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夜明けの星 5-3(夏樹)

「……よし、今日の終わり!」  しばらく雪夜の顔を見つめていた夏樹は、深く息を吸い込んでゆっくりと吐き出し気持ちを切り替えた。  この半年の間、雪夜の看病をしながら自分のメンタルを保つために夏樹が心掛けていること。それは……  『感傷に浸る時間(おセンチタイム)を自分で決めて、沈んだ後には楽しいことを考える』  夏樹の場合は、このやり方が一番合っていた。(これも斎のアドバイスだ。おセンチタイムって……古っ!と思ったが、意外と使い便利がいいので気がつくと夏樹も口癖になっていた)  雪夜と行ってみたいところ、してみたいこと、まだまだいっぱいある。  無理やりにでもそういう未来を考えていれば、多少なりとも気分は上がる。   「あ、そうだ。今日はね、愛ちゃんたちから動画が送られてきてるよ。見てみる?」  雪夜に話しかけながら携帯を探す。 「裕也さんが撮ってきてくれて……あれ?俺携帯どこやった……っけ?」  携帯を探すために手を離そうとした瞬間、違和感に気付いた。 「ん?」  いま微かに……握り返された気が……した?  気のせい……じゃない  弱々しいけれど、確かに……  夏樹は、自分の手を握り返して来る手を声もなく凝視した。  ゆっくりと少しずつ……指が曲がっていく。  ぎこちなく夏樹の手を握ってくるその手を、無意識にそっと両手で握りしめた。  え……?ちょっと待って……なにこれ……  半年前……階段を転げ落ちてぐったりと倒れていた雪夜を見た時と同じくらい……混乱していた。  心臓の音がうるさい……  胸が苦しい……  期待と不安を胸に、(おもむろ)に顔を上げると、雪夜と目が合った。  ――目が……合った……? 「……っ……ゅ……ゆき……ゃ?」  ――雪夜が目を覚ましたら、こんな言葉をかけてあげようとか、こんなことをしてあげようとか……いろいろと、いっぱい考えていたはずなのに……  頭が真っ白になって、名前を呼ぶのが精一杯だった。  雪夜は、眉間に皺を寄せながら、薄く開いた目を数回パチパチと(しばたた)かせると、また目を閉じた。 「あ……そ、そうか、眩しい!?眩しいよね、そうだよね!あ~……えっと、ちょっと待って!今、カーテン閉めるね!」  混乱する頭を軽く振って、思考を働かせた。  ずっと眠っていたのだから、眩しくて当たり前だ。  慌てて部屋の電気を消してカーテンを閉め、また雪夜の手を握って顔を覗き込んだ。  室内は薄暗くなっているが、雪夜の苦手な真っ暗というわけではない。 「これくらいなら大丈夫かな……雪夜?目開けてごらん?」  っていうか、お願いだから目を開けて!!さっきの、俺の見間違いじゃないよね!?  夏樹が促すと、軽く顔をしかめながら恐る恐る雪夜が目を開けた。  まだ半年ぶりの光に目が慣れていないのか、若干眩しそうにしながらも、覗き込む夏樹の顔をじっと見つめ返してくる…… 「……おはよう雪夜。よく寝てたね、お寝坊さん」  夏樹が雪夜の頬を撫でながら微笑むと、雪夜の口がパクパクと動いた。 「ん?なぁに?」 「……(ナツ……サン)」  雪夜は、音のない呼気音だけで微かに、でもたしかに夏樹を呼んだ。 ――夏樹さん……  その瞬間、かろうじて(こら)えていた涙が溢れて止まらなくなった。   「っ……うん……うん、そうだよ……っ」  右手で雪夜の左手を握ったまま、雪夜の顔を両手で包み込んで、額をくっつけた。  もう……名前を呼んでもらえないかと……  もう……その瞳に俺を映してもらえないかと……  何度心が折れそうになったか……  でも、それでも…… 「待ってたよ……ずっと……っ!」  ずっと…… 「……よく頑張ったね、雪夜!」  半年間も…… 「……もう大丈夫だよ……っ!」  もう……大丈夫だ。    夏樹の言葉が聞こえたのか、ぼんやりと夏樹を見つめていた雪夜の目尻からも涙が一筋流れた。  その涙を指で拭いながら、ゆっくりと顔を離した。 「あ、早く看護師さん呼ばなきゃだね!はは、何やってんだろ俺。ごめんね」    ナースコールをしている間も、雪夜から目が離せなかった。  目を離せば……瞬きをすれば……この手を離せば……  これが全て夢になってしまいそうで――…… ***

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