371 / 715
夜明けの星 5-2(夏樹)
「すみません!遅くなりました!」
「おぅ、おはよ。別にこんなに早く来なくても大丈夫だぞ?せっかく雪ちゃんに、お前のガキの頃の話をしてやってたのに。なぁ?」
晃 が雪夜の頭を撫でながら、少しおどけた顔で笑った。
だから早く来たんですよっ!!
「んん‟、でも晃さん寝てないでしょ?」
「あぁ、俺は店があるから普段から夜型だしな」
「そろそろ夜型もキツクなって来たんじゃないっすか?もう若くないんだし」
「ナツ、お前用に置いてあるボトル、中身増やしておいてやろうか?」
「やめてっ!ごめんなさい!失言でした!水増し反対!」
「素直でよろしい」
夏樹は背中を向けてちょっと舌を出しながら上着を脱ぐと、ハンガーにかけた。
「雪夜、今日は寒いね――」
***
雪夜が昏睡状態になって、約半年になる。
昔、山で見つかった後、同じように昏睡状態になった雪夜が目を覚ましたのが約半年後だった。
そのため、雪夜の義父である隆文 や、研究所の工藤たちの動きが少し慌ただしくなっていた。
夏樹も……もしかしたら、と期待する気持ちはあるが、あまり期待し過ぎると、もし何の変化もなく時間が過ぎてしまった時に、落胆してしまう。
この半年、期待と落胆を繰り返して来た。
繰り返すうちに、一体なにに落胆しているのかわからなくなってきた。
こんな状態の雪夜に勝手に期待を押し付けていた自分?
雪夜が昏睡している原因を突き止められない隆文たち?
それとも……期待に応えてくれない雪夜?
夏樹の状態に気づいた斎のアドバイスで、最近は期待するのをやめて、なるべく平常心を心掛けるようにしている。
諦めたわけじゃない。
ただ、焦るのをやめたのだ。
雪夜のことは、いつまででも待つ。
大丈夫、きっと目を覚ます。
だから、それまでは……雪夜を信じて待つことにした。
「それじゃ、俺帰るわ」
「あ、晃 さん、ありがとうございました」
「おぅ、またな~」
昨夜、夏樹の代わりに泊まり込んでくれていた晃が、軽く手をあげて病室を出て行った。
誕生日に斎たちに叱られて以来、夏樹は最低でも一週間に一回は家に帰るようにしている。
夏樹が家に帰る時は、こうやって兄さん連中の誰かが病院に泊まり込んでくれているのだ。
もうこの生活にも慣れたが、なぜか最初のうちは、夏樹の方にも誰かがついていた。
斎曰く、
「お前を一人にしてると、雪ちゃんのことが心配で家に帰ってもどうせちゃんと眠らねぇだろうからな」
ということらしい。
つまり、夏樹がちゃんとベッドで眠っているか確認するための監視役だ。
子どもじゃあるまいし……と思ったが、たしかに一人だと眠れなさそうだったので、素直に兄さん連中の言うことを聞くことにした。
まぁ、浩二さんや隆さんは夏樹の部屋に来ると酔っ払って超ウザいだけだったけど……(ホント何しに来てたんだあの人達……?)
夏樹が落ち着いてからは、いつの間にか監視役はなくなっていた。
***
「雪夜、明日は雪が降るかもよ?」
今年は、十二月に入ってから一気に気温が下がり、寒い日々が続いていた。
「この冬も雪遊び……一緒にしようね」
別荘での療養中、庭に積もった雪を見て大興奮だった雪夜を思い出して、思わず顔が綻 んだ。
夏樹は、雪夜の傍についている間は、出来る限り手を握って話しかけている。
もし……雪夜が今も鬼に捕まっているのなら……
暗闇に囚われているのなら……
手を握っていることで何か変わるかもしれない
声をかけることで何か変わるかもしれない
そう信じて……
「ねぇ雪夜……まだ鬼さんに捕まってるの?」
あの日……クマのぬいぐるみには鬼から逃げろと言いながら、自分は逃げられないと言い切った雪夜。
逃げられない理由が、家族を守るためなら……
「もう戦わなくていいんだよ?我慢しなくていいんだよ?怖い鬼さんから逃げておいで」
もう逃げていいんだよ。
今は俺がいるでしょ?
俺が助けるよ。助けに行くよ。
それにね、雪夜を心配してる人たちが、いっぱいいるんだよ。
みんな無駄に強いから、鬼さんなんて簡単にやっつけてくれるよ。
だから……逃げておいで?
「どんなことがあっても、俺が傍にいるから……思い出して」
俺は必ず傍にいる。
雪夜の隣で支えるから。
「雪夜……」
いつだって……
「愛してるよ……」
『――愛してる――』
いくら伝えても、足りない……
本当は、愛してるなんて言葉だけじゃ言い表せない。
……ひとりじゃないよ……雪夜を愛してる存在 がいることを、思い出して……
伝えきれないけれど……それでも伝えるから。
だから……
届けっ!!
「忘れないで……っ」
雪夜の左手をぎゅっと握りしめて軽く口付け、頬を撫でた。
――忘れないで……
***
ともだちにシェアしよう!