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夜明けの星 1-40(夏樹)

「ん~……」 「あ、起きた?家着いたよ。気分は?」 「う゛……ぎぼぢわ゛る゛ぃ゛……」 「あ~待って待って、もうちょっと我慢っ!」  雪夜が口を押さえたので夏樹は急いで玄関の鍵を開け、トイレに連れて行った。 「雪夜~?生きてる~?」 「ぅあ~い……いきてましゅ……」  愛華から貰ったお土産を冷蔵庫に放り込んで戻ってくると、雪夜がトイレの床に座り込んでいた。 「ははは、こういうの居酒屋のトイレでよく見るよな」  って、笑ってる場合じゃない! 「おいで、手と口洗おう」 「じぶんれしゅる」 「うん、その心意気はいいんだけどね、一人で立てるようになってから言おうね、雪夜くん?」 「れきるんら!」 「はいはい、出来る出来る。スゴイね~」  夏樹に軽くあしらわれて雪夜が不満そうに口唇を尖らせた。  目が据わってるぞ~雪夜~!  寝惚けている時は甘えたで可愛いんだけどなぁ……酔うとダメか~。前に佐々木のとこで酔ってた時はもうちょっとふにゃふにゃしてたけど……ほろ酔いくらいがいいのかな? 「れきた!」 「ん?あぁ、手拭けた?って雪夜何してるの?」  雪夜がふらふらしながら突然服を脱ぎ始めた。  どうせ着替えなければいけないので脱ぐのを手伝いかけたが、次の言葉を聞いて思わず手を止めた。 「おふろはいりゅましゅ!」 「はっ!?いやいや、無理だから!!そんな状態で入ったらお風呂で倒れちゃうよ!?」 「やらぁ~はいりゅぅ~!!」 「だぁ~めっ!せめて酔いが醒めてからにしなさいっ!」 「ふぇ……なちゅきしゃんがおこったぁ~~!!」 「ええ~……!?いやこれは怒ってるんじゃなくて……あ~もう泣かないで~!ほら、おいで――」  泣き出した雪夜をソファーまで連れていって、何とか宥めすかしてパジャマを着せた。  その後、膝の上に乗せてひたすら駄々をこねてぐずる雪夜の相手をした。  支離滅裂な雪夜の相手をするのは大変だったが、普段こんなにぐずることがないので、わがままな雪夜が新鮮でこれはこれでいいかもしれないと思ったり……  酔っ払いの相手など面倒くさいだけだと思っていたが、雪夜がぐずる様子が面白くて笑ってしまう。  そのうちに雪夜がぐずり疲れてうとうとし始めたので、その隙にベッドに寝かしつけた。 *** 「まったく……瀬蔵のおっさんはやっぱりもう一発くらい殴っておくべきだったな――……」  夏樹が片付けを済ませて雪夜の隣に潜り込むと、眠ったと思っていた雪夜が目を開けた。 「……なつきさん?」 「ん~?なぁに?……ちょっと酔い醒めた?」  呂律がだいぶマシになっている。  夏樹を見上げて来る雪夜に微笑んで、雪夜の目にかかっていた髪をかき上げてやりながら頬を撫でた。   「ごめんなさい」 「ぇ……何が?」  雪夜が頬を撫でる夏樹の手を握りしめて、ポツリと呟いた。  急に謝られて少し動揺する。  さっきのことかな?酔っぱらってた時のこと覚えてるタイプか? 「あのね、じぶんでのんだの」 「お酒?」 「うん」 「なんで?日本酒飲んでみたかったの?」 「あのね……えっと……うれしかったの」 「ん?」 「……ちょっとだけこわかったから」 「怖い?」  え~と……まだ酔ってる?それとも眠たい?  話が見えないので、とりあえず先を促す。  雪夜は自分でも言いたいことがまとまらないのか、少しうつむき加減で必死に言葉を探していた。 「えっとね……なつきさんがね……恋人ってしょうかいしてくれたのがうれしくて……でも……おれおとこだから……パパさんたちにね……ダメって……なつきさんと別れろっていわれたらどうしようって……ちょっとだけ思って……こわかったの……」 「雪夜……?」  