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第4話

 体を丁寧に拭き、裸のままベッドに寝かせる。  それでも足りない、優しくされたいとぐずる生徒に、根負けした形だ。  挿入はしないと断り、ローションをたっぷり手に取って、指で中を探り始めた。 「……はぁ、先生、ごめんなさい。嫌なことやらせちゃって」 「もういいよ。謝らないで。してあげるから」 「怒らないで、呆れないで」 「大丈夫」  ぐぷ、ぐちゅ、と、粘着質な音が響く。 「はぁ、あ……ん、」 「答えたくなかったらいいけど……いつもこんな風にされてたの?」 「ん……誰かのところに泊まる時、男の人の家だと、ノリで友達とか呼ばれて、みんな見てるところで、恥ずかしいことされて」 「全然優しくないね」 「最後にみんな帰ったあと、なでてくれる」  指の方向をぐるりと回すと、悩ましい声を上げた。 「……はぁ、先生、挿れてくれる?」 「それはできないよ」 「挿れて、いっぱいくっついて……っ、優しくして欲しいです」  こんな倫理を踏み外した要求に従う以外に、この子の不安を消滅させる方法がないかと、必死に考える。  根源的な甘えと不安感に、性欲が絡んでしまったこの状態――  指を引き抜くと、か細い声で「やめないで」と懇願された。 「直貴、本当に、これ以上はダメ」 「男だから? 女子だったらする?」 「しません。したって解決しないから」 「……それなら、エッチしてくれる別の人の家に行った方がマシだよ。俺も気持ちいいし、またしたいから来てって言ってくれるし」  本心でないことは、顔を見なくたって分かる。  直貴は、泣きそうな声で言った。 「どうしろって言うんですか。他の人とエッチしたらダメなんですよね? でも、先生はしてくれないし、自分でするのもダメって言う。禁止だけして何もしてくれなくて……じゃあ、俺、どうしたらいいんですか? ただ優しくして欲しいだけなのに」  何をどう言ったって、この子には何も響かないのかも知れない。  僕は軽くため息をつき、涙をにじませる目元に口づけた。 「ごめんごめん。僕が悪かった。ルール上正しいことが、必ず正しいとは限らないね」  セックスを伴うことでしか幸せを感じ取る術がない子が、目の前にいる。  僕は、セックスをしてはいけないというルールを押し付けて、泣かせた。  これは、正しくないことだ。 「あのね、直貴。ひとつ知って欲しいことがある。世の中には、こんなことをしなくたって得られる幸せとか、人からの優しさとかは絶対にあって、でもいまの君は、それを知らないだけだということ。分かる?」 「ん……」 「きょうは、直貴が分かる形で教えてあげる。けど、違う優しさも、少しずつ知って欲しいな」  僕は服を脱ぎ、戸棚からコンドームを取り出した。 「……先生? つけるの? 中で出していいよ」 「ダメだよ。性行為の時は必ずつける。特に、相手に優しくしたいなら、絶対」 「中で出す方が愛があるって言ってました」 「それは嘘八百教えられちゃったね。いまからちゃんと、本当に優しくて気持ちいいの、教えてあげる」  自分のものをこすって勃たせ、何も考えないよう手早くコンドームをつける。  正常位でキスをし、高く腰を上げてぐっと押し当てると、驚くほどに抵抗なくずぶずぶと沈んでいった。 「ぁあ……っ」  直貴はあごを跳ね上げ、僕の腕にしがみつく。 「動くよ」 「ん……、ん? もっとしていいよ?」 「ちょっとずつゆっくりする方が気持ちいいから」  ゆっくり腰を揺らすと、直貴は悶えた。 「…………ッ、ぁあ、あ、変、やぁ……っ、も、激しくして」 「もうちょっとこうしてたら気持ちよくなるから。ね?」 「あ、ぁあっ、がまんできな、……ぁ」  スローセックスに慣れていないらしい。  しがみつく直貴の指が、僕の腕に食い込む。 「あ、ぁ、頭おかしくなっちゃ……ぅあ」 「気持ちいい?」 「ん、ん……っ、はぁ、はあっ、せんせぇ……っ」 「気持ちいいかな」 「ああッ、だめ、もぅ……っああ、奥突いてぇっ」  トントンとリズムをつけて腰を振り始めると、直貴は嬌声を上げた。 「あんっ、あ、ンッ、ぁあ、きもち、先生っ、……せんせ」 「どこ気持ちいい? 教えて?」 「ぜんぶっ、全部気持ちいい」  正直なところ、自分自身、優しさがどうとか言えなくなってしまいそうになっていた。  中の感触に引っ張られて、考えが飛んでしまう。  直貴を傷つけ通り過ぎていった大人たちと同じではないかと(さげす)みながらも、こうして腰を振っていると―― 「……っ、なおき、」 「先生、気持ちいいの?」 「優しくできなかったらごめん」  パンパンと皮膚が当たる乾いた音が響く。 「ぁあ、せんせ、奥きもち……っ」 「目見て、こっち」  潤んだ瞳。  どうしてこんな子にむごいことをする大人ばかり現れるのだろう。  自分は……? と考えかけてやめる。  いまは、そういう時じゃない。  目の前の子は、必死に腕を伸ばして、僕を求めている。 「直貴、気持ちよさそう。うれしい」 「ん、……先生は、俺がきもちぃと、うれしいの?」 「うん、うれしいよ」 「ぁぅ……先生、やさしい、だいすき」  溶けそうにふにゃっと笑うその表情は、年相応な無邪気さとはかけ離れたものだった。  大人に要求された色香を、忠実に再現しただけ。  そこに彼の喜びはあるのかなと考えると、わびしい気持ちになった。  ……いや、僕までこんな風になってどうする。 「直貴、ベロ出して」 「ぁ……」  ちゅうっと吸うと、直貴は僕の背中を掻き抱いて身悶えた。 「……ぁあッ、はぁ、は、……ああ、も、」 「イキそう?」 「ん、んぅ……も、出ちゃぅ……っ」 「いいよ」 「あ、出ちゃう、……っごめんなさ、ぁあッ……!……ぁあああっ!……ッ……!」  謝りながら吐き出す直貴の体を抱きしめ、くたっと力が抜けるのを確認してから、ペニスを引き抜いた。 「……え? 先生まだイッてない……」 「僕はいいよ。気持ち良かった?」 「気持ち良かったけど……先にイッちゃってごめんなさい。あの、先生も出して……」 「いいのいいの。僕は最後までどうとかが目的じゃないしね」  無理やり言い聞かせて、パツパツのペニスからコンドームを外す。  おさめる方法は簡単だ。  直貴の体中に散った鬱血痕(キスマーク)と、心を踏みにじったであろう大人たちを思えば、生理的な興奮などすぐに引いた。 「……やっぱり、本当は嫌だったのに俺が無理にお願いしちゃったから? ごめんなさい」 「違うよ、嫌だったわけじゃない。僕の気持ちの問題。君の中で達してしまったら、月曜日からもう先生はやれないかもって思っただけ」  教師が生徒に、劣情をぶつけてしまっては。  しかし直貴は、涙目でぶるぶると首を横に振る。 「俺、先生が優しいからって甘えて、……調子乗っちゃってごめんなさい。泊めてもらえるだけで十分なのに、もっと優しくして欲しいとか、エッチして欲しいとか」 「謝らないで。直貴は何も悪いことしてないでしょ」  腹に散った精液を丁寧に拭き取り、まぶたに軽くキスする。 「先生、優しい」 「良くないことだって、先生の先生には言われたよ」  不安げなこの子に、もう一度キスをしてしまうこととか。

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