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夜明けの星 5-5(夏樹)
「よぅ、雪ちゃんどうだ~?」
「浩二さん、そこでストップ!」
夏樹は、病室に入って来た浩二に、即座に声をかけた。
「おっと、そうか。ここがラインか」
浩二は驚くでもなく、足元に貼られたテープを見て納得する。
「今のところは。でもまぁ、それでもだいぶ近くなった方ですけどね」
「そうか。ゆ~きちゃん、こーじさんのことは思い出してくれたかな~?」
浩二が夏樹の腕の中にいた雪夜に、手を振ってアピールをする。
「……?……っ!!」
雪夜は浩二をチラッと見ると、イヤイヤをしながら夏樹に抱きついて、顔を隠した。
「ん~……ダメっぽいですね」
夏樹は、雪夜の背中をポンポンと撫でながら、浩二に苦笑いを送った。
「ダメか~……っつーか、なんでお前らは大丈夫なんだよ!?」
ベッドの脇に座っている斎と裕也を指差しながら、浩二が悔しそうに地団太を踏んだ。
「さぁ?」
「っくそ~~~!!ほらよ、これお見舞い!そっちから取りに来いよ!」
「は~い!……お、やったね!さすがコージ!」
受け取るなり、さっそく箱の中を見た裕也が、驚きの声をあげた。
「この店のシュークリーム、すぐに売り切れになっちゃうんだよ~!誰に買って来てもらったの~?」
「早朝から並んだっつーの!この!俺がっ!!」
「おお~!えらいね~!!」
裕也が浩二に向かってパチパチと拍手をした。
「もっと褒めろ!!褒め称えろ!!」
「浩二さん、さすがー!きゃーかっこいいー!(棒読み)」
「うん!ナツ以外は食っていいぞ!」
「ええ!?ひどっ!!俺褒めたのに!?」
「お前のは心がこもってねぇんだよっ!あ、雪ちゃんは食っていいからね~?」
浩二は、文句を言う夏樹をスルーして雪夜に向かって話しかけると、入口近くに置いてある椅子に腰かけた――……
***
――雪夜が昏睡状態から目覚めて今日で一ヶ月になる。
現在、雪夜は夏樹たちのことを完全に忘れてしまっている。
雪夜の中身は今、山で監禁されていた時まで退行している。つまり3歳児だ。
長く昏睡状態になっていた場合、目覚めた時に一部の記憶や機能を喪失している例は、時々あるらしい。
だが、雪夜の場合は、記憶喪失……というより、過去を全部思い出してしまったせいで、事実と虚構の記憶が入り混じり、混乱している状態なのだと思われた。
頭の中で記憶が入り混じるので、精神状態も非常に不安定になっている。
それもそのはずで……例えばキャンプの記憶だけみても、一緒にキャンプに行っているメンバーも、内容も、全然違う記憶が同時に二種類……下手をすれば数種類、自分の記憶として混在しているのだ。
そのせいで、頭の処理が追い付かず、事実と虚構を行ったり来たり……そして、それに伴って精神面も、当時の年齢まで退行しているらしい。
その上……
以前、昏睡状態から目覚めた時と同様に、やはり、人が鬼に見えているらしく、恐怖と自責によって声が出せない状態になっている――……
***
あの日、ナースコールを聞いて看護師と一緒に雪夜の義父の隆文も駆けつけたが、その時にはまた雪夜は目を閉じて眠ってしまっていた。
「さっき目を開けて、俺の名前を……」
「雪夜!?雪夜!!」
少し大きめの声で隆文が呼びかけるが、雪夜は眠ったままだった。
「あの、本当に目を開けてたんですよ!?見間違いなんかじゃなくて……」
嘘じゃないし、白昼夢を見ていたわけでも……ない……と思う……
何となく自分でも自信がなくなってきて、言い訳がましく夏樹が必死に説明をしていると、
「あぁ、目を覚ましたようだな。今は普通に眠っている状態のようだ」
隆文が、眉間の皺を緩めて、若干ホッとした顔をした。
昏睡状態の時は、呼びかけてもピクリとも反応がなかったが、今は隆文が呼びかけると「うるさい」というように顔をしかめたらしい。
自分の見間違いじゃなかったとわかって、夏樹も少しホッとした。
その後、隆文は「眠っている間に」と、雪夜を検査室に運ぼうとしたのだが、眠っているはずの雪夜は、夏樹の手を握って離さなかった。
隆文や看護師たちが、このやせ細った指のどこにそんな力が?と首を捻る程に強く握りしめていた。
夏樹は、出来る限りこの手は握ったままにして検査をしてくれと頼み込んだ。
雪夜がこんなに強く手を握ってくるのは、(夢の中で)鬼から逃げてきたからかもしれない。
目を覚ました後も手を離そうとしないのは、まだ何か不安なことがあるということではないか?
もしそうなら、今無理やり手を離してしまえば、また暗闇に……鬼に捕まってしまうかもしれない……と。
夏樹の話は、傍から聞くと現実味がないだろう。
普通なら、何をバカなことを……と、笑われるかもしれないが、そもそも雪夜の経験してきたこと自体が普通ではないのだ。
それに、雪夜の過去を考えれば、絶対にない……とは言い切れないはずだ。
だが、夏樹の頼みは却下され、隆文は無理やり雪夜の手を外して連れて行ってしまった……
今思えば、やはりこの時、無理やりにでも手を離さずについていくべきだったのかもしれない――……
***
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