
「美味しいよ?」
今にも泣きそうな顔で夏樹とオムライスを交互に見ている雪夜に笑いかける。
「いやいや、ダメですってばっ!!ペッしてください!それ絶対まずいですからっ!!」
「雪夜も食べてみな?美味しいよ?」
多少焦げた味はするが、真っ黒焦げというわけではないし、中のチキンライスは美味しい。
「むぐっ…………ぁ、結構美味しい……いや、でもそれボロボロだしっ!ほんとは……ほんとは……ふわとろになるはずだったんですぅ……」
雪夜がしょんぼりと項垂れる。
夏樹は、ふわとろ……には程遠い、炒り卵状態のたまごを見た。
こういう新しいオムライスがあるのかと思った……
「ふわとろか~……じゃあ、また明日作ってよ。今日はもう雪夜動けないでしょ」
「ぅ……はぃ……すみません……」
「いや、それは俺のせいだから。でも、ホントにありがとう。最高の誕生日だ」
満面の笑みで雪夜の頬にキスをした。
こんなに嬉しい誕生日なんて……何年ぶりだろう。
***
「……凜さん、大好きです」
雪夜の作ったオムライスを二人で分けながら食べていると、雪夜が照れて伏し目がちに微笑みながら、ポツリと呟いた。
「へ?」
一瞬耳を疑って固まった夏樹の手から、スプーンが滑り落ちた。
「あ、スプーンが……」
下に落ちたスプーンを拾おうとしている雪夜の手を握る。
「雪夜!今のもう一回っ!!」
「え?あ、えと……大好きです……」
「俺も愛してるっ!!」
雪夜をギュっと抱きしめた。
「あ~何なのこれ……幸せすぎる……」
寝惚けている時や不安定な時はよく言ってくれるけど、素面 の雪夜から大好きという言葉が出て来ることはほぼない。
これ……夢なんじゃないだろうか……
しばらく抱きしめていると、急に腕の中の雪夜から力が抜けた。
「え、雪夜?……って、寝たのか」
そういえば、かなり無理をさせた上、叩き起こしちゃったから……
「ごめんね……」
泣き腫らして赤くなっている目の縁を優しく撫でる。
大いに反省をしながら、雪夜をそっとベッドに寝かせた。
いい年齢 をしてオムライス一つではしゃぎすぎだ……
顔が赤くなっているのを自覚して、自分に苦笑する。
静かに苦笑しながら、熱くなってきた目頭に手の甲を当てた。
「っ……雪夜……ありがと……」
愛しい人に名前を呼ばれることがこんなに幸せだなんて……忘れてたよ。
***
ベランダに出ると、雨上がりの湿った風が頬を撫でた。
――「ねぇ、凜?『りん』っていう名前はね、夏の暑さを涼やかにしてくれる風鈴の音から取ったのよ。あなたもいつか誰かの心に優しく響く人になってね」――
ずっと忘れていた遠き日の母の言葉が、やけに鮮明に思い出された。
母さん、あなたのつけてくれた名前が……また好きになれそうです――……
***
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