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どんなに暗い夜だって… 番外編-13(夏樹)
「それで雪夜、このメッセージなんだけど……」
オムライスには、ケチャップでハートが描かれていてその真ん中に、棒にメッセージカードを引っ付けた国旗もどきが飾ってあった。
「あ~……あの……佐々木がね……下の名前で呼んだらきっと喜ぶって……夏樹さん自分の名前嫌いだって言ってたから、どうしようか迷ったんですけど、恋人に呼ばれるのはまた別だからって……それで一応書いてみたんですけど……やっぱり嫌ですよね、ごめんなさいっ!!書き直します!あ……っていうか、それ失敗だからまた作り直すし……」
雪夜がメッセージカードを取ろうと手を伸ばして来たので、サッとお皿を遠ざける。
「このメッセージ、雪夜の口から聞きたい」
「え?えと……お誕生日おめでとうございます?」
「……全部」
「りん……さん……?」
「もう一回呼んで」
「凜 さん、お誕生日おめでとうございます!」
雪夜が、ふんわりと微笑んだ。
「……っ……――」
***
俺の両親は最初「鈴」と書いて「りん」と名付けるつもりだったが、祖父が「男にそれはさすがに可愛すぎるだろう」と苦言を呈 し、なんとか「凜」に落ち着いたのだとか。
祖父の案としては「鈴太郎 」「鈴之介 」などもあったらしいが……母が一文字がいいと最後まで譲らなかったらしい。
自分の名前が嫌いだったわけじゃない……むしろ、好きだった。
夏樹の記憶の中での母は少女のような人だ。
無邪気な笑顔で「パパと凜は私の王子様なのよ」といつも言っていた。
母の柔らかく包み込むような声で名前を呼ばれる度に、自分が特別な存在なんだと言ってくれているようで嬉しかった。
だが……両親が事故で亡くなって……一人残された夏樹を取り合っていた欲まみれの汚い大人達に猫なで声で名前を呼ばれる度に、母との思い出まで汚されているような気がして……だんだんと自分の名前を呼ばれると吐き気がするようになった。
そいつらは夏樹が相続する遺産に目がくらんで、財産を手に入れるためにまだ幼かった夏樹をどうにかして我が物にしようと必死だった。
もちろん、そんなやつらを夏樹が選ぶはずがない。
その結果、夏樹が誰を選ぶか公平に決めるためなどという意味不明な理由で半年ごとに親戚中をたらい回しにされる羽目になった。
財産のためだからと、どこの家に行っても表面上は大切に育てられたが、裏では夏樹のことを厄介者扱いし、何なら無理やり遺産放棄させてさっさと消してしまおうと言う輩もいた。
そんな大人たちに囲まれれば、いくらメルヘンチックな母に育てられていたとしても、さすがに人間不信に陥るし、ぐれたくもなる……
いつしか友人たちにも、名前は嫌いだから呼ぶなと言うようになっていた。
だから当然のように、付き合い始めた時に雪夜にも自分の名前は好きじゃないから呼ばないで欲しいと話した。
雪夜には詳しい理由は話していないが、自分も名前を呼ばれるのはキライだったから……と、あっさり納得した。そして、ちゃんと恋人同士になった今でもずっと俺のことを「夏樹さん」と名字で呼んでいるのだ。(ちなみにその時、夏樹も名字で呼ぼうかと言ったのだが、なぜかそれは断られたので夏樹はずっと「雪夜」と呼んでいる。)
でも……
***
「夏樹さん?やっぱり嫌だったですか?ごめんなさい!!」
雪夜が呼んだ「りん」の響きがなぜか母と重なった。
遠い昔のことを思い出して感傷に浸る夏樹を、雪夜が心配そうに覗き込んできた。
ハッとして雪夜の顔を見ると、微笑みながら頬を撫でた。
「……ううん、全然嫌じゃないよ。むしろ、もっと呼んで?雪夜が呼んでくれたら俺もまた自分の名前が好きになれそう……」
「え?そ……そうですかっ?」
「うん」
「凜さん……」
「……うん」
「……あ~すみません、やっぱり夏樹さんでっ!!何か言い慣れないから……照れます……」
雪夜が両手で顔を隠した。
「え~……」
まぁ、ずっと名字だったから、仕方ないか。
「急には無理だよね……でも、たまには呼んでくれる?」
「あ~……はぃ、わかりました……」
ふっと笑った夏樹を、雪夜が少し眉間に皺を寄せて見つめてきた。
今まで下の名前は呼ぶなと言っていたから、変に思ったかな……?
「夏樹さん、大丈夫ですか?」
雪夜が手を伸ばしてきて夏樹の顔をそっと撫でた。
「……え?」
「なんだか、辛そうな顔してるから……」
「あぁ……ぃや、ちょっと昔のこと思い出してた……でも、雪夜がいるから大丈夫。ごめんね、心配かけちゃって」
夏樹はあまり思っていることが表情に出ない方だが、雪夜にはいくら表情を作っていても感情を読まれることがよくある。
特に負の感情には敏感だ。
なぜか好意的な感情に対しては、頑 なに自分の勘違いだと思い込んでしまうところがあるのが玉に瑕 なんだよな……
同じくらい、俺の好きって気持ちにも敏感になってくれたらいいのに――……
***
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