はっとして、夏樹の胸元に押し付けるようにしていた雪夜の顔を覗き込む。  淡々と話していた雪夜の瞳から静かに涙が溢れていた。  夏樹が指で拭うと、雪夜が少し慌てた。自分が泣いていることに気付いてなかったらしい。  起き上がろうとした雪夜を抱きしめて、とんとんと軽く背中を撫でた。   「……そっか、そうだよね。ごめんね不安だったよね」  しまった……言うの忘れてたっ!!  雪夜は最初こそ寝起きで驚いていたけれど、その後は兄さん連中にも愛華たちにもにこにこ笑っていた。  夏樹から離れていても平気そうな顔で楽しそうに話している様子だったので安心していたのだが……  本当はずっと不安だったのか……そりゃそうだよな。  あ~もう!普段は感情がすぐ表情(かお)に出るくせに、なんでそういう大事なことは全然出さないの!?……もしかして俺に気を使ったのか? 「でもね、らいぞーパパも、しおりパパも、あいちゃんママも……やさしくて……」 「うん、全然大丈夫だったでしょ?」 「うん……あのね、なつきさんの恋人がね、おれでよかったっていってくれたの……だからね、うれしくて……ちょっとなきそうになったからね、お酒のんだの」 「ぅん?え、なん……あぁ、なるほど」  泣きそうになったからお酒で誤魔化そうとしたのか。  雪夜のことだから、泣いたら場の雰囲気を壊すと思ったのかな…… 「だけどね、のんだら何か急にふわふわしちゃってね、めがまわって……」 「思ったよりも酔うのが早かった?」 「おれ……おれ……よってたの?よっぱらって何かへんなことしちゃった?あいちゃんママたちに嫌われちゃったらどうしようっ……」  両手で頬を挟んでム〇クの叫びのような顔をしている雪夜の頭をポンポンと撫でる。 「心配しなくても大丈夫だよ。お酒飲んだらすぐにぶっ倒れて、家に帰って来るまでずっと寝てたから」 「そっか……よかっ……た」 「ん?……あれ、雪夜?……寝ちゃった?」  雪夜はようやくほっとした顔で笑うと、また眠ってしまった。  ……やっぱりまだ酔ってたんだな。  でも、雪夜が言っていたことはきっと本心だ――…… ***  夏樹にとっても今回のことは予定外だった。  ただでさえ、あれだけの顔ぶれが揃うことは稀だ。  そんな所に雪夜を連れてこられたので、軽くパニックになってしまった。  だが、いきなりあの場に連れて来られた雪夜の方が何倍も不安で混乱していたはずだ。  ましてや、恋人の養い親に会うのだから、雪夜があんな風に思うことくらい予想できたはずなのに……  いくら余裕がなかったとは言え、それに気づけなかった自分の鈍さに心の中で舌打ちをした。  愛華たちは夏樹の相手が男だろうと女だろうと気にしない。  最初から、夏樹の生き方には何も口出しをしないという条件だったし、そもそもヤクザ(こっち)の世界ではどちらもという人間は多いので、わりと寛容なのだ。  だから、夏樹は愛華たちが雪夜に対して否定的なことを言うことはないとわかっていた。  でも、そのことを雪夜は知らない。  あ~失敗したっ……気づけよ俺ぇえええ!!!  このことは先に話しておかなきゃいけなかったのに何やってんだよ……!  つまり、雪夜が酒を飲む羽目になったのは―― 「雪夜、ごめん……完全に俺のせいだ……」  愛ちゃんに殴られるべきだったのは俺じゃないかっ!  うわぁ~ん……もぅ誰か俺を殴ってくれ……  自分の失態に思わず眩暈がして、両手で顔を覆った。 ***  翌日、二日酔いでぐだぐだになっている雪夜に謝り倒して誠心誠意手厚く介抱することで許して貰った。  雪夜は酔っぱらっている間のことは何一つ覚えてなかったし、俺が何を謝っているのかいまいちわかっていなかったけれども――…… ***

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