373 / 715

夜明けの星 5-4(雪夜)

 ――雪夜は、暗闇の中、鬼に囚われていた。  長い長い夢。  子どもの頃の夢。  大人になっていく夢。    怖い夢と楽しい夢が行ったり来たり。  いろんな記憶がぐるぐると渦巻いて……  夢なのか現実なのかわからない。    これはきっと夢……  だって……  自分の記憶のはずなのに、どこか他人事――……  楽しいはずなのに、どこかあやふや――……    大学生になってからの夢だけが、なんだかリアル。  楽しいこと、怖いこと、嬉しいこと、悲しいこと……  笑ったこと、泣いたこと、怒ったこと、恥ずかしかったこと、切なかったこと……  大学生になった雪夜は、いろんな感情に溢れて胸がいっぱいになっていた。  大学生になった途端、世界に色がついて、明るくなる。  大学生になった途端、わくわくして、未来(あす)が楽しみになる。  明日は何をしよう?  明日は何があるだろう?  明日は……  このままこの夢だけ見ていたい……    だけど……    急に周囲が真っ暗になって、足元にぽっかりと穴が開く。  落ちているのか浮かんでいるのかもわからない漆黒の中、遠くから足音が響いてくる。  あぁ……  オニさんがきちゃった……  そして夢を繰り返す―― ***  ――いつからか、暗闇の中にポツンとお星さまが見えるようになった。    お星さまが瞬くと、声が聞こえる。  温かくて、優しくて、嬉しくなる声……  声は小さくて、途切れ途切れで、何を言っているのかはわからない……  もっとよく聞こうと、声のする方に行こうとするけれど、いつも途中でオニさんに見つかってしまう。  オニさんは、雪夜がお星さまを見つけると、怒ってお星さまを壊してしまう。  だけど、また夢が一周すると、お星さまは暗闇にそっと灯る。  何十回、何百回と夢を繰り返すたびに、お星さまの光はどんどん明るくなって、声も大きくハッキリ聞こえるようになった…… *** ――……よ  だれ? ――……傍にいるよ  そばに? ――……ひとりじゃないよ  だって……だれもいないよ ――……助けに行くよ  むりだよ……ここにはオニさんがいるんだよ ――……おいで  え? ――……逃げておいで  にげる?だって、オニさんはにげちゃだめだって…… ――……もう逃げていいんだよ  みんなをまもらなきゃ…… ――……守ってあげるよ  まもって……くれるの……? ――……忘れないで  を? ――……いつだって……  なぁに? ――……てる……  きこえないよ……? ――……よ……  っ!!  そうだ……この声を……知ってる!    雪夜は、顔を上げると反射的に光に向かって走り出した。  背後から、オニの足音が響いてくる。  漆黒の闇が追いかけてくる。  どうしよう……  また捕まってしまうかもしれない。  また星は壊されてしまうかもしれない。  今度は……  もっと痛いことをされるかもしれない。  ずっと暗闇に閉じ込められるかもしれない。  オニの息遣いが聞こえて来る。  足音と怒鳴り声が聞こえて来る。  怖い……っ!!  恐怖で心臓がキュッとなる。  喉を締め付けられているようで、呼吸が苦しい。  足に力が入らなくて、転びそうになる。  それでも、全力で走った。  だって、俺は……この声を知ってる!!  何があっても、助けに来てくれるって言ってた……  何があっても、傍にいてくれるって言ってた……  何があっても、いつだって、って言ってくれた……っ!!  幼い子どもの姿だった雪夜は、走りながら徐々に成長して大学生の姿になっていた。    もう少し……っ!!  あと少し……っ!!    必死に手を伸ばす。  届きそうで届かない。  もう、すぐ後ろに来ているオニさんの気配がした。  いやだ……っ  もう、つかまりたくない!!  タスケテ……ナツキサン……ッ!!  雪夜が叫んだ瞬間、光が大きくなって中から手が伸びてきた。  雪夜は、その手に抱きしめられるように真っ白い光に包まれていった――…… ***  ――……ここ……どこ?  眩しい……  光の中に引っ張り込まれた雪夜は、気がついたら知らない場所にいた。  あまりの眩しさに目を細めた雪夜の目の前に、人影が見えた。  誰?オニ……さん……?  視界がぼやけてはっきり見えない……  何?何か言ってる…… 「……おはよう雪夜。よく寝てたね、お寝坊さん」    あぁ……この声だ……  闇の中、ずっと聞こえていた声……  ()だまりみたいに温かくて、優しくて、嬉しくなる声……  愛おしそうに見つめてくる瞳も、甘く優しい微笑みも、全部知ってる……  その笑顔を見ると、ほっとして……だけど胸がドキドキするんだ……    この人の名前は…… 「(ナツ……サ……)……」  無意識に名前が口から零れていた。 「……」  そうだ……ナツキサンだ……  ぼやけた視界が急に暗くなって、頬に何か降って来た。  感覚が鈍っているせいか、何が降って来たのかよくわからない。  なに……水……? 「っ……うん……うん、そうだよ……っ」  ナツキサンは、雪夜の顔を両手で包み込んで、額をくっつけた。  水だと思ったものは、ナツキサンの目から溢れていた。  なんだっけ、これ…… 「待ってたよ……ずっと……っ!」  待ってた……?  俺を?  そっか……待っててくれたんだ…… 「……よく頑張ったね、雪夜!」  ナツキサンに「よく頑張ったね」と言われた瞬間、またいろんな光景がフラッシュバックした。  プールで溺れた時……海で溺れた時……隣人トラブルで怖かった時……  雪夜が苦しい時いつもそう言って抱きしめてくれるのは、ナツキサンだった…… 「もう大丈夫だよ!」  そっか……もう……大丈夫なんだ……  安心した途端、雪夜の目からも何かが溢れ出した。  あぁ、そうだ……これは……だ……  ぼんやりとした視界、ぼんやりとした意識、ぼんやりとした感覚……  何もかもが自分のものじゃないような状態で、目の前のナツキサンだけが現実(リアル)。  この手だけは離しちゃいけないと思った――…… ***

ともだちにシェアしよう!